第20話 ユージアルとガドリン(前)
ガドリンというのがあのリーダー格の少年の名前か。それにしてもムカつく顔をしている。
どうも会いたくない人物のようで、ユージアルは表情を強張らせたまま動こうとしない。
こちらが突っ立ったままなので、ガドリン達は向こうから歩み寄ってくる。
「ユージアル君は近頃すっかり真面目になったって聞いたから、てっきり今日も家にこもって勉強してるかと思ったんだけど…こんな所で遊んでいるなんて余裕だなあ。まあ君からしてみれば、あの程度の成績でも十分満足なのかな」
…何だいこの嫌味なクソガキは。
周りの取り巻きらしい少年たちも意地の悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべていて腹が立つ。
ユージアルは不機嫌そうではあるものの言い返さないし、セピオも一歩下がったまま様子を見ている。よほどの高位貴族だったりするのか。
「しかも女連れなんて珍しいじゃないか。一体どこのお嬢さんかな?」
「王宮魔術師エリトリット・グリュネルが弟子、エリス・グリュネルにございます。我が師共々、ユージアル様の家庭教師を務めさせていただいております」
内心でイラッとしつつ、あたしは行儀良く丁寧にお辞儀をして名乗った。
若い者が我慢しているのに、年長者のあたしが怒る訳にはいかない。
ちなみにグリュネルの姓はジャローシス領でお世話になった魔導師のものだ。王宮魔術師になった際、実家と縁を切ったために名乗らせてもらった。
エリスも同じ姓にしたのは、弟子入りの際にそうして師匠の姓を名乗る事もあるからだ。
「家庭教師ぃ?学院の女子に相手にされないからって、そんな女とデートとはね!」
ガドリンが腹を抱えて笑い、周りの取り巻き達も追従して笑う。
こいつら…。ババアの時なら、眼光一つでビビらせてやれるのに。
「…エリスさんを馬鹿にするな」
「おや、気に触ったのかい?それはすまないな」
初めてユージアルが口を開いた。
きつく睨みつけるが、ガドリンはどこ吹く風だ。完全に面白がっている。
「エリスさん、こんな奴相手にしないでもう行こう。じゃあな、ガドリン」
「まあ、待ちなよ」
こんな奴を相手にする必要はないとばかりにユージアルは横をすり抜けようとするが、ガドリンがニヤニヤしながら呼び止めてくる。
「僕は忠告してるんだよ。だって君、こんな事をしてる場合じゃないだろう?」
「は?忠告?」
「もっと剣の練習をした方が良いんじゃないのかい?このままじゃまた逃げる事になるんじゃないかって、心配でね」
「…どういう意味だよ!?」
ユージアルが気色ばむ。
ようやくはっきりとした反応を引き出せたからか、ガドリンが楽しげな表情になった。
「そりゃあもちろん、武芸大会の話だよ。こんな風に遊び回っていても、ちゃんと勝てるって言うなら別に良いんだけどねえ」
「ぶ、武芸大会?」
「そうだよ。だって君、騎士部門にエントリーしてるじゃないか。僕はちゃんと出場者名簿で君の名前を見たよ」
「え!?」
驚いてユージアルの方を見ると、顔色を失って蒼白になっている。
…一体どういう事だ?
ずっと黙って控えていたセピオも、さすがに聞き捨てならなかったらしく前に出てくる。
「ユージアル様、どういう事ですか?武芸大会に参加なさるのですか?」
「いや、知らない、俺は」
「おやおや、自分で申し込んでおいて怖気付いたのかい?やっぱり今回も逃げ出す気かな?」
「俺は逃げ出してなんかいない!!」
「事実じゃないか!学院中の皆が知ってるよ!!」
ガドリンはますます愉快そうな顔になって笑い声を上げた。
ユージアルがギリッと歯を食いしばる。
「お前…!」
「まあ、辞退するんならそれでも良いんじゃないかな?君らしいって、皆納得してくれると思うしね!あはは!!」
「……!!」
…そのまま、ガドリンは笑いながら去っていった。
とても書店どころではなくなってしまったあたし達は、一旦近くのカフェに移動していた。
それぞれが好きに飲み物を頼み、手元に来た所で話を始める。
ちなみにあたしは、氷を浮かべた冷たいレモネードだ。
「…どういう事か、お話しいただけますね。ユージアル様」
セピオにそう言われ、ユージアルはジンジャーエールを飲みながらちらりとあたしの方を見た。
あたしは無言でうなずき返す。あんな様子を見せられたら、当然事情を聞きたい。
「武芸大会って、王立学院で行われる大会ですよね?私も話には聞いています。先生も若い頃に出場したそうなので」
「え?ババアも?学院の生徒だったの?」
「ええ。出たのはタッグ部門だったそうですけど…それで、ユージアルさんは騎士部門に出るのですか?」
「…それが、俺、本当に出場届を出した覚えなんかないんだ」
やはりそうか。
武芸大会は全学年混合でのトーナメント形式、1年生で出場する者など滅多にいない。上級生とは実力に大きな差があるからだ。
よほど腕に自信があるならば別だけれど、いくらユージアルでもそこまで自惚れてはいないだろう。
「じゃあ、あの人達が勝手に出場届を出したんですか?」
「多分…。あいつの口ぶりからすると、本当に俺の名前が出場者名簿に載ってるんだと思う。俺は興味なかったから見てないんだけど…」
悔しげに拳を握り締めるユージアルに、あたしは更に尋ねる。
「あのガドリンという方は、なぜそんな事を?」
「あいつとは俺、子供の頃からあんまり仲良くないんだ。…あいつ、ガムマイト侯爵家の奴なんだけど」
「……!」
思わず反応したあたしに、ユージアルが少し苦笑する。
「エリスさんも聞いたことあるかな、ガムマイト産の高級牛肉って有名だもんね。あいつん家はあれで儲けてるから、すげえ金持ちなんだ。しかも侯爵家だし、それで昔っから偉ぶってて態度がでかい。いっつもああやって取り巻きを何人も引き連れてる」
確かにあいつの態度はでかくて最悪だった。権力を笠に着る、あたしの大嫌いなタイプだ。
あれに比べれば、ユージアルのわがままなんて可愛いものだろう。
「きっかけは、あいつらが犬を虐めてるのを見かけて、俺が止めようとしたから。それ以来すっかり目をつけられたみたいで、すぐ絡んでくるようになったんだ。面倒だからなるべく関わらないようにしてたんだけど、学院では同じクラスになっちゃって…。足を引っ掛けるとか、運動着を隠すとか、そういうくだらない嫌がらせばっかりしてきて」
「…ついには、勝手に出場届を出されてしまったと?」
「そうだと思う…」
ユージアルは学友と上手く行っていないと聞いていたが、この事だったのか。
よりによって、あのガムマイト家の子供と仲が悪かったとは…。
あそこは美食の都なんて呼ばれていて、高級食材を多く生産しているため王国でも指折りの金持ちだ。
しかも美食は貴族のステータスでもあるため、非常に顔が広い。上位貴族であそこと繋がりのない家などほとんどないだろう。
ユージアルのゲータイト伯爵家も裕福な名家ではあるが、主要な生産物は塩。これは絶対に需要が消える事はないが、逆に大きく伸びる事もない。
どの時代でも常に収入が安定しているというのはとても凄い事なのだが、ガムマイト侯爵家の財力と権力にはとても敵わない。爵位だって向こうが上なのだ。
…誰だって、あのガムマイト家の者からは目を付けられたくない。
ユージアルと親しくなろうとするクラスメイトは、ほとんどいなかっただろうと想像できる。




