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精霊姫は予見の未来に瞳を閉ざす  作者: 永井 華子
精霊姫は予見の未来に瞳を閉ざす

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11.依頼主

 湿気のある重たい空気の中を、手を引かれて歩く。息苦しさが少し和らいだと思ったところで、座るよう促された。硬い椅子のようなものに、腰を下ろす。


 目隠しが外されると、一瞬まぶしさを感じたが、すぐにそれほど明るい場所ではないとわかった。


 目に入る景色は、あの『予見』の現場に間違いない。おそらく採掘が終了して放棄された坑道の中、荷運びのために設けられた空間だろう。


 だが、シャルロッテは手足を縛られていない。夢の中では身じろぎもできなかったのに。そして、あのとき、黒髪に青い瞳の若い男は()()()()()


 その二点を除けば、場所、ほかにいる人間は『予見』の通りである。しかしながら、その二点は決定的な違いではないだろうか。


「はやかったな、カミル」

 主犯格の男は、整った濃い口髭の割に薄い頭髪で、恰幅がいい。若い頃には見栄えのよい容姿だったのでは、と思わせる面影があった。男は青い瞳の若者に悠然とした態度で話しかけた。


「先にお姫様が大人しくしてくださったら、護衛なんて手出ししてこられないんですよ。だから言ったでしょう? 丁寧な仕事のほうがはやく終わるって」

「お前がいて助かったな」


「たかが三人、しかもひとりは女だったじゃねえか。さっさと切っちまえばもっとはやかっただろうよ」

 エルケを押さえつけていた男が、忌々しげに吐き捨てる。


「それでお姫様に怪我でもさせたら困るでしょう、ねえ閣下?」


 青い瞳の若者、カミルと呼ばれた男は器用に片方の眉だけをゆがめている。

 実行犯として雇われた男たちと馴れ合ってはいないらしい。シャルロッテはカミルがいなければ、エルケたちがどうなっていたかを思い、青ざめる。


「おいおい、気がはやいな」

 閣下と呼ばれた男は満更でもない様子で、機嫌よく笑った。


「閣下」という敬称は、アンティリア王国においては国軍に属する騎士団長、あるいは王家の血を引く虹色の瞳をもつ貴族にしか用いられない。


 シャルロッテが社交界に疎くても「閣下」と呼ばれる少数の貴族の顔くらいは、さすがに知っている。

 この男はその中にはいなかったはずだ。なら、どうしてカミルは「閣下」と呼んだのか。


 目の前で繰り広げられている光景は、『予見』とは異なる現実となっている。シャルロッテは慎重に成り行きを見守っていた。


「しかし、噂以上の美しさだな。まだ十六か、あと二、三年もすれば、とんでもない美女になるな。……惜しいことだが、無傷でお連れしないとな」


 男に下卑た笑みを向けられてシャルロッテは、びくりと身をこわばらせる。だが続く会話には聞き覚えがあることに気づいて、耳をそばだてた。


「これだけの別嬪なら、南の組織の首領のとこにもってけば、相当はずんでくれるぜ。伝手(つて)はあるんだ、やっぱり俺に任せてくれよ」


「今回の取引相手は、そんな奴らとは格が違う。何度言ったらわかるんだ。お前たちへの報酬も破格だぞ」

「知らねえよ、本当に確かな話なんだろうな。あんたが払うわけじゃねえんだろうが」


 夢の中で聞いた会話だ。この後、声を荒らげる男たちが恐ろしくて、身動きも取れず、助けを求めることもできない。声にならない悲鳴が喉をつくところで、目が覚めたのだ。


 しかし、夢の中にはいなかった存在によって、異なる展開が訪れる。


「依頼主はやんごとないお方だ。下手に知らないほうが身のためだと思うがね」

「チッ! 約束は守ってもらうからな。先に行ってるぞ」


 カミルをにらみつけた男は、わざとらしく舌打ちすると手下に合図を送って、細い坑道へ消えていった。


 残ったのは貴族らしき男が四人と、カミルである。

「彼奴も連れて行くんですか?」

「あちらで()()してくださるそうだ。アンティリアに捨てていっても、なにかと面倒だからな」


 カミルがうなずきながら、シャルロッテに目を向ける。

「閣下、お姫様にはある程度お話しになってもいいんじゃないですか。どのみち引き渡すときには知らされるんでしょう?」


「おお、そうだな。ご無礼をいたしましたが、わけあってのこと。どうぞお許しください。貴女の正統なご身分を取り戻すためなのです」


 主犯格の男がシャルロッテに向き直り、かしこまる。下手な役者のように大仰な身のこなしである。ほかの男たちも同じように動いて跪いた。

 カミルだけは、その後ろで冷ややかな表情で腕組みをしていた。


「どういうことですか? 貴方はどなたでしょう?」

「アンティリアではシュヴァインフルト伯爵を名のっております」

「シュヴァインフルト伯爵?」


 聞き覚えのある家名に、シャルロッテは首をかしげた。どこかで耳にしたはずだが、思い出せない。

「王宮の夜会で、息子がご挨拶をさせていただいたはずです。王太子に邪魔をされたと申しておりましたが」


「ああ、あの人の……」

 夜会でフェルディナントと踊る直前、しつこく話しかけてきた男が確かそう名乗っていた。よく見ると、あの青年も歳をとって髭を生やせば、目の前の男とよく似た風貌になるかもしれない。


