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第30話 一回戦

〈これより、第168回武芸大会を始めます…!!〉


 場内アナウンスと共に、学院の上空に打ち上げられる花火。拍手と歓声。

 …迷ったけれど、結局あたしは来てしまった。

 ユージアルの試合を見るために。


 武芸大会は貴族から平民まで多くの者が見に来る一大イベント、初日にも関わらず会場は人でいっぱいだ。

 一番後ろの列の空いている席に適当に座る。

 そういや、こうして一般の観戦席から見るのは子供の頃以来だ。試合が行われるリングからはかなり遠いが、遠目の魔術を使えば問題なく見える。


「なあ、今年の騎士部門優勝は誰だと思う?」

「そりゃアルデン殿下だろ。去年は惜しかったしな」

「でも、今年の3年だってかなり…」


 近くに座っている男たちの会話を聞き流しながら、入口で渡されたプログラムを広げる。

 今日行われるのは騎士部門や魔術部門など各部門の1回戦。

 ユージアルの試合は男子の騎士部門の第6試合だ。




 やがて騎士部門の試合が始まった。

 初戦からなかなか白熱した試合が続き、観客は盛り上がっている。

 若者達が持てる力を尽くして競い戦っている様というのは、人を高揚させ惹き付けるものだ。あたしもつい見入ってしまう。


「第5試合!東、騎士課程2年、アルデン・ファイ・ヘリオドール!西、騎士課程3年、カルス・コンドロ!」


 審判が名前を呼ぶと、観客席からきゃああっと若い女の子達の歓声が上がった。

 闘技場に入場しながら片手を上げて応えるのは、整った顔に爽やかな笑みを浮かべた金髪の少年。第2王子アルデンだ。


〈今大会の優勝候補ナンバーワン、我が国の第2王子アルデン選手!昨年は1年生ながらに決勝まで進み、熾烈な戦いの末に惜しくも準優勝となりました!対するは3年生の実力者、カルス選手!昨年は惜しくも2回戦で散りましたが、今年はどこまで行けるか!〉


