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泣きわめくエリスを前に、クロノは途方に暮れた。
かつていた場所に比べれば、この研究所の待遇は悪くない。
多少人間扱いされなくても、別にいい。
そう思ったほうが、ずっと楽だった。
なのに、エリスが人一倍怒ったり、泣いたり、喜ぶところを見ていると、クロノの中の僅かな感情が、食欲以外でも動いた。
エリスが自分の料理をおいしそうに食べている姿が、自分にだけは甘える姿が、どうしようもなく愛しかった。
主従関係以上を望むようになった自分がいた。
クロノは変化を恐れた。
変わらなければ、良くもならないが悪くもならないから。
だからこそ、膨れ上がる欲に蓋をし、より一層下僕として徹していた。
(けど、なんかもう無理そうだな)
「ヤダヤダヤダーー! 自由になれ! クロノと一緒がいい! 」
「わかったわかった。ひとまず落ち着け。鼻を噛め。深呼吸」
「ん~」
離すまいと抱きつき、顔とこっちの服を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにするエリスに、クロノは腹をくくることにした。
開き直ったともいう。
ハンカチとちり紙である程度きれいにしてから、エリスの頬を両手で掴む。
「最初に言っておくけどな。俺だって、気に入らないやつのために十年分も命を削らねえぞ?」
「ふえ?」
キョトンとして涙を引っ込めたエリスに、クロノはなおも追撃を加える。
「俺は用事がある時以外、これからもお嬢のそばを離れるつもりはない」
「ふぇろ...」
「申し訳ないと思うんなら...」
逃がさないとばかりに、おでこ同士をくっつける。
「お嬢のすべてを、俺にくれよ」
「...ふぉんなふぉふぉでふぃいのは?」
「...意味、わかってるか?」
思ってたのと違う返事なので肩透かしを食らうも、ひとまずクロノはエリスから手を放した。
「えっと...今までどおり、ご飯を作って、掃除をして、納品もしてくれる代わりに、私はクロノのお願いを聞いてあげるんだな!?」
「...わかってない」
そうだった。エリスは錬金術以外はポンコツで、引きこもりで世間知らずだった。
幽霊騒動が起きた時、十四歳なのに『怖いから一緒に寝ろ』と命令するようなやつだった。
『男と寝るんだぞ。わかってんのか?』という問いに、『お前は下僕だろ?』と曇りなき眼で見つめるようなやつだった。
「......まあいい。とにかく、くれるんだな?」
「うん」
「...言質はとったからな。しばらく、されるがままになってろ」
「うん...?」
さっきまで泣いていたからか、初めてのキスはちょっとしょっぱかった。
純粋培養なエリスは一分で倒れたが、クロノを拒むこと自体はなかった。