「王太子に邪魔をされた」というからには、あのときから拉致は計画されていたということなのか。アンティリア王家に敬意を払わない者たちによって。


「息子がお近づきになれたら、もっと穏便にことを運ぶつもりだったのですよ。王太子のせいで貴女に近づくどころか、ご連絡を差し上げるのも難しくなりましてな。このように荒っぽい手段を取らざるを得なくなったこと、お詫び申し上げます」


「シュヴァインフルト卿、それで、これはどういうことなのでしょうか?」


「ご存知ないでしょうが、貴女はマーンリオ王家の血を引いておられるのです」

「は?」


 マーンリオ王国。アンティリア王国の東、ベーヴェルン侯爵領と境を接する隣国へは、ノルトシュヴァルツ鉱山を基点とする山脈が連なっており、当然(から)の石の鉱脈もつながっている。


 アンティリア王国の空の石はベーヴェルン産でまかなわれているが、マーンリオ側の産出量はそれをはるかに上回り、鉱山を持たない他国への輸出は、マーンリオの主産業となっている。


 現在の王朝は長らく安定しており、アンティリア王国とは友好関係を維持している、はずであった。


「そのような話は聞いたことがありません。なにかのお間違いでは?」

 シャルロッテは困惑しているが、シュヴァインフルト伯は続ける。


「そうでしょうとも。貴女の母方の高祖母にあたるマーンリオ王国の王女殿下は、拉致されたのです。マーンリオ王家では手を尽くして探したそうですが、そのまま行方不明になってしまわれた」

「母はヴィルトグラーフ伯爵家の娘ですが?」


「王女を拉致したのは、護衛騎士だったそうです。アンティリアへ逃げのびた後、王女がお産みになった姫君が、当時のヴィルトグラーフ伯爵に見初められた。貴女のように、美しい姫君だったのでしょうな」


 シュヴァインフルト伯の粘ついた視線に、寒気がする。語られる話も信じ難い。シャルロッテは、嫌悪の感情が表に出てこないように、意識して表情を取りつくろった。


「ヴィルトグラーフ伯爵夫人となった姫君には、女児しか生まれなかったため、次代は婿を迎えた。それが貴女の祖父母ですな。そして現伯爵と妹、つまりベーヴェルン侯爵夫人が生まれた、ということです」


「それが本当だとしても、高祖母はとうに亡くなっておりますし、今になってわたくしがマーンリオに行って、どうするというのですか?」


 シュヴァインフルト伯はそこではじめて、シャルロッテが怯えていないことに気がつき、嫌そうに鼻を鳴らした。

「マーンリオ王国の王女としての暮らしに、興味はありませんかな?」


「ありませんわ。侯爵家の娘であることさえ、荷が重いと感じていましたから。迎えられるのはわたくしだけですか? 母や弟はどうなるのでしょう? 今のお話ですと、ヴィルトグラーフの伯父もマーンリオ王家の血を引いているはずですね?」


「なるほど、聡い娘というのはなかなかに煩わしいものだな」


 マーンリオ王家が()()()、かつて失踪した王女の行方を探しており、忘れ形見に会いたいというのであれば、正規に使者を送ってアンティリア王家に依頼すればよい。


 それをせず、アンティリア王家に少なからず不満を抱いている貴族を使って、シャルロッテを拉致させる。下手をすればアンティリア王家の怒りを買う、この計画はいったいなにが目的なのか。


「マーンリオ王家の姫君にだけ、伝わるものがあるそうですな」

「え?」


「さらわれた王女がそれをもっていたはずだ、とうかがいましたよ」

「存じません。そのような話は母からも祖母からも、まったく聞いたことがありませんわ」


 冷静に、と己に言い聞かせていても、心が騒がしくなる。マーンリオ王家の王女にだけ伝わるなにか。それがシャルロッテに受け継がれている?


