第24話 対戦相手
いよいよ武芸大会が近付いてきた。
エリトリットによる魔術指導は概ね完了し、あたしは主にエリスとして剣術道場の方に顔を出している。
「こんにちは」
「あ、エリスお姉ちゃん!こんにちは!」
剣術道場の扉を開けると、すぐに子供達が挨拶を返してきた。ケイト、ニック、サラのいつもの3人組だ。
道場の子供達はそれぞれ通う曜日が決まっているそうで、この3人はそれがユージアルの稽古の日とちょうど被っている。それであたしともすっかり顔馴染みになった。
あたしも子供は結構好きなのだ。
さてユージアルはと言うと、タルクという男と試合中だった。
タルクはガーネットの知り合いで、王宮騎士をやっている20代半ばくらいの男だ。
前にも一度試合をやっているのを見たが、鍛えられた体格をしていてなかなかの腕前である。今日も堅実な動きでユージアルを追い詰めている。
「ね、ね、エリスお姉ちゃん、ユージアルお兄ちゃんにがんばれー!って言ってあげなよ」
くいくいとあたしの服の袖を引いて言ったのは一番年下のサラだ。
他の二人も、何か期待するような目であたしを見上げている。
…まあ、そのために来てるんだから良いけどね。
「ユージアルさん、頑張って!!」
「……!」
ユージアルの目がキラリと光り、姿勢が低く沈む。
ふっと剣先が揺れたかと思うと、気が付いた時には相手の胴を薙ぎ払っていた。
「一本!そこまで!」
審判のガーネットの手が上がった。ユージアルの勝ちだ。
子供達がわっと歓声を上げ、相手の男が木剣を下ろして破顔する。
「いやあ、ついに一本取られてしまったな。どんどん強くなっているよ」
「ありがとうございます!」
ユージアルは嬉しそうに頭を下げると、あたしの方を振り返った。
「エリスさん!今日も来てくれたんだ!」
「ええ。お見事な試合でした。タルクさんの言う通り、着実に腕を上げてますね」
「えへへ…」
試合中の凛々しさはどこへやら、でれでれと頭をかく。
いつもああいう顔をしていれば女にもモテるだろうにこいつは…。
それはそうと、あたしは手に持ったバスケットを持ち上げてみせた。
「今日は差し入れを持ってきたんですよ。皆さんで食べましょう」
「マジ!?やったー!!」
あたしが持ってきたのは得意のミートパイだ。この前食べたいと言っていたし、練習もちゃんと頑張っているようなので焼いてみた。
セピオと子供達が飲み物を運んできてくれる間にパイを切り分ける。
かなり大きいのだが、人数が多いのであっという間になくなりそうだ。
「美味い!めちゃくちゃ美味いよエリスさん!!」
「おいしー!」
「ほんと、美味しいわ。…でもちょっと、ワインが欲しくなる味かも」
あたしは結構酒好きだから、ついそっち好みの味付けになっちまうんだよね。子供もいるからスパイスはちょっと控えたんだけど。
ガーネットの言葉に「確かに」と少し笑ったタルクが、あたしの顔を見る。
「エリスさんは王宮魔術師エリトリット殿の弟子だそうだが、このように料理まで上手いとは。実に素晴らしい!」
「恐縮です。タルクさんも、さっきの試合素晴らしかったですよ」
大げさに感心してみせるタルクに微笑み返すと、ユージアルが目を白黒させた。
その横でセピオがハッとした顔になり、真剣な顔で尋ねてくる。
「もしやエリスさんは、年上の男性の方が好みだったりするんですか…!?」
「…いえ、特にそういう訳じゃないですけど」
はぁ?という声が出そうになるのをすんでの所でこらえ、あたしは何とか笑顔を保ちつつ答えた。
何の心配をしてるんだいこいつは…。
「良かったね、ユージアルお兄ちゃん!」
「おお、俺は別に!?」
ニコニコとサラに話しかけられたユージアルは、ちょっと赤くなりつつもホッとした顔だ。
悪いけど、あたしにとっちゃあんたもタルクも同じ、はるか年下の若造だよ。
「…そんな事より、そろそろ大会の組み合わせが発表される頃だと言っていましたよね?どうなりましたか?」
「あ、はい。こちらです」
セピオがゴソゴソと紙を取り出した。トーナメント表をユージアルから預かっていたらしい。
表を広げ、ユージアルの名前を指差す。
「1回戦の相手は2年生のナゲット・ペクロラス。今のユージアル様なら十分に勝ち目がある相手かと思います」
「そうね、油断さえしなければだけど。…でも、問題はこの2回戦よ。間違いなく勝ち上がってくる」
難しい顔になったガーネットが見つめる先にある名前。
2年、アルデン・ファイ・ヘリオドール。
…この国の第二王子だ。
「よりによってこの方と2回戦で当たってしまうとは…。今回の優勝候補ですよ」
ため息をつくセピオを、隣のニックが見上げる。
「この人って王子様だろ?そんなに強いの?」
「ええ。昨年は1年生ながらに準優勝、その腕前はかのエスメラルド王にも例えられています」
「へえー」
「あっ、その人サラも知ってる!大会でゆうしょうして、そこでプロポーズした王さまでしょ!」
「あの演劇のやつだよね。あたしも見た事ある!」
サラとケイトがはしゃぐ。
エスメラルド王は先々代の国王だ。名君と名高いが、剣豪だった事でも知られている。
様々な功績を立てた文武両道のとても立派な王様なんだけど、今の子供達にはプロポーズのエピソードの方が有名みたいだ。女の子は特にそういう話が好きだしね。
実はあたしもその大会を見ていたんだけど、当時の第一王子のプロポーズに会場は凄い盛り上がりだった。
あれ以来、武芸大会では勝利した選手がその場で意中の相手にプロポーズするのが流行り、その伝統は今でも学院に受け継がれているらしい。あの大観衆の前でよくやるもんだ。
「アルデン殿下はそのエスメラルド王のひ孫に当たる方だよ。俺も試合に立ち会った事があるけど、若いのに本当に強い」
タルクが子供達に説明する。王宮騎士だから王子とも面識があるんだろう。
あたしも会話をしたことはないが、王宮魔術師の任務で王子が幼い頃から何度も姿を見ている。温厚そうな第一王子に対し、活発そうな印象の方だ。
「どんな人?かっこいい?」
「明るくて気さくな方だよ。お父上似で容姿端麗だ」
「キサク?ヨウシタンレイって何?」
「つまり、感じが良くてかっこいいって事よ」
ガーネットはめちゃくちゃざっくり言ったが、このくらいの方が子供には伝わりやすいようだ。
皆納得した表情になった。
「いいなー!サラも王子様に会いたい!」
「あたしもー!」
「武芸大会見に行けば、王子様も見られるだろ。ついでにユージアル兄ちゃんの応援もできるし」
「じゃあ見に行く!」
「ちょっと待て、俺の応援はついでかよ!!」
抗議の声を上げるユージアルに、子供達がきゃっきゃと笑う。
ガーネットが子供達を見回した。
「じゃあ、皆で見に行きましょうか。他人の試合を見るのも勉強になるしね」
「わーい!」
「やった!」
「せんせーありがとー!」
喜ぶ子供達を苦笑しながら眺めていたユージアルが、ふいに真顔になった。
あたしの方を振り返り、真剣な口調で言う。
「…エリスさんも、絶対見に来てよ。俺、相手が誰だろうと頑張るからさ」
「ええ。必ず行きます」
ユージアルがどこまでやれるのか、正直楽しみだ。




