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英雄という名の

作者: 諫山菜穂子

20代の頃サイトに載せてた小説です

 平安京。大内裏より丑寅の果て、都と外界の境界線。

 御所の鬼門に当たる場所に、一条戻橋はある。

 橋の先には死人を葬る池があり、葬儀の列は必ずこの橋を渡った。

 死人の世に向かう橋。異界と現世を繋ぐ橋なのだ。


 この橋を挟んで、安倍晴明と源頼光は向かい合うように居を構えていた。

 晴明が智を持って怨霊を退散するならば、

 頼光は武を持って鬼を退治した。

 二人が異界への入り口に立つことで、都を邪なものから守っていた。


 天皇の名の元、”鬼退治”を繰り広げてきた源頼光と部下の四天王。

 けれど、鬼即是人也。

 天皇に逆らう賊共や

 妖しに憑かれ、戻れなくなったもの

 人のカタチを保つための理性のタカが外れたもの

 彼らを総じて鬼と呼ぶ。

 彼らを殺すことが彼の役割であり、財を成す為の生業でもある。

 英雄と語られることは、宮中で武家が貴族に並び立つのに最も効果的な術だった。


 彼岸の怨霊を成敗するのが安倍晴明ならば

 現世の鬼を成敗するのは源頼光なり。


 しかし鬼即ち是れ人也り





 【英雄という名の】





 平安中期。摂関藤原家の時代。

 貴族に比べ、宮中では武家の源氏は位が低かった。

 そんな中、父、源満仲は政治的に立ち回る人物だった。

 969年の安和の変では、多氏廃斥を目論む摂関藤原家に臣従。

 左大臣源高明を裏切り、密告した功で正五位下に叙せられ、

 政敵、藤原千晴の追放に成功。

 摂関家と結びつくことで、京において勢力を伸ばした。

 その源満仲の長男、清和源氏の三代目嫡流として

 頼光はこの世に生を賜った。


 彼は武勇の陰で、父の如き政略で名を馳せ、宮中を上り詰めていった。


 平安の世。豪遊する天皇貴族らを恨み憎む輩多く。

 都は呪い怨念が渦巻き、怨霊や鬼がそこらを這っている。

 だが、天皇貴族は面倒がる。穢れを忌み嫌い、触れるのを恐れる。


 だから彼らにうち代わり、頼光は鬼と呼ばれるそれらを倒す。

 そして鬼共の財を奪い、藤原家に献上。

 藤原兼家六十歳の祝賀の折、馬を六十頭贈ったり

 次の権力者藤原道長が土御門邸を新築した際には家具一式を贈ったり

 そうして宮中のし上がり、藤原家の爪牙という地位を手に入れた。

 天皇や都人の代わりに、彼らを脅かすモノを退治をする、

 それが彼の生業だった。







 殺したから殺す。奪われたから奪い返す。

 血にまみれても構いはしない。

 己が手が、体が。

 鬼の血に、穢れにまみれ、傷が増えても。怨念が体中を覆っても。

 ただただ日々を豪遊し、甘ったれた日常を送る腐った奴らに

 悪どい、汚い、必死と笑われても。

 どうせ武人は斬ることが役目。

 その道で、のし上がるしかない。

 構わない。のし上がったあとで、奴らを笑えばいい。


 自分はわかってやっている。

 これが結局は退治と言う名の殺戮と褒美と言う名の簒奪だということも。

 だがそれも命がけ。

 己がやらねば一族の地位も低いまま。

 

 恥じる必要はない。ただ突き進めば良い。

 そう、父は言った。


 父は正しい。

 何も見ず。聞かず。

 ただ鬼や蜘蛛を殺せば良い。

 だが、それでも。心に残るものがある。


 瞳を閉じれば聞こえる、彼の人の声。



「貴方は英雄の名が恥ずかしくはないのですか」


「鬼ならば、躊躇なく殺す。そして貴方はその財で上にのぼる。

 男らしい。けれど酷い人です。貴方は」


「そう、あの者は鬼。けれど、私にはとても優しい……」


「私は、あの鬼と共に死にます」


 涼やかな声音が耳に残る。


「すみません。頼光殿」



 都随一の美姫。

 池田中納言の娘、紅葉姫。


 彼女の最期の姿が。

 紅蓮の炎に食われる姿が。

 目に焼き付いて、離れない。


 都を脅かす酒呑童子。

 彼の鬼にさらわれた捕らわれの姫君。

 都の平和のため……そして姫君を救うため、帝の勅命により丹波が国

 大江山へと家来を連れて馳せ参じ、三託神から神剣と神酒を賜り

 見事、酒呑童子の一味を討ち取った。

 だがしかし。

 安倍晴明が鬼の躯に向け放った火に、姫は自ら飛び込んだ。

 業火に焼かれる鬼を抱きしめ、共に炭となった若い姫。

 己が手に残るのは、鬼の首を切り落とした剣と、奴らの蓄財。

 そして京の都での地位と名声。

 帝や、藤原関白家や、父からの賛辞。

 欲しかったものは手中に入った。

 そしてあれは、姫自身が望んだ結果。

 娘とあの鬼は好き合っておった。仕方の無いことだった。


 嘆くことなど無い。

 そう己に言い聞かせても。

 ただただ心は虚ろだった。


 己はもしや、あの娘を愛していたのだろうか。

 紅葉姫。

 鬼と共に朽ちた、美しき姫のことを……。


 女は情で生きている。

 しかも貴族社会の中ドロドロに愛されて育った姫君。

 だからあのようなことを言えるのだ。

 鬼を庇うことも、愛することも出来るのだ。

 けれど


 今も、彼の姫の声が聞こえるのは何故なのか。


 

 鬼即ち是れ人也り


 

 鬼とは蜘蛛とは。

 地方豪族、蝦夷、反天皇、反摂関家の謀反人。

 そして、人の心のカタチを忘れた人。

 怨念が荒れ狂い渦巻き雲となり荒れた都に立ち上る。

 豪遊する天皇家、藤原、貴族に対する飢えた民草の恨みつらみ。


 生ける者は鬼となり。死した者は怨霊となり。都を襲う。


 己の耳に蓋をする。


「貴方は英雄の名が恥ずかしくはないのですか」

 ならば俺にどうしろという




「鬼ならば、躊躇なく殺す。そして貴方はその財で上に上る。男らしい。

 けれど酷い人です。貴方は」

 貴女は、都で生きる、武人の己にどうしろというのだ。

 鬼は帝を、都を憎み、狙う。

 鬼を倒すのが武人の生業。


「そう、あの者は鬼。けれど、私にはとても優しい……」

 だから俺に殺すなと言うのか。

 俺が、鬼を殺すのを悪と言うのか。


「すみません。頼光殿」

 …………。



 そう。そうかも知れぬ。



 人が人を殺し、鬼となるのならば

 鬼を多く殺した己もまた、きっと、ただの鬼なのだろう。

 英雄と歌われ都に躍らされた、滑稽な鬼。


 けれど。


 それを分かっていてもなお。

 ひたすら俺は、のし上がる。


 鬼を殺してのし上がる。


 血染めの我が手に脅え怯んで、今そこそこに歩みを止めても、

 自分が腑抜けになっても、都は、都に生きる人は変わらぬのだ。

 鬼もまた変わらぬ。


 鬼は都を狙い、都人は鬼を憎む。

 京の都を護る武人。それが己。


 自分は鬼でいる。

 鬼を斬り捨てる、鬼。都の武人。

 それが俺なのだ。

 俺でいるしか、ないだろう?


 なあ姫よ。


紅葉姫よ。


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