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精霊姫は予見の未来に瞳を閉ざす  作者: 永井 華子
その後のできごと

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魔女と精霊姫 1

シャルロッテ16歳、フェルディナント21歳で婚約、から3年後に結婚して、さらに3年後の冬。

シャルロッテ22歳、フェルディナント27歳。

『虹色の霧の国』の半年後になります。


ちょっと長くなりますが、おまけの番外編です。

 目が覚めると、夫の腕に抱き締められている。眠るときには確かに隣に横たわっていたはずなのに、いつの間にかそうなっている。ここのところ毎日だ。

 室温が管理されている王太子宮でも、朝の空気には冬の気配が濃い。暖かい腕の中に留まっていたくて、葛藤する。


 王太子妃シャルロッテ・ウルリーケの寝起きは悪いが、立場上、そうも言えなくなって久しい。どうにか決まった時間に起きることを体も覚えてきた。


 妻よりもよほど疲れているはずなのに、シャルロッテが少しでも身じろぎすると、夫である王太子フェルディナント・アルブレヒトは必ず目を覚ます。


 その日もシャルロッテが重たいまぶたを持ち上げると、フェルディナントが後ろ抱きにしていた腕に、きゅっと力を入れた。


「おはよう。よく眠れた?」

「おはよう。ええ、大丈夫よ」


 フェルディナントの吐息とともに首筋に口づけられる。半身を起こしたシャルロッテの唇にあらためてキスを落とすまでが、日課のようになっている。


「ん、どうした?」

 じっと見つめてくるシャルロッテの頭に、煌めく虹色の瞳を細めたフェルディナントが手を伸ばす。

 シャルロッテの淡い絹のような金髪を、手でゆっくり梳かす手ざわりが気に入っているらしい。


「アルこそ、疲れていない? 最近忙しいでしょう」

「体力には自信があるし、特に忙しいわけでもないよ。王太子が暇では困るだろう?」


 ぽんぽんと妻の肩を優しくなでると、フェルディナントは寝台から下りる。

「でも晩餐を一緒にできない日くらいは、やっぱり自室で休むわ。そのほうがアルもゆっくりできるでしょう?」


 シャルロッテの心からの気遣いに、フェルディナントは口をゆがめた。

「腕の中にシャルロッテがいるほうがよく眠れるよ。そんなことをしても、私がシャルロッテの部屋に行くだけだ」

「子どものぬいぐるみじゃあるまいし」


「そうだよ? こんなに美しいぬいぐるみがあってたまるか。私の妃は相変わらず自分の価値を理解していない」

「そうでもないわ。どこぞの御曹司に見初められて、知らぬ間に縁談がまとまってしまったから、反省したもの」


 抱き起こされたシャルロッテが、笑う夫の腕の中に再び閉じ込められたとき、規則正しく扉を叩く音が響いた。

「時間切れだな。すまないが、朝食は一緒にとれない。あと夜も遅くなるけれど、ちゃんとここで休んでいるように」


 解放されたシャルロッテは、やっぱり忙しいじゃない、と思ったが、口にはしなかった。

 それでもため息混じりに、はい、と返事をして着替えるために迎えの侍女と自室へ向かった。


 シャルロッテ十六歳、フェルディナント二十一歳で婚約し、三年後に盛大な婚姻の儀式が行われてから三年目。

 シャルロッテに一目惚れした、と公言してはばからないフェルディナントは、結婚後は妃を溺愛する王太子と広く認知されている。


 はじめはなにか目論見があって、そうした態度をとっているのではないか、と(いぶか)しんでいたシャルロッテも、婚約者の頃からずっと変わらない夫の愛情表現を、もはや疑うことはない。


 煌びやかな社交界を敬遠して、ひっそりと暮らすことを望んでいたはずなのに。社交界どころか、王宮で暮らす王太子妃になってしまった。

 それは、シャルロッテもフェルディナントの側にいることを望んだからだ。


 仲の良い――その上美男美女である――王太子夫妻は国民の人気も高く、フェルディナントはもとより優秀な王太子と評判で、なにも憂いはない。


 ただ一点を除いて。


 二十二歳になるシャルロッテには、未だ懐妊の兆しがない。一般的な若夫婦であれば、まだそこまで焦ることはないかもしれないが、この夫婦はアンティリア王国の王太子夫妻である。


 フェルディナントを除くと、現在、王位継承権をもつ者はふたり。

 フェルディナントの姉である、ヴィッテンベルク公爵夫人アマーリア・ジビュレと、王弟であるリューレ大公クラウス・ヴィルフリートだけだ。


 アマーリアはフェルディナントよりも、『精霊の加護』の器が大きい。そのため、女王に、との声もあったが、本人にその意思がなく、フェルディナントの婚約よりも先に、ヴィッテンベルク公爵へ降嫁した。


