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エリスを取り巻く環境は、彼女が思っている以上に悪い。
平民出身のエリスの父を追い落としたい連中。
エリスの研究を手中に収めたい連中。
なにを勘違いしたのか、エリスを自分の婚約者だと思い込んで、勝手に疎む第三王子。
クロノに一方的に思いを寄せ、エリスを目の敵にしている男爵令嬢。
それぞれの悪意からエリスを守るため、エリスの父に頼み、制御可能なレベルまで眼帯の封印を緩ませてもらった。
接し方がわからないだけで、エリスの父は娘を愛している。
苦肉の策として、猫に変化したのがルーちゃんの正体だ。
エリスもエリスで、研究に没頭する根幹には、父に認めてもらいたいという願望があることに気づいていない。
いろいろ気の毒ではあるが、下手に介入しても余計にこじれるだけだ。
それは置いといて、エリスの父とも協力しながら、この三年間悪意に対処してきた。
しかし、クロノが寝込んだ隙に悪意は合わさり、膨れ上がった。
そして、エリスからクビを言い渡された一週間後、事件が起きた。
王、王妃、王太子が留守中、第二王子が急病で倒れた隙を狙い、第三王子がエリス捕縛の命を出したのだ。
反対する者は、禁断の魔法”魅了”を習得した男爵令嬢によって服従させられ、撥ね除けた者も牢に入れられた。
二十数名の魔術師を護衛に引き連れ、男爵令嬢は研究所にやって来た。
そして、肝心の相手に効かないことに癇癪を起した。
「あんたたち、ちょっと怪我させてもいいから、クロノ君を抑え込んで!」
クロノに向けられた攻撃は、ちょっとの怪我で済むような威力ではなかった。
こんなのに比べれば、エリスの癇癪なんてかわいいものだ。
あいにく、エリスの父は国境付近で魔物の対処に追われている。
魔物が暴れているのも、十中八九向こうの策略だろう。
エリスの父が駆けつけるまで、クロノが耐えるしかなかった。
魔眼で敵の能力を鑑定し、行動を先読みする。
エリスが作った呪いの短剣で、時にはエリスの父直伝の魔法で、死なない程度に倒していく。
そのたびに戦力は補充され、キリがない。
どのくらい戦っていただろうか。
気づけば、クロノは心身ともにボロボロな状態になっていた。
「いい加減、私のモノになりなさいよ!」
「あいにくだな。...俺はあいつのモノなんだよ」
下僕のすべては、主のためにある。
たとえ拒絶されようとも、この命が失おうとも、それは変わらない。
「どうしてもエリスなの? あんな地味な子のどこが...エリスエリスエリスエリス...」
”魅了”の副作用か、男爵令嬢はすでに正気を失っていた。
「エリィズーーー!!!」
男爵令嬢の咆哮に答えるかのように、敵は一か所に集まると、魔力を収束させていった。
あれほど大きな火の塊は、喰らえばひとたまりもないだろう。
しかし、クロノの後ろにはエリスがいる部屋がある。
引くわけにはいかなかった。
「死゛ネェェェーーーーーー!!!」
意識が朦朧とする中、火の塊が今にもクロノに向けられようとしていた。