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憎むのはめんどい。恨むのはだるい。怒ってもしょうがない。復讐なんて疲れるだけ。
メシはなるべくいいのが食べたい。欲を言うなら、寝込んだぶんも休みが欲しい。
それさえ徹底してくれたら、あとはどうでもいい。
余計な欲なんて、持ち過ぎないほうがいい。
推定十二歳、夜の訪れを思わせる紫紺の髪色に、眼帯で隠されていない右目は翡翠のよう。
成長すれば、女が放っておかないような美貌の持ち主であるその少年は、どこか達観していた。
それは、過酷な実験の日々によるものか、はたまた生まれ持った気質によるものか。
違法な研究施設から保護され、国立研究所に引き取られたクロノは、負の感情の大半を捨て去ったからか、喜怒哀楽は希薄で常にぼんやりとしていた。
「お前は今日から、私の下僕だ!」
「...はあ」
そんなクロノに目をつけたのがエリスという、歳はそう変わらない少女だった。
天才とうたわれる筆頭魔術師を父に持ち、自身も錬金術師としては右に出る者がいない天才。
ボサボサの茶髪、青い目はグルグル眼鏡に隠され、その顔にはそばかすが浮かんでいた。
断る権利もなさそうだし、まあいいかと思っていたクロノだったが、エリスの私生活を見て戦慄した。
ぐちゃぐちゃの汚部屋。
三徹したら半日近く寝るといった、乱れに乱れた生活リズム。
そしてなにより、食事は菓子と(最近開発された)炭酸ジュースのみ。
ダメだこいつ、ほっといたら早死にする。
クロノに妙な危機感が芽生えた瞬間だった。
偏屈で人嫌いで引きこもりなエリスは、本当に手間がかかる主だった。
「クロノ、これ納品してこい。帰りにコーラ」
「へいへい」
既製品の納品、他の研究員との交渉等、外の用事を代わりにクロノが受け持つ。
「お嬢、研究はその辺で切り上げて、そろそろ食事にするぞ」
「...わかった。ちなみに、なにを作ったんだ?」
「(ニンジン入り)ケーキだ」
偏食を治すため、まずは野菜入りの菓子から初め、徐々に野菜の割合を増やしていく。
「なんで私が...」
「まあまあ、帰ったら(トマト)ゼリーがあるから」
人けの少ない夜更けに、散歩に連れ出したりもした。
「できたぞ! かすっただけで相手を七日昏睡状態にする、呪いの短剣!」
「なにに使うんだ、それ? 却下、没収」
「これはどうだ? 魔法でロックをかけられても、扉ごと破壊しちゃうハンマー!」
「持ち運びが大変そう。却下」
「ふふーん、城下町ぐらいなら、焼け野原に変えちゃう爆弾!」
「却下だ」
「お前、ダメ出しばっかだな!? あとは、たくさん入って、目当ての物をすぐに出せるマジックバックしかないぞ?」
「いや、それでいいだろ」
エリスが開発したものを左目で吟味し、悪用されなさそうなものを選んで公表するのも、クロノの役目だ。
手間がかかる主だが、クロノはこの下僕生活が存外気に入っていた。ところが...。
「お前はいつもそうだ! もういい、二度と私に顔を見せるな!」
十五歳になったクロノは、エリスにクビを言い渡された。