2、お父様も好きで禿げてるわけじゃないのよ
私、シャルロットに魔眼が発現したのは、十歳のとき。
赤毛一族の親族会議に出席した日のことだった。
原色の赤に近いほど良い、という価値観の親族たちが、「シャルロットの珍しい髪色もいいな」「綺麗で風情がある」と褒めてくれたのだ。
すると、それが気に入らなかったらしき妹が、私を階段から突き落とした。
わざとではないと思いたいのだけど、私は盛大にすっ転んで、気を失った。
頭をしこたま打ったのが才能開花のきっかけになったのか、目覚めると私は魔眼をゲットしていた。
ちなみに、能力に覚醒したての私は魔眼を使いこなせず、最初に服を着てる父親を透視した。
全裸の父を視てしまった体験は、ひそかに心の傷になっている……。
魔眼になっても瞳の見た目は変わらない。私の眼は、お母様によく似た淡い水色のままだ。
訓練したので、うっかり魔力を籠めてしまうこともなくなった。なので、普通の生活が送れている。
* * *
数日後。
「シャルロット。言いにくいのだが、相手の両親と話し合い、双方の家のため、婚約相手を変更することにした」
「シャルロットは可哀想だけど、結婚前だったのがせめてもの救いね。傷が浅くて済むもの」
両親はそう言って、私を心配してくれた。
「妹に婚約者を寝取られた『寝取られ令嬢』という不名誉な呼び名が広まっているが、気にしてはいけないぞ」
さぞ恥ずかしいだろう、という気遣わしげな表情だ。
「二人を許すの? 世間からの評判は最悪だよ、父さん、母さん!」
弟のジュリアンが吠えている。
「どうしてこんなことになったやら。はあっ……父様は頭が痛いぞ。婚約者を満足させられなかったシャルロットも努力不足なのではないか?」
「まあ、あなた! 悪いのがシャルロットだと言うの?」
「あっ、いや、違うぞ、我が愛しの妻よ。げっ、ジュリアンも、剣に手をかけるのはやめなさい! シャルロットは悪くないとも……と、父様が悪かったよぉ、またストレスで禿げが進行しちゃうよお」
父が禿げ頭を手で撫でるのを見て、ジュリアンが「もう遅い」と睨んでいる。弟は反抗期だ。
「息子よ、お前も将来こうなるのだぞ。覚えてろ」
「親は選べないとよく言ったものですね。ふさふさの父の子に産まれたかったです!」
「ジュリアン! お父様も好きで禿げてるわけじゃないのよ、謝りなさい!」
家族がギスギスしている。
そんな中、元凶のタレイアは長椅子をひとりで占領するように寝そべって、鼻歌を歌いながらぽっこり下腹を撫でていた。
「お姉様、お腹の子が動いたわ」
タレイア、動いたのはさっき食べた料理を消化中の胃よ。
と、言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。
「消化が順調そうでよかったわ、タレイア」
「消化? お姉様のおっしゃることはたまにわからないわ。そうそう、あたし、王都で人気の愛玩用絵画がほしいの。買ってきてくださらない?」
私はにっこりと頷いた。
「私、ちょうど気晴らしにお買い物にお出かけしたいなと思っていたところなの」
「姉さん! 召使いみたいに言いなりにならないでよ!」
弟のジュリアンが吠えている。
言いなりというより、私が部屋にいるよりお買い物に出かけたいと思ったからなんだけど。
部屋を出て使用人に馬車の用意を頼むと、両親が追いかけてきた。
「シャルロット。さっきは失言だった、父様は反省してるよ、すまなかった。お前の名誉は傷ついてしまったが、きっといい縁談を見つけてやるからな」
「シャルロットちゃん。あなたはお母様の誇りよ。今はつらいかもしれないけど、ゆっくり心の傷を癒やしなさい」
両親は私に同情的だ。
ブロワ男爵家は貴族の家柄だけど、お父様のおおらかな人柄もあり、それほど格式張ってない家だ。
だから、妹は奔放に育ったし、弟は反抗期全開でお父様に物申しまくりだし、私も言いたいことを遠慮せず言える。
「お父様、お母様。私、もともと結婚ってあまり興味なかったんです。結婚しなくていいなら、しない方が私は助かります」
両親は「さすがにそれはいかん」と渋い顔。
まあ、そうよね。
貴族の娘の結婚、出産は、高貴なる者の義務だ。
婚姻で家どうしの結びつきを強くしたり、高貴な血筋を次世代に継ぐという立派な務めなのだ。
「心の傷を癒しなさい。買い物を好きなだけしていい。タレイアは父様がびしっと叱っておくからな」
「お母様も、タレイアちゃんに今から良識を持たせられないか頑張ってみるわ。お家のことは気にせず、好きなようにのびのび遊んでいらっしゃい」
両親はそう言って私を送り出した。
言わないでくれたけど、きっと二人の言葉には続きがあって「少し羽を伸ばして心を癒し、気持ちを切り替えて別の誰かと婚約しようね」と言いたかったのだろう。
縁談はもう結構! と、言ってもいずれは嫁ぐのだろうけど。
でも、今は自由!
「んふふふふっ、私は今、自由よ! 好きにしていいのですって!」
束の間の自由を満喫すべく、馬車の中から王都をギラギラした目で見ていた私は、見たことのないお店を見つけた。
「……猫カフェ?」
聞いたことのないお店だった。