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精霊姫は予見の未来に瞳を閉ざす  作者: 永井 華子
その後のできごと

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魔女と精霊姫 2

 王立植物園の新しい温室は、もとからあった温室よりも、ひとまわり大きくつくられている。厚い硝子が張られた高い天井は、曇り空の下でも開放的で、背の高い樹々も生き生きと葉を繁らせている。


「計画通りのものが建ったようね。不足はないかしら?」

「はい、おかげをもちまして、充分な広さと機能を備えております。研究員も皆、喜んでおります」


 植物園の園長にカタリーナが声をかける。シャルロッテは一歩下がって植物と、王妃の公務を見学している。王族の末席としていまだ修行中の身である。


「以前の温室のほうは、一般開放の予定だったわね?」

「はい、主に観賞用の植物を残しておりますので、月に数日ほど開放日を設ける予定です。市民からも楽しみにしているとの声が届いております」

「それはよかったわね。新しい設備は問題ないかしら?」


 カタリーナの王妃としての威厳は、どれほどの努力で身につけたのだろう。シャルロッテの在るべき未来はとても身近に存在しているが、まだまだ遠い。


「妃殿下、新しい設備をご案内いたしましょうか?」


 シャルロッテが手持ち無沙汰に見えたのか、研究員のひとりが声をかける。

「ええ、お願いするわ」


「こちらは数箇所に区切って、それぞれに気候条件の異なる環境を再現できるようになっております。ここで、通常王都では育たない植物の研究を進めてまいります」


 仕事に誇りを持ち、邁進できる環境が整った研究員たちの顔は、一様に明るい。新しい設備に寄せる期待も大きいのだろう。


「王都では育たないというのは、気候の問題かしら」

「そうですね、やはり南国や乾燥地帯の植物は温室でないと難しいです。あとは、湿度や土壌の成分なども重要になります。ですので、いくつかの気候条件を設定して、可能なものから栽培していく予定です」


「こちらは非公開なのね?」

「はい、まだ選定の段階ですが、麻薬や毒薬のもととなる植物も扱いますので」


「安全対策は充分かしら?」

 園長の説明をひと通り聞き終えたカタリーナが、口を挟んだ。


「はい、いくつかの区画は、魔力を登録した研究員しか入室できないようになっております」

「そう。この辺りの巡回警備も増やしたほうがよいかしらね」


「厳重ですね」

 シャルロッテは植物園の視察ときいて、いくらかのんびりした公務を予想していた。しかし、毒薬だの警備だのとおだやかでない言葉が続く。


「そうね、ここにあるものを持ち出そうとする輩も多いのよ。公表していなくても、ここにならあると思って侵入しようとするのもね」


「珍しい植物の蒐集家に売りつけるだけでも、相当な金額になりますし、悪用できる草花も多くありますからな」


 にこにこした丸顔の園長の口からも、不似合いな物騒な話が出てくる。


「麻薬や毒薬は使いようによっては、薬にもなります。また、我が国にはない毒物を持ち込まれた場合に備えて、解毒剤の研究もしております。ここで貴重な植物を、適切に管理するのが我々の仕事ですから、侵入者への対処は()()()を頼りにしております」


 カタリーナは、園長の言外の要求を受けてうなずいた。

「その通りね。警備については、もう一度確認しておきましょう」

「ありがとうございます」


「では、今日はこのくらいにしておきましょうか。ほかに要望があれば、あらためて申請してちょうだい。シャルロッテをはやく帰さないとうるさい人がいるのよねえ」


「おお、確かにそれは大変ですな。妃殿下、次はぜひおふたりでお越しください。王太子殿下にもよろしくお伝えください」

「……エエ、ソウデスネ」


 カタリーナの軽口をその場にいた人は、理解している。真っ赤になった王太子妃を微笑ましく見つめる視線に、シャルロッテはいたたまれず、足早に馬車へと向かった。


「おつかれさま」

 ふうっと息を吐いて座席に座ったシャルロッテに、先に乗っていたカタリーナが声をかける。扇で隠した口もとは見えないが、美しい弧を描いているに違いない。


「失礼しました。王妃(おかあ)様こそおつかれでしょうに」

「今日はそれほど気を張る公務ではないから平気よ。わたくしと一緒のときは、もう少し肩の力を抜いても大丈夫よ」


 まあ難しいでしょうけれど、とシャルロッテの心情をよくわかっている。カタリーナは笑顔だが、気掛かりがあるようで、眉を下げた。


「……ラウエンブルクが、また余計なことを言ったそうね?」

 困り顔のカタリーナは心配している。それがわかるシャルロッテはつくり笑いになるが、今朝の出来事がもう伝わっていることに、頬が引きつる。


「お聞きおよびでしたか。ご心配をおかけしました。ですが、公はいつも通りの挨拶だけでしたから」

「いつも通りに嫌味を添えて?」


 カタリーナは呆れたようにこぼすが、シャルロッテはまったく気にしていないので、明るく振る舞う。


「ラウエンブルク公の気遣い自体は、嘘偽りないものだとわかっておりますもの。わたくしの居ないところであれこれ噂する人たちより、よほど正直な方だと思っておりますわ」


 カタリーナは、シャルロッテの表情を注意深くうかがっていたが、彼女の配慮を立てることにした。


「そうねえ、昔に比べたら態度もずいぶんまるくなったのよね。あの人は国に対してではなくて、陛下への忠義が厚いのよ。若い頃はもっとあからさまで、わたくしもいろいろ言われたわ。さすがにシャルロッテに口出しする姿が、どう見えるかはわかっているみたいね」


