屍を越えて行くの?
砦の中、指揮官がメガネをかけている。きっと伊達メガネ。No.9に見せかけて、攻撃されるのを防いでいると見た。
竹製の砦は木立ちの中にあり、敵がいる城壁上から見えにくくなっている。
城壁は、盛大に崩れていた。高さは半分以下。城壁上の攻撃用スペースは大砲で吹き飛ばされたのか、無い。その両側は傾き、とても人が歩くことなどできない。
堀がなければ、とっくに落ちていそう。その堀にも、かなりの土砂やレンガが崩れ落ちているように見える。
「げっ。あいつらだぜ」
仲間の1人がアゴで指す。
「「「げっ」」」
ヒャッハー派の中にもいろいろいる。堀を埋める作業をしているのは、人喰いと言われているグループだった。裾がびりびりに破れ、様々な汚れが着いた膝までの黒いマント。それを頭から被っているから、青巾隊のシンボル、青い巾を被っていることはもとより、顔もよく分からない。
「「人喰い?」」
麗様と私は尋ねた。
「毎年冬、1番役に立たない仲間を選んで食べる」
「噂だけどな」
「オレは赤子を食うって聞いたぞ」
「旅人も食うんだろ?」
「じゃ、食べていないかもしれないのですね」
確認。
「言われてみれば」
「んー?」
「でも、食ってそうなんだよなー」
「あ!」
城壁、斜め上から弓で射られ、作業中の1人倒れた。そこに堀を埋めていた仲間が寄って行き、容体を確認している。そして、懐から財布を抜き、あろうことか、倒れている人を足で蹴って堀に落とした。矢が刺さったばかり。致命傷だとしても、絶対にまだ息があるはず。
なぜ人喰いと言われるのか、分かったような気がした。
一方、砦の中にいる人達は、指揮官をはじめ、皆疲れて見える。
「青巾隊の者達か? ふぁ〜ん、ん」
指揮官はあくびを噛み殺す。メガネの奥の目が半分しか開いていない。
「青巾隊の騎馬グループだ。湖に沿って敵が来たら、オレらも助け立ちする」
「頼もしい。頼んだぞ」
少し離れた場所に、移動式の見張り台があった。そこに人が登って北の方を見ている。
その見張りもメガネをかけていた。城壁からかなり離れていても、弓や銃の熟練者ならば射程範囲だからだろう。例えば東宮のような。
城壁と荷車の見張りとの距離を見て、かつて東宮が皇帝に矢を放ったことを思い出す。
「敵が来たら、見張りが教えてくれるってさ」
とボス。
人使いが荒い上司がいて、『夜明け前から大砲を運べ』だの、『砦を築け』だの命令されたとのこと。No.9だよね。
軍が大砲で城壁に穴を開けた時、黒いマント集団がささささっと寄って来た。青巾隊ヒャッハー派の通称「人喰い」グループ。堀を埋める作業を申し出てくれた。敵の真下での作業は危険。しかも、重労働。昼前の交代の時間まで、とても体力が持ちそうになかったので、軍としては渡りに船だった。戦が始まったらどうなるか分からないから、報酬は前払い。軍は土砂や荷車を提供した。
短時間で砦を築くのが大変だったらしく、現在、兵士達の多くは仮眠をとっている。
話を聞きながら、堀を埋める作業を眺めていた。横長の土嚢を運んできては堀に投げ込む。上からの攻撃を考えてか、頭の上に土嚢を乗せて2人がかりで運ぶ。麻袋の土嚢から、ひょっこり足が出てきた。え、足?
荷車は2台。土砂が積んであるところで作業している荷車が1台。もう1台は、こちらを確認してから、広場の方へ行く。そして、麻に包んだ横長の土嚢を荷車に積んで戻ってくる。
軍の人達は気づいていない。
怖いよー。オレの屍を越えていけとか言うけど、本物の屍を越えて堀を攻略するの?
