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第3話 変化の首飾り

「…それより、だ。あたしがこれからどうするかが問題だよ」

「むう…若返った事が皆に知られたらまずいのう。間違いなく騒ぎになるし、儂も古代遺物の管理不行き届きがばれてしまう…処罰を食らって研究費が削られる…」

「心配してるのはそこかい!!」

「当たり前だ!儂のためにもこの事は絶対に隠さねばならん!!」


 ハロイスは真剣だった。この爺…。


「まあ動機が何だろうと、協力してくれるんなら良いけどねえ。あたしはまだ王都での仕事が残ってるんだ、何とかしてババアの姿でいなきゃならん」

「仕事?ああ、ゲータイト家の倅の家庭教師か。まだ手を焼いとるのか」

「そうだよ。手のかかる小僧だ」


 あたしは苦い顔でうなずく。本当ならば今頃は家庭教師の契約を終え、あの小僧とは縁を切っているはずだったのだ。

 それと同時に王宮魔術師を引退し、身辺を整理してから田舎に引っ越すつもりでいた。

 どこか静かな場所に庵を構えて隠居し、近付きつつある人生の終着点に向けて準備を始めよう。そんな予定を立てていたのに…。

 ユージアルの成績があまりに悪いものだから、父親のゲータイト伯爵に「このままでは困る」と言われ、家庭教師契約の延長を承諾させられてしまった。


 あんな成績でも首にならず逆に契約延長になったのは、他の家庭教師は長続きせず、ほとんど残っていないからだろう。

 何しろあいつに勉強を教えるのは一苦労なのだ。

 授業から逃げ出すのはしょっちゅうだし、何とか連れ戻しても、10分も机に向かっていればすぐに「飽きた」だの「喉が渇いた、お茶が飲みたい」だのと言い始める。集中力がない。

 物覚えも悪い、というより覚える気がない。やればできるんだろうに、とにかくやる気がない。


 …だが、あれでも根は良い少年なのだという事も分かっている。

 あたし自身、かれこれ3年もの付き合いになるあの小僧を、今更中途半端に放り出したくはない。

 何とか見られる程度にまで成績を上げ、堂々と家庭教師の役目を降りたい。



「授業には、変化の魔術で姿をごまかして行くしかないかねえ…」


 変化の幻影魔術を使えば、自分の姿を違うものに見せかける事ができる。元のババアの姿にだってなれる。

 しかし、授業をやるのは基本的にゲータイト家の屋敷だ。裕福な家だけあって警備はしっかりしているし、幻影魔術をかけたまま出入りするのは危険だ。そのうち必ず見破られるだろう。

 そうなればあたしは魔術師エリトリットの名を騙って屋敷に入り込んだ不審者として、あっという間に捕まってしまう。


「…確かここには、変化の首飾りがあったね」

「ああ、あったな。持ち出し禁止の品だが、お前さんなら貸し出しも認められるだろう」


 変化の首飾りはかつて青薔薇の魔女が自分の弟のために開発したもので、変化の魔術と同じ力を持つ魔導具だ。

 最大の特徴は、使用中でも魔力の痕跡がほとんど見えない所にある。探知魔術をかけられても滅多な事では見破られないのだ。

 犯罪に利用される恐れがあるとして製造や流通は禁止されているが、王宮魔術師団にはいくつか現物があるはずだ。所属している魔術師なら、研究目的だとか言って借りる事もできる。


「あたしよりあんたが借りに行った方が良い。あんたは普段から研究のために色々な魔導具を使ってるし、自然に借りられるだろう。ほら、さっさと行って来とくれ、今すぐ!」

「全く年寄り使いの荒い…」

「あんたの方が年下だろうが」

「今はお前さんの方が若いわい!!」



 ブツブツ言いながらも、ハロイスは大人しく研究室を出て行った。

 後に残ったのはあたし一人。

 久し振りの右足の感覚が気になって仕方なかったあたしは、椅子に座ったままぶらぶらと足を動かしたり、床を踏みしめた。

 いくらやっても本当に足が痛まない。こんなの何十年ぶりだろうか。


 …しかし、とんだ事になっちまったねえ。

 若さ。本来なら絶対に取り戻せないはずのもの。

 それを求めてやまない者は、きっとこの国にいくらでもいるだろう。だがあたしはそうじゃない。

 あたしは今まで十分に、自分のやりたいようにやって生きてきた。若返ってやり直したい事なんかない。

 やり残した事が一つもないとは言わないが、どうしてもという程ではない。


 そもそもあたしは既に74歳、そこらの人間よりも長生きをしている。

 あたしと同年代の者、あるいはもっと年下の者だって、あたしを置いて冥府へと旅立って行った者がたくさんいる。

 あたし自身、もう数年もすればその仲間入りをするだろうと思っていたのだ。


 それが急に、何十年も先に遠ざかってしまった。

 …その実感は、まだ湧いていない。




 やがて、ハロイスが小さな細長い箱を片手に戻って来た。

 首尾よく首飾りの貸し出しを許可されたらしい。

 蓋を開けると、布張りの箱の中に一つの首飾りが入れられていた。銀鎖の先に青い石が嵌められた、シンプルなデザインだ。


「…これが変化の首飾りかい。現物を見るのは初めてだよ」

「使い方は簡単、身に着けたらその青い石に魔力を込め、変身後の姿をイメージするだけだ」

「それじゃ、試してみようかね」


 箱から首飾りを取り出し、身に着ける。

 精神を集中させ、いつもの自分の姿を思い浮かべながら魔力を込めた。


「…どうだい?」

「いつものババアになったな。…む、こりゃ凄いな。魔力の気配がまるで感じられん。これなら、上級の探知魔術でもなければ正体を見破られんだろう」


 つまり、相手がかなりの魔術の使い手でなければそうそうバレないという事だ。

 これさえあれば、ババアの姿でゲータイト家に出入りできる。


「さすがは青薔薇の魔女が作った魔導具だね。魔力消費はちょいと大きそうだが…」

「だが、その変化の効果は平静にしている時だけだ。お前さんが大きい魔術を使おうとすれば魔力が乱れ、幻影が解けて元の姿が見えてしまう。十分に気を付けるようにな」

「ああ、分かったよ」

「それと、貸与期限は最大で半年だそうだ。儂の名前で借りとるんだ、間違っても失くすなよ」


 半年。それだけ借りられれば御の字だろう。

 今は4月の始めだから、余裕を見て9月いっぱいまでってところか。

 それまでに何とかしてあの小僧にまともな成績を取らせ、家庭教師の契約を円満終了させなければ。

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