真夏の夜の恋バナ
恋バナの花咲く発掘現場の夜。民宿のロビーで、那津は視線を感じた。
「小股の切れ上がったところがいい」
ひそひそ話に眉をひそめる。女の子を品定めする男たちの群れ。歩み寄り、視線の主の横に座る。ぐいっとグラスをあおる那津。
「完成形を追い求めないほうがいいですよ」
無粋なことに、説教をはじめた。
「みんな恋の魔法で変身できるパワーを秘めてる。最初から出来上がった女の子より、自分のために変わってくれる女の子のほうが、絶対かわいいでしょ?」
これは願望だった。一年前まで、那津のヒップは垂れ気味。それでも、若い恋人ヒロは動じなかった。それだけじゃない。寝不足のひどい顔でも、徹夜続きで白髪混じりでも、Aカップの小胸でも、年齢を告げても動じないのだ。
「こんな物好きな人おらん」
一念発起した那津はジムに通い、ナイトブラを買い、ヘアマッサージを続ける。一生懸命なのは、現在進行形だ。「ヒロの前では、一番かわいい自分でいられる!」そう信じたかった。
「彼女いる人、手を上げて」
部屋の反対側から、声が上がった。挙手した正直者は、尋問攻めにあう。
「デートは外ですか? 部屋ですか?」
「手をつなぐ時は、恋人つなぎ?」
初対面でも構わず降り注ぐ質問の矢。那津も参戦した。
「彼女さんのデート服はロング? ミニ?」
「ロング」
「内心、ミニスカートがいいとか?」
「いや」
「意外……そうなんだ。参考にします」
次の標的は彼らのリーダー格。
「出会いの場は?」
「学会のポスター発表」
「ええェー‼ 学会で恋がはじまるなんて」
「それで、最初の一言は?」
「この研究、分子系統解析から見るとどうかって質問されたのがはじまり。彼女、ベテランの年上研究者なんで。来年から、彼女と同じ大学に転職します♡」
「ごちそーさまぁ」
一様に、シラケムードの返事をかえす。
「男と女の友情は成立するか」
ついに永遠のテーマが問われる。成立しない派にくってかかる成立派。その声をさえぎる名セリフ。
「成立するが正論だろうと、どうでもいい。おれは誤解の種を生んで彼女を泣かせるのが厭なだけだ」
「ほぉー‼」
圧倒的多数派をうならせる。
「追ってるうちはいいが、追われると冷める」
どこからか聞き捨てならない声。
「それって、恋愛ハンター思考ですか」
那津は問いただす。
「彼女面して束縛されると厭になる」
うなずく男性陣にうろたえる那津。
「ちなみに、NGワードは?」
下手に出て、伺ってみる。
「どうして?とか、聞かれるだけでダメ」
「男心って、そうなんだ」
ひたすら追いかけるわが身を思い、立ち直れない。
「これからはヒロを束縛しない」
那津は心した。
※
披露宴会場での再会。
「あなたを一流とリスペクトするからこそ、イミテーションはふさわしくないと思ったの。あの時、残酷でもNoと言えてよかったわ。本物の愛を見つけたのね。おめでとう」
※
「そろそろ、帰るね」
那津の帰り仕度にあわてるヒロ。先まわりして、ドアのカギを閉める。
「なんかヒロ、こわい」
後ずさりする那津の腕をつかむ。
「男の部屋に来たのが、OKサインなんだ」
そのまま、ベッドに押し倒した。半べその那津に一瞬、ひるむ。
「じゃ、何で上がり込んだ」
「何されても、そばにいたいの」
夢中でヒロにしがみつく。
「がまんの限界だ」
那津がふるえるにも躊躇なく、服をはいでいった。
米
「おれだっ、噛みつくな」
暗がりで聞きなれた声。その瞬間、猛抵抗がやむ。「ふーっ」安堵のため息。次の瞬間、那津の怒りが爆発。
「驚かさないでっ! つきあってるのに何でレイプなの!? したいなら何でも許すわよ」
「ほんと?」
「女に二言はない」
「何でも?」
「うっ、うん」
思いだし笑いのヒロ。
「さっきは怖っ、指食いちぎられるかと思った」
「てめぇにくれてやろうと死に物狂いだったんじゃ」
那津は泣いて厚い胸板を叩く。その拳をヒロがキャッチ。
「じゃ、いただきます」
那津の胸元のジッパーを下す。
「えっ」
驚く那津のブラの紐を下げた。露わな乳房にむしゃぶりつく。
「あっ」
そのまま、覆い被さった。
「ちょっ……待って」
「女に二言はないんでしょ」
「……撤っ回」
「だめ、レイプしちゃう」
さっきまで全力拒否してた那津の躯。ヴァージンが奪われていく間、無抵抗なまま。ヒロの胸で小刻みに震えていた。
※
ヒロからのラインが途絶えて久しい。
「これがヒロの答? 取り繕わなくなったから、嫌われたかしら? しょうがないね。これが私なの。
ヒロの心は、どうしようもないから。ヒロ自身だって、どうしようもないから。しがみつくのはやめて、野に放ってあげましょ」
不意にこぼれる涙。
「涙がフライングだわ。直接、答を聞いた訳じゃないから、確かめに行くね。泣くのはそれから」
那津は涙をぬぐった。昔のラブレターを読みかえすように聴く、過ぎし思い出のサマーソング。虚しく響くラブソングが、涙を誘った。
「あの人にとって私は、体の細微まで意のままになる女……確かに、そうだけど、いいの。弱くても、いいの。愚かでも、いいの。幸せなの。」
つぶやきながらも、那津のため息は増えていった。
「やさしいからって生殺しにしないで! どちらかが終わった恋は死が待つだけ。とどめを刺してあげないと、無駄に苦しむだけだわ。布石だけ敷いて察しろなんて無理。だんまりを決めこんで、手にかける愛情さえないのね。思いやりがあるなら、はっきり振って!」
恋の魔法が解けたみたいね。今なら元に戻れるから、構わず行って。私の心は無理みたい。後戻りできないから、追っかけの道を行くね。登場曲の変わる覚悟しなきゃ。結婚のニュースでも出たら、どこか翔び立ってくから、それまで片隅で見守らせて……。