第26話 嵐の渦中
ジョン一家の治療は全員無事に終わった。
一家はこのまま隣家で朝まで過ごし、騒ぎを聞いて助けに駆けつけた者もそれぞれここに残ったり家に戻ったりするようだ。
「エリトリット婆さんはどうする?」
「あたしは家に戻るよ。また別の所から呼び出されないとも限らないしね」
嵐はまだしばらく収まりそうにない。
誰かが助けを求めに来た時のために、いつまでも家を留守にしない方が良いだろう。
「そうかい。気を付けてな」
「本当に、有難うございました」
ジョンの妻が深々と頭を下げ、あたしは「いいって事さ」と笑った。
集まった者達に見送られながら、しっかりと防護壁を張って外に出る。
雨風は相変わらず酷い。
この王都は縦横無尽に川や水路が走っている。この降りだと危ないかもしれない。
家の前に着くと、玄関の所に誰かが立っていた。
「…セピオ!」
「あっ、エリトリット先生!良かった、どこに行っていたんですか?」
「ちょっと近所に怪我人が出たもんでね。あんたは何故ここに?」
「すみませんが、剣術道場まで来てもらえませんか。近くの川や水路が増水していて危険な状態なんです。先生がいてくだされば心強い」
やはり、増水が危険域にまで達してきているらしい。
そしてこの風では倒木なども多い。それで道が塞がれていれば、何かあった時に救助が来るのが遅くなる。
剣術道場の周辺は住んでいる人間が多いし、家から避難してきている者もいるから、今のうちに魔術師を呼んで備えておきたいのだろう。
この辺りは川から離れているので氾濫に巻き込まれる可能性は低い。切迫しているのは剣術道場の方だ。
すぐに「分かった、行くよ」とうなずいたあたしの前に、セピオがさっとしゃがみ込む。
「おぶっていきます!」
あたしは一瞬躊躇ったが、四の五の言ってる場合じゃない。あたしが走るより、騎士として鍛えている上に身体強化にも慣れているセピオの方がずっと速い。
仕方なくその背に乗る。
「……?」
「どうしたんだい、早く行きな!」
「あ、はい!」
きっとセピオは、背負った感触がババアっぽくないから戸惑ったんだろうね。
あたしが使っている変化の首飾りの効果は、幻影で見た目だけを変えて見せるものだ。身体そのものが変化してる訳じゃない。なので、余計な事を尋ねられる前に急かして誤魔化した。
「そう言えば、エリスさんはどちらに?家にいないようでしたが」
「怪我人の様子を見てもらってるよ」
「そういう事でしたか」
嵐の中、背負われたままで夜道を駆けていく。
吹き飛ばされた枝やら何やらが道に転がっていて、避けるたびに大きく揺れるので口を閉じた。舌を噛みたくはない。
遠くの水路に目を凝らすが、水嵩がかなり増していて激しい濁流になっている。
道端の木はいくつも倒れたり斜めに傾いだりしている。倒木が水路に落ちて流れを堰き止めたりしたら大変だ。確実に水が溢れてきてしまう。
しかし、妙だ。小さな明かりがやけにたくさん、水路の近くをバラバラに動いている。何かあったのか。
やがて剣術道場の辺りに近付くと、見慣れた人影を見つけた。
すぐにセピオがそちらに駆け寄る。
「ユージアル!?」
「ババア、やっと来たか!」
「あんた、何で」
「避難してるチビたちが心配だから俺もここに泊まってたんだよ。それより、大変なんだ。ここの近くに住んでるアンディって子供がいなくなったって」
「なんだって!?」
この嵐の中、ランプの明かりを頼りに何人もウロウロしているのはそのせいか。
セピオの背中から降り、ユージアルに尋ねる。
「その子は一体どうして外に?」
「生まれたばっかりの子馬が心配で、こっそり家を抜け出して馬小屋の様子を見に行ったらしいんだ。…裏手は水路になってるから、もしかしたら落ちたのかもって…」
「家族はどこにいる?」
「父親は水路の下流に向かって探してる。母親とか兄弟は家にいると思う」
「じゃあ、家の方に案内しておくれ」
ユージアルは家の場所を知らなかったので、近くで捜索に参加していた男にアンディの家に連れて行ってもらった。
すぐに母親らしき女が血相を変えて出て来る。
「アンディは!アンディは見つかりましたか?!」
「まだだよ。だが見つけてみせる。あたしは王宮魔術師のエリトリット・グリュネルだ、人探しの術が使える。アンディが普段よく身に着けているものはあるかい?」
「……!すぐ持ってきます!!」
母親が急いで持ってきたのは青い帽子だった。
きっとお気に入りなのだろう、使い込まれて少しくたびれている。
「アンディの歳はいくつだい?背格好は?」
「12歳です。背は私より少し低くて、痩せ気味です」
「分かったよ。すぐに術に取り掛かる。…必ず見つけるから、あんたはここで信じて待ってるんだ」
「は、はい…!!よろしくお願いします!!」
祈るような目の母親に見送られ、一旦家の外に出る。
雨風に煽られ、よろめきそうになるのを何とか堪えた。すぐに術を始めたいが、これではまともに立っていられるか分からない。
あたしは後ろのユージアルとセピオを振り返った。
「これから術を始めるが、その間は防壁を張れない。あんたたち、しばらくあたしを支えてておくれ」
「分かった!」
「はい!」
しっかりと足を踏ん張った二人に支えられながら、右手に杖、左手に帽子を握りしめて目を閉じる。
静かに精神を集中させ、詠唱を口にした。
『声なき者よ。その目を開き、その耳を澄まし、主の在り処を探れ』
暗闇の中、網を広げるように感覚を広げていく。
更に集中を深めようとした瞬間、突然ユージアルが動いた。
「ぐっ…!」
「ユージアル様!」
「かすり傷だ、何ともない!!」
どうやら、飛んできた枝からあたしを庇ったらしい。
怪我の具合が気になるが、今集中を切らす訳にはいかない。無言で魔術を続ける。
やがて、広げた感覚の網に引っかかるものがあった。
更に詳しく探る。
細い体格の、背の低い人間。…間違いない。
「見つけた…!!」




