長沼智樹の追及
夕方の「すみれ」室内。日が長くなり、午後六時を過ぎようかというのに、外はまだ明るい。
出入り口は表も裏も警官で固められている。
集められた人々は、パソコン教室の椅子に腰掛けて、何事が始まるのかと待っている。
そこへ、珍しくワイシャツとスラックスに身を包んだ智樹が、一人前の社会人風に衝立の裏から出てきて話し出した。
「さて、この事件の不可解なところは、カメラにありました。カメラは、一部指紋が拭き取られていたのです。午後使うはずのカメラの指紋を、三台だけ、なぜ拭き取ったのか?爺さんがみんなに渡す前に掃除していたのでしょうか。でも、三台だけなら、まだ掃除は途中だった。そして電子機器を拭き掃除するような布は周辺に置いてありませんでした。爺さんでないとすれば、拭き取ったのは犯人です。指紋が検出出来なかったのは、カメラの両脇、シャッターのボタン、後ろの操作ボタン・・・つまり手袋をしてカメラを操作したため、指紋が拭き取られてしまったと考えられます」
智樹は一気にそう言って、みんなの顔を見渡した。人の目を見るのが苦手な彼が、今日はしっかりと全員の目を見据えている。
「なぜ犯人は、真っ昼間大胆な犯罪をしながらカメラをいじらねばならなかったのか?それは、犯人にとってまずいものが映っていたからでしょう。例えば、爺さんは現場で犯人を撮影したのではないでしょうか。
表口の防犯カメラには、犯人らしき人物は映っていませんでした。このことから、犯人は裏口から出入りしたものと考えられます。室内が荒らされていなかったことからも、犯人は顔見知りであった可能性が高い。だから爺さんは、裏口から迎え入れた犯人をふざけて試し撮りし、後ろを向いてカメラを元の位置に戻した。爺さんの体が目隠しとなって、犯人からは五台のうちのどれが姿を映されたカメラなのか分からなくなってしまったのでしょう」
みんな緊張から息を呑んで耳を傾ける。
「ドアの鍵をかけたのは爺さんだったのか、犯人だったのかは分かりません。施錠したのが爺さんだったら、誰かが入ってきて邪魔されたくないような話をするつもりでいたのでしょう。犯人であれば、犯行時誰も入ってこないようにしたかったのでしょう。犯人は爺さんを絞殺、自殺に見せかける偽装工作をして、早く逃げたかったところですが、爺さんが死亡した時刻に教室に居た証拠写真は消さなくてはなりませんでした。カメラを操作し、保存されている写真を確認してモタモタしているうちに、表の入り口に一条先生の影が見えた。写真は三台目に手に取ったカメラに収められていて、無事消せたものの、逃げおおせることはできなかった。万事休す。」
えっ、と翠が言った。
「私が入った時、誰も居ませんでしたよ」
智樹は続ける。
「犯人はとっさに裏口のドアの裏に隠れました。裏口のドアは、ご存知の通り重い鉄扉で途中まで開けると開いたまま固定されます。ドアを思い切りぶつけられてバレる、なんて心配もなかったのです。一条先生が爺さんの遺体のある衝立の向こうへ行った隙に、犯人はするりと外へ出た。古典的な手ですね」
「じゃあ・・・あの時まだ犯人は部屋の中に」
翠は青ざめた。長沼裕樹を殺した犯人が息を潜めて自分を見つめていたと想像すると、鳥肌が立った。
「さて、運良く犯人は誰にも見つからずに逃げおおせた訳ですが、何故、そんな見つかる危険を冒して、真っ昼間にコトに及んだのでしょうか。夜の方が、人通りも少なく、犯行には都合がよさそうではありませんか。しかし犯人は、どうしても昼のうちに犯行に及ぶ理由があったのです。爺さんは、その日仕事の後、商店会の会合の予定がありました。その前に、爺さんを消したかった。つまり、爺さんがあの日商店会の会合に出ることを知っていて、出られては都合の悪い人物が居たのです。これより、犯人は商店会の会員に限定されます」
その場にいた面々が、それぞれビクリとする。
「また、その中で一条先生が毎日十二時頃から十三時頃までの時間帯に教室を留守にしていることを知っていた人間は、昼にいつも前を通る青柳青果店の母子と、龍神亭のおばちゃんしかいません。検証しましたが、喫茶ポアロや肉屋のカウンターからは、一条先生が外でおにぎりやサンドイッチを食べる姿は見えませんでした。これで容疑者は三人に絞れます。」
智樹はさらに犯人を追い詰める。
「さらに、爺さんは自殺に見せかけて殺されました。先にロープをロッカーのドアにくくりつけてもう片方に頭を通す穴を作り、爺さんの体を持ち上げてロープの穴に頭を通すか、もしくは首にロープを巻き付けて引っ張り上げてロープのもう一端をロッカーのドアにくくりつけるか、どちらかが実行されたのです。
先ほどの三人の中で、体重が80キロオーバーのうちの爺さんを持ち上げたり、首にロープを巻き付けて引っ張り上げてロープのもう一端をロッカーのドアにくくりつけるなんていうことのできる腕力の持ち主は?そして十二時十五分から一時の間のアリバイがない人物は?」
「俺か」
テツさんがポツリと呟いた。
家宅捜索の前に智樹が松下に手渡した名簿とは、高城商店会員名簿だった。