 すらりとした王子に対し、対戦相手のカルスはかなり体格がいい。

 恐らくリーチもパワーも相手が上回っているだろうが、王子は余裕の表情に見える。



「…始め!!」


 審判の声と同時に仕掛けたのはカルスの方だ。体格にふさわしい大きな剣が凄まじい勢いで振り下ろされる。

 王子はそれを、余裕の表情のままであっさりといなした。

 続けて浴びせかけられるいくつもの斬撃も、ひらひらと軽く躱している。


〈アルデン選手、華麗な動きでカルス選手を翻弄!〉


 華麗ではあるが、まるで遊んでいるような動きだ。

 王子はそのまま避けたり軽く斬りつけてみたりを繰り返していたが、突然ふっとその姿がかき消えた。


「…そこまで!!勝者、アルデン・ファイ・ヘリオドール!!」


〈なんとアルデン選手、目にも止まらぬ動きでカルス選手の背後に回り、一刀のもとに斬り伏せた!あっという間の決着です…!!〉


 一際大きな歓声と拍手が四方八方から湧き上がる。

 やはり強い。優勝候補というのは伊達ではない。




 …そして、ついにユージアルの出番がやってきた。


「第6試合!東、騎士課程2年、ナゲット・ペクロラス!西、騎士課程1年、ユージアル・ゲータイト!」


〈両者共に武芸大会には初出場!2年生対1年生となるこの試合、果たしてどんな試合になるのでしょうか!〉


 実況の声と共に選手が入場してくる。

 身を乗り出し、遠目の魔術を使ってユージアルの様子を観察した。


 …良かった、落ち着いているみたいだね。

 足取りはしっかりしているし、表情も引き締まっている。

 あたしの事で集中を欠いていたらどうしようかと心配していたけど、杞憂だったようだ。真剣な顔で相手の方を見ている。



 石造りのリングの上で開始位置に立ち、両者が礼をした所で、審判が右手を掲げた。


「…始め!!」


 最初に動いたのはユージアルの方だ。

 迷いのない動きで相手に斬り掛かって行く。

 (はや)い。やはり、完全に身体強化をものにしている。


〈ユージアル選手の先制攻撃!素早い連撃だ!対するナゲット選手、まずは守りに徹して様子を窺う!〉


「あの一年生、なかなかやるなあ。勢いが良い」

「いやあ、ありゃ、そろそろ反撃されるぞ」

「……!」


 男の言った通り、守勢に回っていると思われたナゲットがいきなり反撃に転じた。

 鋭く繰り出される突き。

 思わずひやりとしたが、ユージアルは辛うじて避けた。


〈一瞬の隙を突いてナゲット選手が反撃!攻守が逆転した!〉


 今度はユージアルが防戦一方になった。

 あのナゲットって選手、思っていたよりもずっと手強い。ユージアルは苦しげな表情で攻撃を受け止め続けている。



 …何やってんだい、しっかりしな。

 痛いだの疲れただの文句ばっかり言いながらも、あんなに頑張ってたじゃないか。

 あんたの実力はこんなもんじゃない。こんな所で負けて良い訳がないだろう。


 ぎゅっと拳を握りしめた時、ナゲットの周囲の魔力が動くのがわかった。

 恐らく風の魔術。ユージアルの体勢を崩し、更に攻撃を畳み掛けるつもりか。

 だが、集まった魔力は魔術の形を成す前に高い音を立てて弾けた。


〈おっと、どうやらナゲット選手の魔術をユージアル選手が阻止した模様!これは速い、1年生とは思えない見事な阻害魔術です!〉


 まだ1年生のうちから阻害魔術を使いこなせる者は少ない。博打的な部分もあるので使用自体好まず、ずっと習得しない者もいる。

 だが、成功した時のアドバンテージは大きい。避けたり防御したりという動作をせずに相手の魔術を止められるので、素早く反撃に移れるのだ。

 今のユージアルの阻害魔術は完璧だった。習得を勧めたガーネットは正しかったね。あいつには阻害魔術を使いこなす才能がある。


〈ユージアル選手、猛烈な反撃に出た!一気に勝負をつけるつもりか!〉


 激しい連続攻撃。ナゲットの顔に強い焦りが浮かぶ。

 …そして、ついにユージアルの剣がナゲットの胴に届いた。


「…そこまで!!勝者、ユージアル・ゲータイト!!」




「や、やった…!!!」


 あたしは思わず立ち上がってバンザイをしてしまった。

 近くの席の男たちが目を丸くしてこちらを見ているのに気付き、慌てて座り直す。


「お嬢ちゃん、あの1年生と知り合いかい?」

「え、ええまあ…少し…」

「そうかい、勝てて良かったな。見事な試合だったよ」


 微笑ましげな顔で見られ、恥ずかしさで赤面する。年甲斐もない事をしちまった。


〈なんと、1年生のユージアル選手が見事に勝利!!意外な結果になりましたが、大変良い勝負でした…!!〉


 もう一度リングの方を見ると、お互いに礼をしている所だった。

 戦いで高揚したユージアルの顔はわずかに紅潮し、充実感と喜びに溢れている。

 自らの力で勝利を手に入れた男の顔だ。



 …ああ、こいつ、本当に成長した。

 いつまでも甘ったれのいたずら小僧なんかじゃない。一人前の男になろうとしている。

 それを嬉しく思うと同時に寂しく思っている自分に気が付いて、あたしは内心で苦笑した。


 エリスさんエリスさんと無邪気に寄って来るユージアル。

 本当にしょうのない奴だと言いながら、いつの間にかあたしもそれを嬉しく思っていたんだと、今更気付いてしまった。

 この楽しい時間を終わらせたくない。もう少しだけこのままでいたいと。


 …いい歳をして、本当に馬鹿だねえ。

 いずれ終わりが来ると、最初から分かっていたのに。



 リングを降りて選手用出入り口へと消えて行くユージアルの姿は、何だかひどく遠いものに見えた。

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