ヒャッハー派の私達のグループは、それをじーっと見ていた。「ああ、あいつら」とか言いながら。
待ち時間、長っ。
「ボス、いいポジションだな」
「敵、来ないかもよ」
「戦わずにお宝だな♪」
「よっしゃ、堀が埋まったら、軍の後に続こうぜ」
抜かりないわ。
けれど、そこまで甘くない。
「敵が来ました! 騎馬隊ですっ。400、いえ、600」
「何っ。直ち銃を取れ。狙うのは、城壁の角だ」
指揮官の指示によって、砦の中で兵士が一斉に銃の用意を始める。
堀を埋めていた通称「人喰い」グループは、蜘蛛の子を散らすみたいにいなくなった。あるのは荷車やスコップだけ。
すでに北東角を狙えるよう、木々の枝が取り払われていた。更に、城壁の北東角と湖の間には、取り払った枝を積み上げて、障害物を設けてある。
私達青巾隊は攻撃の邪魔。
いつでも出陣できるよう、馬に乗ったまま潜んでいた。
パン パン パン パン パン パン パン パン
ばたばたと敵が倒れていく。城壁北東角と湖の間から堀の埋め立て工事をしている辺りに足の踏み場がないほど人と馬が横たわる。それを避けたり飛び越えたりして進む人と馬も、また、銃で倒れる。
いつまで続くのだろう。報告がありそうなもの。高い場所の見張りに目をやる。
!
見張りに矢が刺さっている。急いて見張り台に馬で近寄った。
ズダダダダダ
上から見張りが転げ落ちて来た。既に息がない。メガネでも下っ端兵の兜では偽物とバレる。
おかしい。見張りの胸と腕には右下からの矢。見張りをしていたなら、敵からの矢は前方左から来るのはず。右にも敵がいる? 右側は木立ち、銃の音で他の音が聞き取れない。
「どうした、ねーさん」
大声で聞かれて答える。
「敵が、東にいるかもしれません!」
すぐさま、みんなが馬を走らせる。私のところで止まることなく、ボスは仲間を引き連れて駆け抜けた。
いないかもしれないのに。どーしよ。いなかったら。
遅れて木立ちを抜けると、目の前ではヒャッハー派が大暴れ。
湖から船で上陸した歩兵を蹴散らしている。
歩兵もいたの? ここで止めなければ。北からの敵を想定して作られている砦は、東側はガラ空き。マズい。
また1艘、歩兵を乗せた船が着岸する。馬を走らせる。速っ。
私を乗せた馬は、驚くようなスピードで船まで走った。私の腕のリーチを分かっているかのように、兵士の横につく。いくつもの戦を経験した馬。
ズサッ
斬った。次々と船から降りてくる敵を夢中で斬る。
また1艘、船が到着する。ぎゅっと剣を握り直し、息を止めた。そのとき、目の前の船で、人に矢が刺さって倒れていく。誰、どこから?
振り向く間などない。別の船が着岸する。船から弓が飛んでくる。
「ねーさん、退けぇ!」
言われて退くと、
パン パン パン
銃弾が飛んだ。免れた敵が向かってくる。
トス
トス
目の前の敵に矢が刺さった。恐ろしいほどの命中率。
敵の声が聞こえる。「上だっ」「あそこにいるぞ」叫びながら見張り台の上を指す。
1人、胸に矢が刺さったまま見張り台に突撃して行く。させない!
ズザッ
間に合った。
見張り台の梯子の下で馬を下りて敵に斬りかかる。馬の上より動ける。左からの敵を蹴る。右の敵を剣で突く。蹴った敵が起き上がる前に敵の体から剣を抜き、左へ斧のように打ちつける。戻しながら正面の敵を斬る。そんな動作のリピート。剣が重い。息が上がる。
屈む。頭を狙われた。相手が空振りしている隙に、ガラ空きの腹を狙う。
左手で梯子を掴み、なんとか体を支えて戦い続ける。キツい。
トス
はあはあと息をしていると、目の前の敵の首に矢が刺さった。どんっと敵が地面に倒れる。
トス
また1人。
移動式の高い見張り台から弓を持った人が下りて来る。
「大丈夫か、珊瑚」
「とぅぐぅ、どぅし……て」
あまりに意外。幻?
「妻を守るのは夫の務めだ。こちらが守られたが」
「大丈夫ですか」
「もう、湖からの歩兵はいない。少し安め」




