汚名返上赤兎馬参上
相手が強いと思った瞬間、頬の横を矢がかする。
バーサーカーが戦う。再び矢が飛んでくる。首をすくめる。怖い。
「赤兎馬、戻れぇ!」
ボスの叫び声を聞くと、私を乗せた赤栗毛色の馬は再び氾濫してできた川を飛び越えた。
「……」
怖かった。1人安全なところから戦いを眺める。
敵が1人倒れると、道の向こうからまた1人現れる。それが延々繰り返される。濁流に血が混ざる。死体が流れていく。
ずずっと鼻水をすすった。気づくと泣いていた。怖さと、自分だけ参戦できない情けなさに。
「赤兎馬って名前なの?」
馬の首を撫でる。赤兎馬は昔話で登場する戦国武将の気高い名馬。
私には勿体無い馬なんだね。乗ってて分かる。俊敏でタフで賢い。
雨の中、小さな馬に乗って戦う敵を見た。強い。それは、手綱なしで両手で武器を扱うところが大きい。敵の馬は揺れが少ない。だから安定している。弓も狙いを定めやすい。
走り方が違う。私達が乗る馬は、右前足と左後脚を一緒に出し、次に左前足と右後脚を出す。敵の馬は右前足と右後脚を一緒出し、次に左前足と左後脚。
速く走れるのは、きっと、私達の馬の方。
あっ。敵が山の斜面の獣道から迂回しようとしている。防がなきゃ。
「赤兎馬、行こう」
声を掛けると、赤兎馬は私がどこへ行きたいのか分かっていた。川を飛び越え、山の方へまっしぐら。速っ。
ズブッ
敵を背中から刺した。
乱闘の場では、1人減ると1人道の向こうから供給されるペースが早くなっている。最前線が崩れているのかもしれない。
ザクッ
人を斬りながら道を進む。前へ。
ザッ
ズサッ
どうなってるの? No.15がいるはず。
途中、落とし穴があった。落とし穴の中は倒れた人で埋まり、上に落ちた者がすぐに這い出してくる。馬が小さい分、落馬のダメージが少ない。落とし穴の底には先に落ちた人がクッションとなって積もり、穴が浅くなっている。
私達が使うはずの落とし穴の迂回路を敵が進んでくる。攻略された。
「ぐっ!」
弓を持つ敵の腕を狙う。迂回路は山の斜面。バランスを崩した敵は、落馬して斜面を転げ落ちていった。
「ねーさん、復活?」
「珊瑚」
気づけば両側に麗様とバーサーカーの1人がいた。
「さっきのところは?」
「珊瑚が上手で倒してくれたから、楽んなってる」
「味方増えたし」
話しながらも、麗様はすれ違う敵を斬る。
バーサーカーの1人は、転がる死体に刺さっていた槍を抜いて自分の槍を捨てた。「いいもん見っけ」とか言っちゃってる。
道の両側から矢を放つエリアに差し掛かる。右側はハゲ霊山。馬にハゲ霊山の斜面を登らせて軍の背後を通った。
敵の矢が刺さって倒れている者多数。矢が足りないのか、飛んできたらしき敵の矢を拾っている者がいる。
「バーサーカーか。街までに防げそうか」
物陰で弓を持った兵士が私達の方を向いて尋ねる。
「街までどころか、敵は山すら抜けてねーよ」
バーサーカーの男は得意げ。
「さすがだな。後続隊はあと少しのはずだ」
終わりがあることにほっとしたのも束の間。状況が悪くなっていることを知らされる。
「相当やられたのか?」
「たぶん。前線で食い止められなくなってきてる。下を通る敵が増えた」
「マズイな」
!
