第22話 訓練計画
デートの翌日、あたしは早速ゲータイト家に呼ばれていた。
ただし、エリスではなくエリトリットの方でだ。
案内された部屋にはユージアルとセピオ、それからガーネットがいた。
運ばれてきたお茶を飲みつつ正面のユージアルに尋ねる。
「ユージアル、あんた学院の武芸大会に出るんだってね?」
「おうよ!だからババア、実戦ですぐに使える簡単な魔術を教えてくれ!!」
「そんな都合のいいものありゃしないよ!すぐに一足飛びで楽をしようとするんじゃないよ、これだから若い者は…」
ぶつぶつ文句を言うあたしを、「まあまあ」とセピオがなだめる。
「そういう訳なので、しばらくは勉学より大会向けの訓練に力を入れる予定です。そこで先生にも今後の方針を相談したいと思い、お呼びいたしました。先生には元々ユージアル様の魔術を指導して頂いていますし、武芸大会参加経験もあるという事なので、色々とアドバイスをいただけたら」
「あっ!そうだよ、それ!ババア、学院の卒業生だったのかよ!?全然知らなかった!!」
ユージアルが身を乗り出してきて、あたしは顔をしかめた。
「卒業生じゃあないよ。3年の途中までは在籍してたけどね」
「え?そこまでいたのに卒業しなかったってこと?なんで?」
「色々あってね」
ぴしゃりとそう言うと、ユージアルは唇を尖らせつつも黙った。
あまり尋ねられたい事情じゃあない。
「…えっと、でも、武芸大会には出たんだよな?エリスさんが言ってた」
「一応ね。2年の時に友達と組んで、タッグ部門の2回戦まで行ったよ」
「へえー…」
「まあ50年以上前の事だし、あたしの経験談なんか役に立たないだろうけどね。魔術の師匠として、できる限りの協力はするよ」
「おう!よろしく頼むぞ、ババア!」
「…じゃあ早速、訓練方針を固めていきましょうか!」
ぱんっと両手を合わせて、ガーネットが話を始める。
「姉さんが仕切るのかよ」
「当たり前でしょ。私は去年の女騎士部門準優勝者だもの、武芸大会には詳しいわよ!」
あたしの隣でガーネットは自信ありげに腕を組んだ。
しかもガーネットは剣術道場の師範をやっているから、人を指導する事に慣れている。訓練の計画も任せて大丈夫だろう。
姉に指導されるのは不本意なのかユージアルは渋い顔をしているが、背に腹は代えられないと思ったようでそのまま黙った。
「まずは基礎練だけど、これはセピオに監督を任せればいいわね。ユージアルは基礎をサボりがちだから、みっちり頼むわよ」
「承知しました!ユージアル様が泣いて許しを請うまでやらせます!!」
「それもう目的変わってないか!?」
謎の気合を入れたセピオにユージアルが悲鳴を上げる。
まあいくらセピオでも多少は手加減するだろう…多分…きっと。
「それから、エリトリット先生の魔術訓練ね。私としては、阻害魔術の練習をするべきだと思うの。ここ10年くらいは攻撃魔術を併用した剣術が流行ってて、最近ちょっと廃れては来たけど、まだまだそういうタイプの騎士は多くいるわ。対策として、阻害魔術は必須よ」
阻害魔術は、相手の魔術の発動を直前で邪魔したり止めたりする魔術だ。相手の動きに合わせて使うため、魔術の気配を察知する勘や、素早く術を使う技術が必要になる。
ユージアルは割と勘の良い方なので、練習さえすればちゃんと使えるようになるだろう。
あたしはそこで片手を上げた。
「それにはもちろん賛成だけど、あたしは阻害魔術に加えて身体強化の練習もした方が良いと思ってる」
「身体強化?俺、ちゃんと使えるけど」
「あんたのは下手くそすぎるんだよ!魔力の流れに無駄が多いから、消耗の割に効果が低い!」
高魔力を持つ者にはありがちなのだが、何となく感覚だけでもある程度強化が使えてしまうものだから、どうにもおかしな癖がついている。
やたら効率が悪い上に、部位によって強化率に偏りが出ていたりするのだ。
今までは言っても聞かなかったが、この機会に教え直してやる。
「基礎理論と身体構造をしっかり覚えるんだよ。その上で、正しいやり方をきっちり身体に叩き込んでやる!…ちゃんとものにすれば、今よりもずっと楽に、ずっと強い力を引き出せるようになるよ」
「マジで!?わかった、やる!!」
ユージアルは訓練の厳しさをまるで理解していないようだが、まあ良い。自分でやると言ったのだから、しっかりと頑張ってもらおう。
「後はやっぱり、実戦練習ね。武芸大会には色んな選手が出て来るから、できるだけ多くの相手と手合わせをして経験を積んで、試合勘を養うのが大事だわ」
「そうですね。剣術と一言で言っても様々な流派がありますし、人によって戦い方は大きく違います。我が家にいる騎士は同じ流派の者ばかりですし、外部の方との手合わせをもっと経験なさるべきかと」
「う…」
ガーネットとセピオに言われ、ユージアルが少し困った顔になる。友達の少ないユージアルには対戦相手の当てがないのだろう。
「その辺りは、私がなるべく探してみるわ。同業者とか、学生時代の伝手とかあるし」
「僕も、友人を当たってみます」
「分かった」
うなずいたユージアルの頭を、あたしは杖を伸ばしてぽかりと叩いた。
「そういう時は『ありがとうございます』だ!何回言ったら分かるんだい!」
「はぁい…」
ユージアルは頭をさすりつつ「ありがとうございます…」と頭を下げ、セピオとガーネットは顔を見合わせて笑った。




