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真夏の夜の恋バナ

作者: 長尾衣里子
掲載日:2025/06/13

 恋バナの花咲く発掘現場の夜。民宿のロビーで、那津は視線を感じた。

「小股の切れ上がったところがいい」

 ひそひそ話に眉をひそめる。女の子を品定めする男の群れ。視線の主に歩み寄り、どかっと横に座る那津。ぐいっとグラスをあおる。

「完成形を追い求めないほうがいいですよ」

 無粋なことに説教をはじめた。

「誰もが恋の魔法で変身できるパワーを秘めている。最初から出来上がった女の子より、自分のために変わってくれる女の子のほうが、絶対かわいいでしょ?」

 これは願望だった。一年前まで那津のヒップは垂れ気味。それでも、若い恋人ヒロは動じなかった。それだけじゃない。寝不足のひどい顔でも、徹夜続きで白髪混じりでも、Aカップの小胸でも年齢を告げても動じないのだ。

「こんな物好きな人おらん」

 一念発起した那津はジムに通い、ナイトブラを買い、ヘアマッサージを続ける。一生懸命なのは現在進行形だ。「ヒロの前では、一番かわいい自分でいられる!」そう信じたかった。


「彼女いる人、手を上げて」

 部屋の反対側から声が上がった。挙手した正直者は尋問攻めだ。

「デートは外ですか? 部屋ですか?」

「手をつなぐ時は、恋人つなぎ?」

 初対面でも構わず降り注ぐ質問の矢。那津も参戦した。

「彼女さんのデート服はロング? ミニ?」

「ロング」

「内心、ミニスカートがいいとか?」

「いや」

「意外……そうなんだ。参考にします」


 次の標的は彼らのリーダー格。

「出会いの場は?」

「学会のポスター発表」

「ええェー‼ 学会で恋がはじまるなんて」

「それで、最初に交わした言葉は?」

「あなたの研究を分子系統解析するとどうかって質問されたのがはじまり。彼女、ベテランの年上研究者なんで。来年から同じ研究所に転職します♡」

「ごちそーさまぁ」

 一様に、シラケムードの返事をかえす。


「男と女の友情は成立するか」

 ついに、永遠のテーマが問われる。成立しない派にくってかかる成立派。その声をさえぎった名セリフ。

「成立するが正論だろうと、どうでもいい。おれは誤解の種を生んで、彼女を泣かせるのが厭なだけだ」

「ほぉー‼」

 圧倒的多数派をうならせる。


「追っているうちはいいが、追われると冷める」

 聞き捨てならない声。

「それって、恋愛ハンターの思考ですか」

 那津は問いただす。

「彼女面して束縛されると厭になる」

 うなずく男性陣にうろたえる那津。

「ちなみに、NGワードは?」

 下手に出て、伺ってみる。

「どうして?とか、聞かれるだけでダメ」

「男心って、そうなんだ」

 ひたすら追いかける身を思い、立ち直れない。

「これからはヒロを束縛しない」

 那津は心した。

         ※


 ヒロからのラインが途絶えて久しい。

「これがヒロの答? 取り繕わなくなったから嫌われたのかしら? しょうがないわ。これが私なの。ヒロの心はどうすることもできないから。ヒロ自身だってどうすることもできないから。しがみつくのはやめて、ヒロの心を野に放ってあげましょう」

 不意にこぼれる涙。

「フライングの涙ね。直接、返事を確かめた訳じゃない。この思いと決別するためにも、はっきり「ノー」と聞きに行こう。泣くのはそれから」

 那津は涙をぬぐった。昔のラブレターを読みかえすように聴く、過ぎた日の思い出のサマーソング。虚しく響く愛の詩が涙を誘った。


「やさしいからって生殺しにしないで! どちらかが終わった恋は死ぬの。とどめを刺さなきゃいたずらに苦しむだけだわ。だんまりを決めこんで察しろなんて無理。手にかける愛情さえないのね。恋愛なら泣くのは承知。愛がなくなったのなら、涙なんて気にせず振るのが思いやりよ」


「恋の魔法が解けたみたいね。今なら元どおり白紙に戻せるわ。構わず行って。私の心は手遅れみたい。思ったより重症みたいだから、遠くから見守らせて。結婚報道でも出たら遠くへ翔いてゆくから。」

 メッセージをライン送信した瞬間、全身の力が抜けてゆく。崩れ落ちそうな那津の体をヒロの同僚が支えた。

「私ではだめですか」

 一瞬、とまどう那津。

「ずっと胸に秘めていた。もはや、この感情は抑えられない」

 相手の瞳をのぞきこむ那津。

「似たもの同士ね。私もおんなじ。この感情はコントロール不能なの。だから、わかってくれる? あの人に向いている感情は、自分でもどうしようもない。フラれても、あの人じゃなきゃだめなの」

 心の迷いを吹きとばすように全身で拒絶。相手を突き飛ばして逃げた。


 数年後、祝いの場で再会する二人。

「ご結婚もビジネスも、ご成功おめでとうございます」

 那津は新郎に丁寧にお辞儀した。

「あなたを見返したい一心で出世しました。わたしを見る目は変わりましたか?」

 困ったように那津はほほえむ。

「いいえ。私の目に狂いはなかったわ。」

「世界的ベンチャー企業の社長にまで上りつめた。その私の評価があのころと同じ? 今でも、何の価値もない男だと?」

 語気を荒げる相手を沈めるように首をふる。

「そうじゃないわ。むしろ逆なの。あの時、『ノー』と言えたのは一流とリスペクトしたから。二流男だったら寂しさのあまり、迷いなくあなたの胸に飛びこんでいたわ。でも、本物の男にイミテーションの愛はふさわしくないもの」

       

 次の瞬間、ウェディングソングが鳴り響く。ふり向いた先には神々しい純白の花嫁姿。

「ほらね。残酷でもお断りしてよかったでしょ? 本物の愛をつかまえたのね。おめでとう」

 ウインクして、那津は晴れやかな宴席を後にした。人肌恋しいはずの寒空の下も、本物の愛が灯るうちは寒くはなかった。




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