無傷のヒャッハー派はたくさんいる。ボスは先頭だった。ヒャッハー派、対後続隊用の。
道を進んだら川の氾濫で道が分断され、バーサーカーはできた川を飛び越えた。他にもグループはまだいるはず。しかも、川で道が分断されて敵は進めなかったから、ノーダメージ。
敵の馬は小さい。氾濫でできた川を飛び越えられない。
「大丈夫です。ヒャッハー派の他のグループがまだ残っています!」
私の言葉に、麗様とバーサーカーの男も思い出した。
「おう! いるじゃん。ねーさん、呼んでこい」
「珊瑚、頼んだ。ハゲ霊山の北側」
「分かった!」
赤兎馬を走らせた。雨が前から叩きつける。山の斜面を駆け、道を戻り、落とし穴を迂回する。氾濫してできた川の手前では、バーサーカーが敵を潰していた。川を越えたヒャッハー派の人達も何人か加わっている。
「ボス! ハゲ霊山の北側にみんなを連れて行きます」
大声で叫ぶ。自分の声に驚いた。こんな大きな声が出るなんて。いつもより太い声。
「よっしゃ、分かった」
ボスは矛を振り回し、左右の敵を仕留める。
川を飛び越え、立ち往生しているヒャッハー隊の前で声を張り上げた。
「ハゲ霊山北が苦戦しています。来てください!」
轟くほどの声ではないけれど、大勢が注目してくれた。山の斜面を登る。ハゲ霊山北への近道。この辺りなら、山菜やきのこを採りにきているから案内できる。
進んでいくと、合戦のけたたましい音が聞こえてきた。戦の様子を知りたい。ハゲ霊山の少し高い場所から見下ろす。山の下で繰り広げられている戦いは、こちら側が優勢ではある。けれど、続く道の先には無傷の敵兵が連なる。その兵達の道の西には、今まさに溢れようとする川。水位は道と同じ。
川下では既に氾濫している。それでも尚、溢れ出るための弱い場所を蠢く水が探していた。
ヒャッハー派グループのボス達は、敵兵の多さに息を呑む。
「今なら道の兵は油断しちょる」
「奇襲するべ」
「あっちまで山ん中行って、一気に下るか」
「合戦と雨の音でバレん」
そのとき、水が探す弱い場所が分かった。
「待ってください。あの川を決壊させます」
今まさに土砂を少しずつ押し崩している場所が正面にある。
「あそこか」
ボスの1人が指差した。
「はい」
「よし。そしたら、今、1番兵が溜まっとる場所は流れるな」
「でも、ねーさん、どーやってあっち行く?」
「合戦の中をつっきります」
「「「はあああ?!」」」
「できなかったら、即、山の斜面から攻めてください。行きますっ」
一刻の猶予もならない。人は一太刀で死ぬのだから。
赤兎馬は走った。山の斜面を駆け降りるとき、一瞬空を飛んでいる感覚だった。兵が少ない場所を選ぶ。速ければ、敵の馬は追ってこられない。
「赤兎馬、さすが!」
山沿いにある小川を何なく飛び越え、雨で足場の悪い山の斜面を登っていく。
あっという間だった。目の前にカーブをしきれない川がある。既にいつも流れている部分から溢れ出し、経路を変えて、今にも土砂ごと水を吐き出そうとしている。
賢い赤兎馬は、斜面の上側、木の根ががっしりとしている部分に立つ。
「そこで踏ん張ってね」
馬を降り、手綱をしっかり握る。1番弱い部分を思い切り蹴った。
ざばぁぁぁ
何度も。木々と石と土砂を蹴り飛ばす。想像通り、川は滝となって落下する。落ちた勢いで山肌を削り、飛沫を上げて馬と兵士の足をさらう。流されたのは5人と5頭。想像よりも少なかったわ。それでも効果はあった。道の横を流れていた川が更に増水して氾濫。周りより低いらしく、その部分に水が溜まっていく。
ごごごご
足元、揺れた?
急いで馬に飛び乗った。赤兎馬は、山の上の方へぴょんぴょんと跳ねるように逃げる。
どっばぁぁぁ
滝だったところから土砂崩れが起こった。人も馬も飲み込んで道の上に丘ができていく。あまりのできごとに、一瞬、合戦の音が止んだ。
「「「行けぇ!」」」
「「「おおおーーっ」」」
振り返ると、青い巾の集団が一斉に斜面を馬で駆け降りていく。
道にできた土砂崩れの手前と向こう、二手に分かれ、奇襲をかける。
「行ける?」
そう尋ねただけで、赤兎馬は山の斜面を飛ぶように駆けた。