 跳ねる心臓の音に耳を塞ぎたくなる。息苦しさにつと顔を上げると、坑道への入り口に立つカミルと視線が交わった。カミルの口が音を発することなく、ゆっくり動く。シャルロッテは、それを見て小さくうなずく。


「それがなにか、私は知りませんがね。お持ちである貴女をお連れするように、とのご依頼で動いたわけですよ」

「……マーンリオ王家が依頼したと?」


「国王陛下のご下命でしてね。貴女がマーンリオ王家の姫君として迎えられれば、我が家もマーンリオの爵位をいただける、そういう約束になっているのですよ」


 シュヴァインフルト伯に続く貴族たちも、うなずきあう。彼らも、同様の約束のもとに動いたのだろう。

「アンティリア王家への忠誠心はないのですか?」


 シャルロッテの問いかけに、口髭を手で整えながら笑う。


「忠誠心というものはね、見返りがなければ簡単に裏返ってしまうのだよ。若いお嬢様にはわからないだろうが。アンティリアの王太子、あれは器も小さく国王としての力量も疑わしい。心ある者は以前から心配している。それなのに、真に国を憂う者は退けられていく。そんな国へ捧げる忠誠など無い」


 吐き捨てられた言葉に、シャルロッテの血が沸る。


『私は間違えることが許されない』

『君が抱える必要はなかったのにな』

『起こってもいない犯罪を裁くなどあってはならない』

『力が足りず、すまない』


 フェルディナントが、王太子として責任を果たすことに、どれほど心を砕いているか。シャルロッテは、少ない邂逅の中でも見てきた。

 国王となる重責に、彼は今も真正面から向き合っている。

 それは器や魔力の大きさだけで測れるものではないはずだ。まして、己の利益しか考えていない輩に、理解できるわけがない。


「……殿下がどれほどご自身の責務に真摯でいらっしゃるか、知りもしないで勝手なことを! 貴方の忠誠心など殿下には不要でしょう。わたくしもそのような薄っぺらい忠誠心で満足するマーンリオへなど、参るつもりはありません!」


 シャルロッテが叫ぶように言い放つと、シュヴァインフルト伯は顔を真っ赤にして手を振りかざした。シャルロッテは目を閉じて、痛みに備えた。が、頬を張られることはなかった。


 カミルに腕を掴まれたシュヴァインフルト伯は、じたばたと暴れるが逃れられない。ほかの男たちも金縛りにあったように身動きが取れず、驚いた表情で固まっている。


「王太子殿下、お聞きになりましたか?」


 右手一本で暴れるシュヴァインフルトを押さえつけたカミルは、左手を上着の内側に差し入れた。

 取り出した手がもつ、黒い台形のプレートがうっすらと光っている。カミルがプレートにふっと息を吹きかけると、紅玉の色が際立つ虹色、シャルロッテを魅了する暖かい光があふれ出す。

 そして、場違いに明るい声が響いた。


【よく聞こえたよ。父上と宰相の耳にもしっかり届いている。実行犯は捕えたな?】


「外に出たら拘束するように命じてあります」


【ご苦労。シャルロッテ、()()()を開いてくれ】


「え、ああ! はい」

 急いで首もとから金の鎖を引き出すと、ペンダントトップの蓋を開く。カミルの手から広がる光と同じ色の輝きが、空間を支配する。

 そこにいた皆がまぶしさに目を閉じたが、シャルロッテだけは、光の中に形作られる影を見つめていた。


 光の中から伸びてくる大きな手が、シャルロッテを抱え上げる。心が落ち着く王都の風の薫り、それはフェルディナントがまとう薫りであった。


「すまなかった。恐ろしい思いをさせたな」

 まなじりに涙をためながらシャルロッテは首を振るが、言葉は出てこない。


「よくやってくれた、助かったよ。おっと」

 緊張の糸が切れたシャルロッテは、急に足が立たなくなった。すかさず支えたフェルディナントは、そのまま彼女を横抱きにして、背に腕を回した。


「殿下、あの」

「いいから、無理をするな」

「……はい」


 恥ずかしくて心臓は跳ね上がっているのに、なぜか安心する。それはきっとこの薫りが落ち着くからだ。シャルロッテは大人しくしたがった。


「殿下、そろそろ引き上げてもよろしいですか。私も疲れているので」

 いつの間にかてきぱきと、四人の男たちを縛りあげていたカミルが不満そうに言った。

「ああ、ご苦労だったな。期待通りの働きだった」


 シャルロッテの背中から後頭部に手を回して、己の胸に押しつけると、フェルディナントは機嫌よくこたえる。


「こういうときは『期待以上だった』と(ねぎら)うものではないですかね?」


「恣意的に部下を評価するわけにはいかないだろう。常に公平で適切な評価を与えないとな」

「では、随分と期待していただいていたということですね」

「この程度で満足するなら期待外れだな」


 ――やっぱり殿下の部下だったのね。よかった……――


「ああ、シャルロッテは疲れただろう。ちゃんと送り届けるから、()()()()()()()()


 暗示の魔法だ、と思ったときにはもう眠りに落ちていた。

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