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第31話 王子との戦い※

 武芸大会2日目。

 昨日と同じ6時半に起きたユージアルは、てきぱきと身支度を整えると木剣を携えて外に出た。

 寮の周囲には生徒の姿がちらほら見える。同じく、木剣を持っている者が多い。

 ほとんどが先輩なので、軽く会釈をしてから少し離れた位置に陣取った。


 1回、2回、3回。

 軽く木剣を振ると、頭に残っていた眠気が吹き飛んでいく。

 何だか身体が軽い。気力が充溢しているのが自分でも分かる。



 今日は2・3回戦が行われる。自分は第3試合だ。

 もし勝てば1日に2試合をこなさなければならないが、今はその事を考える必要はないだろう。

 何しろ、2回戦の相手は第2王子アルデン。

 1回戦での試合を見ていたが、本当に強い。今の自分よりもはるか上にいる。


 …だが、勝負に絶対はないのだ。必ずチャンスはあるはず。

 2回戦進出くらいで満足してたまるか。次も勝つ。勝ってやる。


 程々に身体を動かして部屋に戻ると、今日もヨルダンは「頑張って」と言ってくれた。

 昨日も嬉しそうに勝利を祝ってくれたし、どうやら本当に応援してくれているらしい。

 ユージアルも、今度はもう少し素直に「ああ、頑張る」と返事をした。




 大会が始まった。試合は順調に進み、ついに自分の出番だ。

 ゲートをくぐってリングの上へと向かう。


「東、騎士課程2年、アルデン・ファイ・ヘリオドール!西、騎士課程1年、ユージアル・ゲータイト!」


〈1回戦では華麗な動きで勝利したアルデン選手と、驚きの逆転勝利を収めたユージアル選手!注目の一戦です!〉


 王子は相変わらず凄い声援が飛んでいる。

 女子の声が目立つが、一般市民からも大きな声援が上がっているようだ。王族はやはり人気がある。

 自分とは大違いだな…と少し自嘲気味に思っていると、「ユージアルお兄ちゃーん!」という声が聞こえた。


「がんばれー!!兄ちゃーん!!」

「全力でぶつかるのよー!!」


 剣術道場の子供達だ。姉とセピオもいる。

 王子様がどうこう言っていたけれど、ちゃんと自分を応援してくれるらしい。

 ほんの少し心強くなり、彼らに向かって軽く手を振った。

 ワインレッドの三つ編みの姿は探さない。今は目の前の相手に集中するだけだ。



 リングの上で王子と向かい合う。

 いかにも女子からモテそうな甘い顔に、小さく微笑みを浮かべている。


「昨日の試合、僕も見てたよ。あの阻害魔術は見事だった」

「…ありがとうございます」

「本当に完璧なタイミングだったね。狙ってやったなら大したものだけど…あれは実力かな?それとも、たまたま偶然成功しただけ?」

「……」


 ニコニコと尋ねられ、ユージアルは思わずムッとする。

 無言のままで睨みつけると、王子は声を出して笑った。


「あはは、ごめん、ごめん!冗談だから、そう睨まないでよ」


 何かめんどくさい人っぽいな、と内心で思う。ちょっと苦手なタイプかもしれない。

 横で審判が片手を前に伸ばす。


「両者、開始位置へ!」


 白く線が引かれた開始位置に立ち、お互い礼をする。

 小さく腰を落とし、剣を正面に構えた。


挿絵(By みてみん)



