スパイできますのよ
チャドクガの犯人が分かった。
顎から首の部分を執拗に擦っている者がいた。ブツブツの赤い発疹。護衛の1人。自分は侍女の誰かだと疑っていた。冷静に考えれば、木に登って毛虫を仕込むなど、男の仕業。
「あのアゴを気にしている護衛、新しい人?」
侍女に訊いてみた。
私の担当になった護衛は3種類。東宮が増員した強い者達。私が嫁ぐ際に新規採用された者達。正室&側室のところから異動した者達。
「以前、第1側室の度様に仕えていた護衛です」
どうやって辞めてもらおうか。とりあえず、休んでもらいましょう。
「そちらの湿疹、とても酷く腫れていますね。はしかの発疹に似ています。周りの者に移る恐れがあるので、20日ほど休みなさい」
言った! がんばった、えらい、自分。主人っぽくできたかな。
「珊瑚様、これははしかではありません」
反撃されちゃった。大人の男の人に命令するって、難っ。
「では、なんですか」
がんばれ、自分。
「いえ……。分かりません」
「ゆっくり療養しなさい」
「ありがとうございます」
はー終わった。あ、そーだ。銀子渡しとこ。薬代として。
第1側室のところに、チャドクガが大量発生したのかな。侍女の誰かが知っていそうだけれど、チクられて波風を立てたくない。
では、さりげなく。お茶を淹れてもらった際の世間話的に。
「このお庭には梨の木があるけど、他のみなさんのお庭にもあるのかしら?」
元第3側室に仕えていた侍女が教えてくれた。
「正室の菊蘭様のところにはたくさんの菊があって、1年中とても綺麗に咲いております。第1側室の度様のところには、山茶花。冬になると赤く艶やかなお花が咲くのですよ」
第2側室の庭には竹、第3側室は芍薬、第4側室は紫陽花。
チャドクガは山茶花につく毛虫。第1側室の庭には山茶花。
恐らく、第1側室は自分の庭に沸いた毛虫を、私のところの庭へ持って行くよう命じた。陶器のテーブルセットがある上の枝に。実行犯は、梨の木にチャドクガの幼虫を仕込む時、うっかり刺されてしまったのだろう。
実行犯が休んでいる20日間で、どうやって辞めてもらうか考えよ。ってダメじゃん。人事異動だったら東宮がいるうちになんとかしなきゃ。
翌朝、弓の稽古のとき、東宮に相談した。
第1側室を疑っていることは伏せ、チャドクガは梨の木につかないという点、護衛の1人に刺された症状があったことを報告する。
「そんなことがあったのか。珊瑚、かわいそうに。万が一刺されていたらと考えると、ゾッとする」
屋外。弓を射るスペースは、お付きの人達から十分なスペースが設けられ、会話を聞かれる心配はない。
「第15皇子と商人の星輝が助けてくれたので大丈夫でした」
「異母弟は何も言っていなかった。まあ、異母弟がここへ来ていても、私は公務のために宮廷に行くからなかなか会えないのだが」
「……異動のお願いはできますか?」
「クビにする」
「そんな。護衛にも生活があるでしょう。命令されただけだと思いますし。なので、異動をお願いしたいのです」
私に直接会ったのだから、指示した第1側室も実行犯の護衛も、もう私への敵意は抱いていないと思う。特殊能力効果。
「何を言っているのだ。東宮殿に置いておけば、また珊瑚が狙われてしまうぞ。いや、珊瑚だけでなく他の妻達も」
「……」
「珊瑚は事を荒立てたくないのだな?」
「はい」
ただ穏やかに暮らしたい。
「では、別の部署に異動させよう。ああ、心配だ。半年も珊瑚を置いていくなんて。情報を流すだけでなく、実害を与える者までいるとは」
朝の弓の稽古が終わり、自室に向かう。そのとき、やっと杏と2人きりで歩くことができた。早朝のため、誰もがつき添いを嫌がるらしい。最初は6人のつき添いだったというのに。情報収集の価値なしと判断され、5人が離脱した様子。
