第19話 デート・3
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「気に入ってもらえて良かったよ」
公園での散歩を終えたあたし達は、小さなレストランで遅めの昼食を終えた所だ。
さすがゲータイト家が贔屓にするだけあってシェフの腕が良く、牛肉のパイ包み焼きがとても美味しくてついお腹いっぱい食べてしまった。若い身体は食欲旺盛なのだ。
しかしユージアルの奴、普段は言葉遣いや振る舞いがあんまり貴族らしくないのに、こういう所でのマナーはちゃんとしてるんだよな。
伯爵やガーネットの教育の賜物だろうが、やはり育ちが良いんだなと実感する。
まああたしも一応貴族の出、昔取った杵柄でマナーはちゃんと身に着けているんだけど、セピオがやけにチラチラと見てくるのが気になった。
どうもこいつ、あたしへの値踏みを続けているような気がする。勘弁しとくれよ。
「ところで、靴の調子はどう?どっか痛いとことかない?」
「大丈夫です。靴ずれもしてませんし、歩いていてとても楽ですね」
尋ねられたあたしは、改めて足元を確認しながら答えた。
公園の中をぐるっと歩き回ったが、今の所なんの問題もない。むしろいつもよりも疲れていないと感じる。
ちゃんとサイズが合っている靴ってのは違うもんなんだねえ。
「じゃあ、もうちょっと歩いても大丈夫かな。エリスさん、行きたいとことかある?」
「そうですね…。書店でしょうか」
魔術師というのは本好きが多いものだが、あたしも例外ではない。
せっかくいつもと違う場所に来ているのだから、この機会に何か買って帰りたい所だ。
「それなら、ちょうどこの先に大きい店が一軒あったはずだよ。行こうか」
「ええ」
「ユージアル様も、せっかくですから何か買われてはいかがですか?本は教養を高めてくれますよ」
「あんまり難しい本とか読む気しないんだよなあ」
「参考書選びなら、お手伝いしますけど」
「うえっ…そ、それは…」
ユージアルやセピオと雑談をしながら、昼下がりの商店街を進む。
この時間になると日差しが暑いと思いながらのんびり歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
「…エリトリット様!!」
「えっ!?」
驚いて振り向くと、一人の老女が立っていた。
ユージアルが「え?ババアがいるのか?どこに?」とキョロキョロするが、老女が凝視しているのはどう見てもあたしだ。
この人、あたしの正体を知っている?一体どうして?
思わず焦っていると、老女の所へと頭にスカーフを被った少女がばたばたと駆け寄っていく。
「お婆ちゃん!急にお店を飛び出して、一体どうしたの?」
「それが、エリトリット様が歩いていて…」
「…?それって昔、お婆ちゃんの事を助けてくれたって人?」
「ええ、そうよ」
老女は目を丸くする少女に向かってうなずくと、もう一度あたしを見た。
「私、ビオラと申します。今から50年以上も前に、エリトリット様という方に助けてもらった事がありまして…。貴女様は、その方にそっくりなんです。もしや、血縁の方ではありませんか」
…あの時の子だ。
魔獣に襲われた馬車に乗っていて、幌の下敷きになっていた親子。もうすっかりお婆ちゃんになっているけれど。
そう言えばこの商店街には、あの親子が営むパン屋があったのだ。ずっと来ていないから忘れていた。
彼女たちは足を失ったあたしの事をずっと心配していたので、ジャローシス領から王都に戻ってきてから何度か店を訪れた事があった。
しかしここはあたしの生活圏からは遠かったし、毎回感謝を述べてはたくさんのパンを分けてくれるのが申し訳なくて、ここ20年以上足を運んでいなかったのだ。
「ババアとそっくり?エリスさんが?」
「そう言えば親戚なのでしたね」
「あ、そうです。エリトリット先生とは遠縁で。私は若い頃の先生によく似ているんだそうです」
ユージアルとセピオもまじまじとあたしの顔を見つめ、あたしは笑って誤魔化した。
ビオラが納得したように「やっぱり…」とうなずく。
「本当に生き写しです。あの、エリトリット様はお元気で?」
「はい。近頃はすっかり出歩くのが億劫になってしまったようですけど、家では元気にしていますよ」
「そうなんですね。良かった…」
それからビオラと少し雑談をして、あたし達はその場を立ち去った。
別れ際にビオラの孫だというスカーフの少女が「これ、エリトリットさんと食べてください」といくつかのパンが入った紙袋を渡してくれた。
日持ちしそうなものばかりのようだし、ここのパンは美味しいので、久し振りに食べられるのは嬉しい。特にいちじく入りのカンパーニュがあたしのお気に入りだ。
「しっかし、エリスさんとババアがそんなにそっくりだなんてなあ。ババア、若い頃は美人だったんだな」
「おや、ユージアル様はご存知ないのですか?エリトリット先生はかつて、美貌の令嬢と社交界で噂されていたそうですよ」
「マジで?」
「あはは…」
まあ本人なんだから似てるのは当たり前なんだけど。
まさかこんな所で若い頃のあたしを知る人間と出会うとは…。
でも、この王都には古い知り合いもそれなりにいる。同一人物だなどと考える者はまずいないだろうけど、もっと気を付けた方が良いかもしれないね。
「…あ、あった!あそこだよ、本屋」
ユージアルの指差す先には、確かにそれらしき看板が見える。結構大きな店のようだ。
これは期待できそうだと思ったその時、突然ユージアルが足を止めた。
表情が強張っている。
「ユージアルさん?どうし…」
「おやあ?そこにいるのは、ユージアル君じゃないか」
ちょうど書店の前辺りにいる一団から声が上がる。
仕立ての良い上等な服を着た少年が数人と、その付き人らしき男女。
いかにも貴族っぽい出で立ちだが、さてはユージアルの同級生か?
中心にいるのは、背の高い緑色の髪の少年だ。声をかけてきたのはきっとこいつだろう。
どこか小馬鹿にするような表情を浮かべているその顔を見て苛つきを覚え、あたしは眉をしかめる。
隣でユージアルが小さくポツリと呟いた。
「ガドリン…」