第21話 ユージアルとガドリン(後)
「じゃあ、『また逃げる』というのは何の事ですか?」
その言葉を言われた時、ユージアルは酷く悔しげで、セピオも渋い顔をしていた。
どうも心当たりがあるみたいだけど、何の話だろう。
ユージアルは一瞬腹立たしげな表情をしたが、一つ深呼吸をすると話し始めた。
「…学院ではさ、魔獣討伐訓練っていうのがあるんだ。クラスメイト5~6人で班を組んで森を探索して、時間内にノルマ以上の数の魔獣を討伐する」
「ええ」
あたしも学生時代に何度もやった。
人を狙う恐ろしい魔獣が出没するこの国では、高魔力を持つ貴族はいざという時に自ら剣や杖を持って戦わなくてはいけない。そのための実戦訓練だ。
王宮魔術師になってからも、学生の訓練を監視する任務についた事がある。
「班は仲良い奴同士で組めって言われたんだけどさ、俺クラスにあんまり友達いないから組む奴がいなくて…。そしたら、ガドリンの奴が自分の班に入れてやってもいいって言ってきたんだ」
「えっ?」
「俺も絶対変だとは思ったんだ。何か企んでるだろうって。でも他に入れる班ないし、先生もそうしろって言うから、結局組むことになった」
ユージアルは苦い顔でジンジャーエールを飲む。
「討伐ノルマは班の人数と同じ。だから普通は、全員が一体以上倒せるように皆で前衛と後衛を交代しながら進む。俺たちの班も当然そういう作戦だった。…でも当日、リーダーのガドリンは一度も俺に前衛を回さなかった」
「……!」
「俺はもちろん文句を言ったけど、あいつはそれを無視した。まるで俺の事なんか見えてないみたいに。無理矢理前に出て戦おうともしたけど、そうしたら取り巻きの奴らが邪魔してきて…。班はノルマよりもずっと多くの魔獣を倒したのに、結局俺は、最後まで一体も倒せなかった…」
訓練の舞台となる森には、魔導具によって学生でも倒せるような小型魔獣が多く呼び寄せられている。
防御や支援役を担っている魔術師ならばともかく、剣を持つ騎士ならば一体くらいは倒して戻るのが普通だ。
十分な実力があるのに後ろで見ているしかなかったユージアルは、さぞ悔しかっただろう。
「…しかもあいつら訓練後に、俺が魔獣を怖がってずっと後ろに隠れてた、だから一匹も倒してないんだって、そこら中に言いふらしやがって」
「ええっ!?」
じゃあそうやって馬鹿にするためだけに、ユージアルを自分の班に入れたっていうのか。
臆病者の誹りは、騎士家に生まれた者にとっては一番の侮辱だ。
自ら罠にかけておいてそんな汚名を着せるなんて。性根が腐っている。
「…許せない…」
あたしは呟きながら唇を噛んだ。
そもそも、あのクソガキの顔を見た瞬間から気に入らないと思っていたんだ。
あたしの元婚約者だった、あの男によく似ていたから。
ガムマイト家の者だというなら間違いない。
ガドリンは、あいつの孫だ。
「…ユージアル!!!何を下向いてんだい、しっかりしな!!!」
「はいっ!?」
思わず大声を出すと、ユージアルがビクッとして背筋を正した。
その顔を睨みつけ、テーブルを叩いてまくし立てる。
「あんた、このまま泣き寝入りする気かい!?あんなクソガキにいいようにやられっぱなしで、それで良いのかい!?」
「えっ、それは嫌、だけど」
「だったら覚悟を決めな!!あんたの力で、あいつを見返してやるんだ!!」
「み、見返すって?」
「決まってるだろう!!武芸大会でだよ!!」
ユージアルと、ついでにセピオもぽかんと口を開けた。
「…で、でも」
「でもじゃないよ!!まさかあんた、出場辞退する気かい!?そんな事をしたら、また怖気付いて逃げたって言いふらされるに決まってる!!」
「それは、そうだけど」
戸惑うユージアルの目を、あたしは見つめる。
「…確かに、武芸大会に出場するのは腕に覚えがある生徒、それも上級生ばかりだ。技術も、身体の大きさも、きっと相手の方が上。…でも、勝ち目が全くないなんて事はない」
いくら上級生でも、相手はあくまで同じ学生。勝算は必ずある。
部門は違うけれど、あたしの憧れた青薔薇の魔女は1年生で優勝してみせたのだ。
「武芸大会まではおよそ1ヶ月。その間みっちり訓練をして対策を立てれば、最低でも初戦突破くらいはできる。いや、もっと上だって目指せる。…あんたなら、絶対勝てる!!」
結果は実力だけじゃ決まらない、組み合わせだとか時の運だとか、色んな要素に大きく左右される。
だけどあたしは、あえて「絶対勝てる」と言い切った。
だって今のユージアルに必要なのは、保身のやり方でも、小賢しい勝率論でもない。
戦うために背中を押してくれる言葉だと、そう思ったからだ。
「……!!」
あたしの期待通り、ユージアルは目を輝かせた。
「…お、俺、勝てるかな?」
「ああ、もちろん!ちゃんと真面目にやりゃあ、結果は付いてくる。あんたは、その事をもう知ってるだろう?」
力強く答えてみせると、ユージアルは嬉しそうにニカっと笑った。
「エリスさん、俺、やるよ!!絶対、あいつらが驚くくらいに勝ち抜いて見せる!!」
「ああ!!その意気だよ!!」
ぐっと拳を握ってうなずく。良い面構えになったじゃないか。
…この小僧は、いやユージアルは、やはり前とは変わった。
努力する事を覚え、自分に自信をつけてきている。厳しい訓練にもきっと耐えられるはずだ。
すると、セピオが何故か目を白黒させているのが視界の端に映った。
「……?一体何だい?」
「い、いえ…エリスさんがそのような言葉遣いをなさるとは思っていなかったもので…」
「あっ」
…しまった。つい地が出ちまった。
エリスの時はなるべく丁寧な言葉遣いを心がけてたというのに。
ユージアルが笑い声を上げる。
「俺はこういうエリスさんもいいと思うな!なんかババアみたいな話し方だけどさ、でも、初めて会った時のエリスさんもこんな感じだったし!」
そう言えばユージアルがあのチンピラと戦った時も、つい地を出してしまった覚えがある。
あの時は咄嗟だったからつい…。
「す、すみません…」
あたしは恥ずかしそうに、小さく恐縮してみせた。