 微笑んでいるように見えて、少しだけ眉根は寄っている。カタリーナは、ラウエンブルクをよく思ってはいない。


 ラウエンブルク公爵は、国王アルトゥールの学友という立場から宰相にのぼり詰めた。といっても、有力公爵家の嫡男に生まれ、その道筋に沿って歩んできただけともいえる。


 アルトゥールよりひとつ歳下であったため、競争相手というよりは、最初から将来の側近候補として任じられたのである。


 将来の国王に仕えることに、幼い頃から誇りを持っていた彼は、長じるにつれアルトゥール個人に心酔するようになった。

 その結果、アルトゥールの治世に瑕疵は許さないとでもいうように、己にも周囲にも厳しく、煙たがられている。


 為政者としては有能であるため、アルトゥールの右腕として必要な人物ではある。

 臣下としての分も一応わきまえてはいるが、王弟クラウスと王妃カタリーナに対しては、その(たが)が外れがちであった。


 クラウスに対しては、アルトゥールの実の弟への妬心もあり、敵愾心を隠すこともせず、積極的に避けられるようになった。


 カタリーナには、婚姻当初から将来の王妃としての振る舞いなどに盛大な口出しをして、早々に嫌われた。


「ま、そうね。シャルロッテを心配していることだけは、真心からでしょう。貴女がわかっているなら大丈夫ね」

「はい、実家の両親より、よほど気にかけてくれますわ」


 シャルロッテがくすくす笑い、カタリーナも肩をすくめる。しかし、すぐに小首をかしげて生暖かい視線をシャルロッテに注いだ。


「それはそうとして、わたくしの耳に入っているのだから、フェルディナントにも届いているでしょうね」

 ひくり、とシャルロットは笑顔のまま固まった。

「そうですね……。最近特に過保護にされている気がするのですが……」


「まあ、あの子が貴女に甘いのはいつものことだけれど。あまり束縛がひどいようなら、家出していらっしゃい。わたくしのところなら、いつまでいてもかまわないわ」


 片目を閉じて見せるカタリーナは、シャルロッテが婚約前に見合いを嫌がって、よく実家を飛び出していたことを知っている。


 夫の母親に家出を勧められても、実行できるものではないが、これは王宮から出るのはやめなさいという忠告だろう。と考えたところで、シャルロッテはこの忠告の主が、目の前の人ではないことに気がついた。


「ありがとうございます。でも、もう家出はいたしませんわ。何年も前のことをいつまでも……。わたくしがいくつになったかご存知ないのでしょうか、殿()()は」

「あら、さすがね。だから言ったのよ。シャルロッテは気づくわよって」


 珍しく紅玉(ルビー)の瞳を悪戯に輝かせて、カタリーナはうなずいている。


「なにを心配なさっているのでしょう。ラウエンブルク公のことは、わたくしは本当になんとも思っておりませんし、今の時期はあからさまに皮肉を言ってくる貴族たちは、皆領地に戻っていますのに」


「相変わらず、わたくしにはなにも説明なしよ。シャルロッテが逃げるかもしれないから、せめて王宮に留まるようにしてくれ、とだけ」


 呆れ顔のカタリーナが窓の外に目を向ける。鈍色の空から舞い散る小雪は、頼りなげにチラチラと光って消えていく。


「ラウエンブルクもだけれど、フェルディナントも()()()()()のになにを気にしているのかしらね」


 カタリーナの言葉にシャルロッテは曖昧な笑みを浮かべる。

 王族と、一部の重臣のみが知る秘密。それはシャルロッテが、フェルディナントとの間に子どもを儲けるという『予見』を得た事実である。


 当初、シャルロッテを王太子妃に迎えることに難色を示した国王に、フェルディナントはこの『予見』をとっておきの切り札として使った。

 シャルロッテが『予見』によって得た未来は、アンティリア王家に最も望ましいものであった。


「公はともかく、殿下の態度がひどくなったのは最近ですわ」

「なにか心あたりはある?」


「いいえ、ご自分のほうがよほどお忙しいのに。わたくしの心配をするくらいなら、少しはお休みになっていただきたいのに」


 少なからず腹を立てていたはずなのに、しょんぼりするシャルロッテに、カタリーナはあらあら、と声には出さないが目尻を下げた。


「なにか行き違いがありそうね。自信家のあの子がシャルロッテのこととなると、冷静さを欠くのは人の心があってよかったわ、と思うのだけれど。貴女には面倒をかけるわね」


「ああ、いえ。わたくしがいたらないのは、わかっております。なにも仰らないのにいつの間にか、殿下の防壁に囲まれているのが、不甲斐ないといいますか」


「わたくしからすれば、貴女にそのように思わせているフェルディナントのほうがよっぽど不甲斐ないわね。本当にしばらく家出してきてもいいのよ?」


 カロリーナの迫力ある笑顔に、シャルロッテは乾いた笑みを返した。



 その夜、シャルロッテが寝支度を終えて寝室のソファで本を読んでいると、少し焦った様子でフェルディナントが入ってきた。

 シャルロッテは久しぶりに夜に会えた喜びを表して、笑顔を向けた。

「おかえりなさい。今日は……」


 ――あれ、怒っている?――

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