「…始め!!」


 王子はまずは小手調べとばかりに、軽く剣を繰り出してきた。

 軽いが、とにかく速い。ユージアルもスピードにはそれなりに自信があるが、受け流すだけで精一杯だ。


「偶然だったかどうかは、戦って確かめてみれば分かる事だよね…!」

「……!!」


 魔力の気配。咄嗟に阻害魔術を使う。

 パン!と高い音が響いて、それが成功した事を知る。


「うん、綺麗に止めたね。じゃあ次」


 再び魔力の気配。

 思考する暇なんてない。剣を振りながら、己の勘がささやくままに阻害魔術を撃ち出す。

 1つ、2つ。一拍置いて、もう1つ。高い音が響く。


〈アルデン選手、連続で魔術を繰り出した!何とユージアル選手、それを全て阻害魔術で防いだ模様…!〉


「へえ…凄いや。今のを全部止めるなんて、どうやら偶然じゃなかったみたいだね。君、なかなか面白いよ!」


 王子が楽しげに笑う。

 化け物かよ、とユージアルは内心で悪態をついた。

 魔術を撃つ速さも凄まじいが、こちらはその全てを阻止したのだ。当然そこには隙が生まれているはずなのに、打ち込んだ剣は(ことごと)く防がれた。

 魔術を繰り出しながらもなお、王子の剣速はユージアルを上回っている。明らかに本気を出していないにも関わらずだ。



 王子はいくつもの魔術を撃ちながら、次々に剣を閃かせてくる。

 剣は何とか全て受けるか避けているものの、魔術は時々阻止しそこねて身体の端々に当たっている。

 どれも水撃の魔術だ。威力は低いし直撃を避けてもいるが、服が濡れてまとわりつき、身体が重く感じる。

 何より、このままダメージが蓄積していくとまずい。


「くそっ…!!」

「うーん、成功率は8割って所かな?本当に凄いよ、大したものだ」


 完全に遊んでやがる。

 頭に血が上りそうになるのを必死で堪えた。冷静さを失ってはいけない。


『…もっと集中しな!感覚を研ぎ澄まし、相手をよく見るんだ。阻害魔術の成功率を上げるにはそれしかない』


 分かってるよ、ババア。

 散々やったんだ。身体に染み込ませるために繰り返し、繰り返し練習した。


『…お見事です、ユージアルさん!』


 そうだ。俺はやれる。やればできる男なんだ。

 心の中で言い聞かせる。



 …仕掛けるなら今のうちだ。

 あいつが遊んでいるうちに勝負をかける、それしか勝機はない。


 また魔力の気配。巧妙にタイミングをずらして撃ってくるために対処しにくい。

 1つ、一拍置いて2つ、3つ。全て阻止する。

 …そして、更に遅れてやって来た4つ目が、激しい音を立てて炸裂した。


「うあぁっ…!!」


〈アルデン選手の水撃がユージアル選手の顔面に直撃!阻害魔術に失敗したか!〉


「残念、ここまでかな。…でも、結構楽しかったよ」


 大きく仰け反ったユージアルに対し、王子が笑いながら剣を振り上げる。

 …だが肩から袈裟懸けに斬ったかに見えた瞬間、王子はいきなり大きく飛び退った。


「……!?」


 仰け反っていたユージアルの姿がかき消え、代わりに剣を振り抜いた姿勢のユージアルが姿を現す。




〈…これは幻術だ!!ユージアル選手、自らの幻影を囮にしてアルデン選手へ反撃を加えた!!〉


「…やるじゃないか。今のは意表を突かれたよ」


 浅く切り裂かれた胸元に触れながら、王子は嬉しそうに笑った。

 その笑顔を絶望的な気分で睨みつける。


 …仕留め損ねた。

 今のが最初で最後のチャンスだったのだ。

 幻術を使い、相手の攻撃を食らったふりをしての必殺の一撃、これがユージアルの奥の手だった。格上の相手でも倒せるかも知れない、唯一の切り札。


「君には本当に楽しませてもらった。…だから僕も、君に相応の礼を返すとするよ」


 一見にこやかな表情、その眼光の鋭さに背筋がゾッと冷える。




「……!!」


 怒涛の勢いで繰り出される剣を必死で受ける。

 速い。さっきまでの比じゃない。これが王子の本気なのか。

 辛うじて凌いでいるが、みるみるうちに形勢が悪くなっていく。これでは、勝負がつくのは時間の問題だ。


 …ああ、やっぱり、ここまでなのか。

 結構頑張ったんだけどな。でも運が悪かったんだ。

 こんな強敵と当たっちゃったんだから、しょうがないよな。


 王子の眼光が一際険しくなった。とどめの一撃が来る。

 これで、終わりだ。



「……しっかりしな、ユージアル!!!」



 ハッとすると同時に、反射的に身体が動いた。

 ギリギリの所で王子の剣を受け止める。激しく打ち付けられた刃に火花が散った。


「くぅっ…!!」


鍔迫(つばぜ)り合いだ!しかしユージアル選手にとっては辛い体勢!!〉


 歯を食いしばって耐えるが、体勢はこちらが不利だ。上から押し込まれている。


「頑張れ!!!あんたなら、やれる…!!」


 …あの人の声だ。何度も俺の背中を押してくれた声。



 全身に力が(みなぎ)る。

 鍔迫り合いをしたまま、全速で魔力を練り上げた。


「炎よ…!」


 ユージアルが展開したのは、周辺の空気を取り込み渦巻く風の魔術構成。しかしそこに、わざと火をつける。

 以前ババアの魔術の授業で「そんな事をすれば自分ごと燃え上がる」と叱られ、火傷をしたものだ。

 あの時と同じように、制御できない炎が腕の中に生まれる。


「熱っ…!?」


 いきなり両腕ごと剣を燃え上がらせたユージアルに、王子は顔をひきつらせた。

 熱い。このまま鍔迫り合いを続ければこちらの腕にまで燃え移る。

 …水撃の魔術を、だめだ、間に合わない。たまらずに剣を引いた、その時。


「…はあああっ!!!」


 間髪入れず、ユージアルの剣が王子の胴を横一閃に薙ぎ払った。





「…そこまで!!勝者、ユージアル・ゲータイト…!!」


 審判の声と共に、会場中にどよめきが広がる。

 優勝の最有力候補だったはずの王子が無名の1年生に負けるなど、一体誰が想像しただろうか。


〈な、なんと…あのアルデン選手が敗北…!?なんという番狂わせ…!!〉


「や、やったー!!」

「すげぇよ、ユージアル兄ちゃん!!」


 子供達の歓声が上がる。



 …そして、ユージアルは。


「熱、熱、熱ッ!!!!た、たすけ、助けて!!熱い!!!」

「君、早く魔術を解除するんだ!!水よ…!!」


 燃え上がったままごろごろとリングを転がり、王子の魔術によって鎮火されていた。

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