 すでに二児の母となったが、その子たちは王家の虹色の瞳を受け継いでいない。

 したがって、アマーリアの王位継承権は、フェルディナントに子どもが生まれれば失われる。


 リューレ大公の妃は、長らく母国で病気療養していたが亡くなり、母のもとで育った大公女が昨年帰国した。

 大公女ローザリンデは、王家の瞳を受け継いでおり、しかも、すべての加護が均等にある、という特殊な色をしている。


 虹を閉じ込めた真珠の瞳をもつ、美しい大公女の帰国に、若い独身貴族やその親たちは色めきたった。

 だが、彼らが大公女に近づく方法を画策する間もなく、大公の護衛を務めていたラルフ・ジークハルト・クヴァンツとの婚約が発表された。


 ラルフはクヴァンツ侯爵の三男であるが、『精霊の加護』をふたつ受ける稀有な器の持ち主であり、当然その魔力は多い。


 クヴァンツ侯爵家にはかつて王女が降嫁したこともあって、大公女とラルフの婚姻によって生まれる子は、王家の瞳を受け継ぐのではないかと、期待されている。


 つまり、この婚約は王太子夫妻に子が生まれなかった場合を考えた窮余の策であり、大公女はそのために帰国させられたのではないか、と噂されている。


 事実を知る者からすれば、よくそれほどもっともらしい話をつくれるものだ、と呆れる内容である。

 しかし、人は理解できない事象に対して、()()納得できる理由を知りたがるものなのだろう。


 王統の継承のためには、王太子フェルディナントの子が生まれることが最も望ましい。王族は皆それを望んでいるし、そうなると()()()()()()()()


 周囲の喧騒をよそに、王太子夫妻は今日もいつも通り、仲良く過ごしている。



 フェルディナントは、寝室を出て行くシャルロッテの後姿をながめていたが、妻の背中が見えなくなるまで動かなかった。シャルロッテが完全に視界から消えると、少し首をかしげてから頭を振った。


 その日、執務を終えて王太子宮へフェルディナントが戻ると、寝台の上でシャルロッテはすでに夢の中にいた。

 隣で横になり、肘枕で頭を支えて妻の顔を見ると、乾きかけた涙の跡がまなじりから下がっている。


 フェルディナントは顔をしかめながら、涙の跡をぬぐうと、シャルロッテを抱き寄せる。

 眠ったままのシャルロッテは、それでも夫の体温に安心したように微笑んだ。


 フェルディナントは、起きている妻の前では決して見せることのない、情けない表情でため息を吐き、そのまま目を閉じた。



 翌日、同じような朝の会話を繰り返してから、朝食の席につく。


「今日は母上と出掛けるのだったか?」

「ええ、王立植物園に新しくできた温室の視察に、おともすることになっているわ」


「雪が降るらしいから、暖かくして行くといい」

「行き先は温室よ?」

「馬車から温室までは外に出るだろう?」


 呆れるシャルロッテに、フェルディナントは極上の笑みを見せて、妻の反論を封じた。


 社交シーズンが終わり、領地もちの貴族たちが所領へ帰ると、王宮は静かになるが、王族が暇になるわけではない。

 社交界で貴族たちの相手をする機会が減る分、王都や直轄領の行政、王立施設の運営などの仕事をこなさなければならない。


 直接の業務を行うことはないが、責任者からの報告や陳情が増える。それらの決済や、実際に現場に足を運んで王家が統括していると示す必要もある。


 シャルロッテにもこうした公務が少しずつ増えているが、まだひとりで行うものは少ない。


 王妃カタリーナの公務に随行するために、王太子宮から王宮の執務棟へと向かっていると、前方から白髪の男性が歩いてきた。


「ラウエンブルク公、ごきげんよう」


 宰相ラウエンブルク公爵は、特徴的な片眼鏡(モノクル)に触れて位置を直すと、シャルロッテに礼をとる。


「これは妃殿下、お出掛けでいらっしゃいますか」

「ええ、王妃様の視察におともしますの」

「ああ、王立植物園ですか……」


 ラウエンブルクは一瞬険しい目つきになったが、すぐに表情を取りつくろと、今度は悩ましげな顔になる。


「今日は冷え込むようです。大事な御身ですから、どうかご無理をなさらず。視察なら王妃陛下がお出ましになれば、充分でしょうに」


 宰相の言葉とはいえ、王妃に対して随分と不遜な物言いである。視線を下げて首を振るラウエンブルクに、シャルロッテは肩をすくめて愛想笑いを浮かべるしかない。


「わたくしからお願いしたのですわ。おともさせていただける場所へは、お連れくださいと。でも、公の心配はありがたく思います。殿下も暖かくして行くようにと仰せでしたから、気をつけて行って参ります」

「そうですか。雪がひどくなるようでしたら、はやめにお戻りください」

「ええ、ありがとう」


 ラウエンブルクと別れて、王妃の執務室へと歩き出す。宰相との距離がある程度離れたところで、つき添っていた侍女が声をかけてきた。

「妃殿下、あまりお気になさいませんように。公爵ももう少し控えられたらよろしいのに」

「あら、大丈夫よ。まったく気にしていないから」


 シャルロッテは本当に気にしていないのだが、周囲はそうは思ってくれない。

 ラウエンブルクの言う()()()()()が、なにを意味するのかはわかっている。ラウエンブルクも、シャルロッテが気にするとは思っていない。


 しかし、それも強がっているように見えるらしい。そのように見られることのほうが、よほど疎ましいのだが。

 心配そうな視線を向ける侍女に、精霊のようだとたとえられる柔らかい笑みを見せて、どうにか安心させると、足をはやめた。

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