第17話 デート・1
約束の日曜の朝。
迎えの馬車から降りてきたユージアルは、がちがちに緊張した顔をしていた。
「おはようございます!!エリスさん!!!」
「おはようございます」
「そ、その服すごくよく似合ってますね!!い、良いと思います…!!」
「ありがとうございます」
声がでかい、と思いながらあたしは礼を言った。
今日のあたしは、透かし編みが入ったボレロにシンプルなワンピースというスタイルだ。若者らしいおしゃれな服…のはずである。
「……?ユージアル様、エリスさんの反応が薄いですよ!やはり花束を持ってきた方が良かったのでは!?」
「セピオは黙ってろよ!デート前に花束なんか渡したら邪魔になるだけだろうが…!」
セピオがユージアルに耳打ちをしているが、今のあたしは以前のように耳が遠くないので丸聞こえだ。
これに関してはユージアルが正解だね。今花束をもらっても困るだけだ。家に逆戻りして置いてくる羽目になる。
やはりセピオもモテないタイプだと確信する。
ちなみに服を褒められてもあたしの反応が薄いのは、この服が他人の見立てによる貰い物だからだ。
四六時中ローブを着込んでいるババアが、こんな良い服を持っている訳がない。
…実は先週デートの約束をした帰りに、あたしはユージアルの姉のガーネットによってゲータイト家の衣装部屋に連れ込まれていた。
ガーネットはユージアルよりも3つ上で、セピオと同い年の19歳。昨年学院を卒業し、今はゲータイト家が運営する剣術道場で幼い少女たちに剣術を教えている。
エリトリットはもちろん、エリスの姿でも何度か面識のある相手だ。
「…ユージアルはどうせ何も考えてないんでしょうけど、デートと言ったらそれなりに準備が必要なものじゃない?エリスさんはまだ王都に来て間もないって言うし、用意もないんじゃないかと思って。うちはこの通りたくさん服が余っているから、良かったら貰って欲しいの」
ユージアル曰くお節介で口うるさい姉であるガーネットは、弟のデートと聞いて首を突っ込まずにはいられなかったらしい。
衣装部屋の中には、古着屋かと思うほどの大量の衣装が並んでいた。ドレスが特に多いが、デートで街を歩くのに使えそうな普通の服もかなりの数がある。
「気に入ったのがあったら、何着でも遠慮なく言ってね!」
ガーネットは朗らかに笑った。きっと気を遣ってくれたのだろうと思う。
何しろあたしは毎回似たようなブラウスとスカートばかり着て授業に来ていたので、彼女はあたしが貧しくて服を買えないのだと思ったに違いない。
申し訳ないので辞退しようとしたが、「いいからいいから、ここにあったって誰も着ないもの」と強引に押し切られてしまった。
恐らくは5年前に亡くなったゲータイト伯爵夫人のものが多いのだろう。かなりおしゃれな人だったと聞いている。
…だが、あたしが「じゃあ、これを」と選んだ大きな薔薇の柄が入った赤いワンピースは、ガーネットによって即座に却下された。
「ちょっと待って!!それ!?それなの!?…いえ、欲しいのならもちろん差し上げるけど、デートの時は別の服を着てもらえないかしら!?それはあまりにもお婆…おばさ…今の王都の流行りとはずれてるわ…!!!」
ガーネットは頑張ってオブラートに包もうとしていたが、色々とだだ漏れだった。
しょうがないだろお婆ちゃんなんだから。
若者はこういう派手な柄を着るものかと思っていたのに…。
まあそんな訳で、「そうね、こういうのはどうかしら」とガーネットが選んでくれたのが、このラベンダー色のワンピースとボレロである。
何だか可愛らしすぎる気がして照れくさかったが、ユージアルの反応を見る限り、ガーネットの見立ては間違っていなかったらしい。
なるほど、今はこういうのが流行りなんだねえ。
「じゃあ、行こう。エリスさん」
「はい」
ユージアルの手を取り馬車へと乗り込む。
扉を閉めると、何も言わずとも御者が馬を歩かせ始めた。どうやら既に行き先は決まっているらしい。
お手並み拝見と行こうかね。
こいつが一体、どんなデートプランを立てているのか楽しみだ。
馬車が向かったのは、王都の西側にある商店街だった。
歴史ある名店が立ち並び、人通りも多い賑やかな通りである。
ここに来るのは何年ぶりだろうか。随分と久し振りな事は間違いない。
やがて馬車が停まったのは、一軒の靴屋だった。
「…ここは…」
「俺の爺さんの代からずっと使ってる店なんだ。うちの爺さん、靴にはうるさい人でさ。履くなら絶対ここの靴にしろ、間違いないからっていつも言ってた。おかげで俺も、靴には結構こだわるようになっちゃったんだけど…」
『リディコート靴店』と書かれた看板を見上げながら、懐かしむようにユージアルが言う。
「初めて会った時から気になってたんだ。エリスさん、全然サイズの合ってない靴履いてるだろ?」
思わず自分の足元を見る。
古びた、飾り気のない革の靴。今履いているこれは、実はあたしの物ではない。
あたしは右足が義足だったために、普段から左足しか靴を履いていなかった。
あの日若返って右足を取り戻したあたしは履く靴に困り、王宮魔術師団の宿舎にずっと置きっぱなしになっていた誰かの古い靴を貰う事にしたのだ。
当然サイズは合っていなくてぶかぶかだったが、爪先に布を詰めて何とかした。それ以来、ずっとそれを履いている。
だってあたしは靴屋が苦手なのだ。
もう何十年もの間、自分では行っていない。
ジャローシス領の職人が作ってくれた義足は本当に素晴らしい、誇らしいものだ。軽くて動きやすく、着ける人間の事を最大限に考えて作られている。
だけど靴屋に入れば、どうしたって同情の目で見られる。左足のためだけに靴を買いに来たあたしを、皆がジロジロと見る。
それがどうにも居心地悪くて、あたしはずっと靴屋を避けて生きてきた。
今はもう両足がきちんとあるのだし、あんな目で見られる事はない。
そう分かっていてもどうにも気が進まなくて、新しい靴を買いに行かないまま今日を迎えてしまった。
せっかく綺麗な服を着た所で、こんな靴じゃちぐはぐだと分かっていたのに。
恥ずかしくなって下を向いたあたしに、ユージアルが「あ、違う、違う!」と少し慌てる。
「別に、その靴がダメだっていうんじゃなくてさ。足に合ったお気に入りの靴であちこち歩くのってさ、凄く楽しいんだ。新しい場所にだってどんどん行ける。知らない所にだって行きたくなる」
「……」
「エリスさん、まだ王都をあまり知らないんだろ?行った事ない楽しい所、いっぱいあると思う。だから、そういう所を歩くための靴をプレゼントできたらって思ったんだけど…。い、嫌だった?」
あたしの顔を覗き込むユージアルの顔は不安そうで、何だか少し笑ってしまった。
迷子の子犬みたいな顔をするんじゃないよ、全く。
「…分かりました。それじゃあ、素敵な靴を選んで下さいね。よろしくお願いします」
「……!もちろん!!」
どうして、プレゼントを贈る側がそんなに嬉しそうな顔をしてるんだか。
おかしくなって、あたしはもう一度笑った。