杏に、すでに処理の見通しが立った、チャドクガの件を知らせた。
「珊瑚様、1人でさぞ心細い思いを。私、奥様に顔向けできません」
「すごく相談したかった。でも、いつも周りに人がいて」
「これからは、この朝の時間、他の侍女を同行させません」
杏は、侍女の中にも間者が紛れていることを感じ取っていた。
東宮と私のやりとりは、ほぼ全て、他の妻達に報告されていると言われた。
「味方は杏だけなんだね」
「大丈夫ですよ。皆さん、珊瑚様のことを好きになっていますから。それに、珊瑚様が嫁いだときに新規採用された侍女は、恐らく何もしません。東宮が手配なさった毒味係と護衛も」
「だったら、新しい武術の師匠も平気」
麗様♡
「新規採用された侍女については、奥様に文をやり、政敵の家の娘でないかを調べてもらっています」
「ありがとう、杏。そーゆーのって、ホントは私が気を回さなきゃいけないのに」
「そんなことありません。武術の師匠は、どの家の者ですか?」
「旅芸人のようです」
「え? 旅芸人? 貴族ではないのですか?」
「絶対に味方になってもらいましょう!」
早速、実家に文を書く。
東宮に嫁いだ身。私は13歳の子供でしかないけれど、実家の一族のために粉骨砕身しなくては。それが私の存在意義。スパイ、かっこいー。
予備知識は大切。父から政治的勢力図を教えてもらおう。
皇太后様との黒い談義に備えなくては。
黒い談義に相槌をうてるようにしなくては。
……黒い談義に……触れないように……しよう。
……その為に、何が地雷なのかを心得ます。
文を書いているとき、杏宛に2通の文が届いた。1通は、母からの文で、内容は、侍女達の素性。もう1通は、母の侍女から。私から母へ文を送って欲しいとのこと。
私が嫁いだ途端、父の関心は母から遠のいた。婚儀の日を合わせて、まだたったの6日だというのに。母の元に私からの文が届けば、父がそれを読みにくる。
そっか。
私は、父宛だった文を、母宛に書き直した。
麗様が引っ越してきた。
「「「「きゃーーーー」」」」
案の定、侍女達が大騒ぎ。
「なんて麗しい方なのでしょう」
「み、み、見つめられてしまったわ。ああ」
「す・て・き」
麗様と目が合っただけで、侍女達は全身から力を失い、ふらふらと柱や手すりに体を預ける始末。
慣れるまで、大変。仕事にならなさそう。
噂は秒で伝わり、正室や他の側室に仕えている侍女まで見学に来た。庭は大賑わい。
「麗様! こっち向いて」
「やっぱり麗様」
「噂は本当だったのですね」
噂?
仕事をサボって見学に来た、他の側室の侍女を呼ぶ。
「どのような噂ですか?」
「『刹那落としの麗様』が、東宮殿にいるという噂がありました。厨房で働く使用人達が、見かけたと言っておりました」
「刹那落とし」。なんか、聞いたような。
旅芸人の一座の看板俳優、今をときめく「刹那落としの麗様」なのだそう。
「知りませんでした」
私も都に住んでるというのに。つい先日までは母や友人と自由に出歩いていた。
「色恋モノの大人〜なお芝居なので、珊瑚様には、……ちょっと」
子供NGのお芝居だったのね。見たかった。
「女優ではなく、俳優だったのですか?」
「看板俳優でした。中性的な魅力で老若男女をメロメロにしていたのです」
分かるわ。
「ふふふふ。麗様ご本人かしら?」
「生麗様ですって!」
第3側室のピンク芍薬と第4側室の紫陽花まで。
麗様は2人の前に跪いて、手の甲にキス。
ふら〜ばたん
ふら〜ばたん
倒れちゃった。
武術の稽古が始まった。
手取り足取り、やさし〜く教えてもらえると期待に胸を膨らませていたのに。
「腕立て50回。腹筋50回。基礎体力を作りましょう」
ハスキーボイスで超真面目な授業。笑顔でS。見学者は徐々に減っていった。




