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第16話 自分の意志で

「…凄い。本当に50番以内に入ったんですね、ユージアルさん」

「ありがとう、エリスさん!」


 あたしが手に持っているのは、先日学院で行われたテストの順位表だ。

 ユージアル・ゲータイトの名前が書かれているのは、約束ギリギリのちょうど50番。学年でほぼ真ん中くらいの順位だが、これは大躍進だ。

 本当にこんな成績を取れるなんて思わなかった。


 あまり時間がなかったため、ある程度は勘でテスト問題を予想し勉強させたのだが、そのヤマがしっかり当たったらしい。

 それに、数学の点数がかなり良かった。これが順位を押し上げてくれている。

 ユージアルはやはり数学が得意なようだ。今までは公式は覚えないわ単純な計算ミスが多いわで赤点ばかりだったが、ちゃんとやれば十分に点が取れるのだ。



「俺ってやればできる男だからさ…!」

「ええ、とても素晴らしいです!おめでとうございます!」


 もっと早くやる気を出せとちょっと言いたくなったが、今は素直に褒めちぎっておこう。

 ぱちぱちと拍手をすると、ユージアルは「えへへ…」と照れた顔で頭をかいた。

 それから、真面目な顔であたしの方へ向き直る。


「でもやっぱ、これだけ良い点取れたのはエリスさんとエリトリット先生のおかげだ。ありがとうございます!」

「それは良かったです。先生もきっと喜びます」


 ユージアルはきっちりと礼をし、これにはあたしも思わずにっこりだ。

 やる気を出したのはエリスの存在があったからだろうが、ババアの方にもちゃんと感謝してくれているらしい。

 3年間諦めずに指導を続けた甲斐があったってもんだ。つい誇らしい気持ちになってしまう。


 これでデートの約束を守らなきゃいけなくなったが、まあそのくらいのご褒美はやってもいいか…と思っていると、ユージアルは勉強机の前に座った。


「今日もよろしくお願いします!」

「あ、はい!えーと…、まずは魔獣分析学からですね」


 慌てて教科書を取り出して開く。

 てっきり浮かれてデートの話をしてくると思ったのに、自分から勉強を始めようとするとは…。

 一体どうしたんだろう?




「…では、今日はここまでですね。お疲れ様でした」


 教科書を閉じると、ユージアルはふうっと息を吐いた。

 やっぱり、今日の小僧はやけに大人しい。時々こちらを気にする素振りはあったものの、ほぼずっと真面目に机に向かっていた。

 いつもなら「そろそろお茶にしない?」だとか「好きな食べ物何?」だとか余計な雑談を挟んでくるのに、それがちっともなかったのだ。


 テストは一旦終わったし、これで気が抜けてしまったらどうしようかと思っていたんだが、杞憂だったらしい。

 でもなんだか不気味だね…などと考えながら教科書を片付けていると、ユージアルがガタっと立ち上がった。

「あの、あのさ」だとか言いながら落ち着かない様子でもじもじとしている。


「え、エリスさん!」

「何でしょうか?」


 尋ね返すと、ユージアルは頬を紅潮させ、ばっとこちらに片手を差し出した。


「こ、今度の日曜、俺とで、でーちっ、デートしてくれませんか!!?」



 思い切り噛んだ…。

 というのはともかく、差し出された手を見て目を瞬かせる。

 わざわざ言われるまでもなく、元々そういう約束だったはずだ。


「えっと、50番以内だったらデートしてくれるって話、もちろん俺も聞いてる。…セピオが頼んだんだろ?そうすれば、俺がやる気出すだろうって」

「ええ、まあ」


 正確には、セピオと伯爵らしいが。嘘をついても仕方がないので素直にうなずくと、ユージアルはぐっと唇を噛んだ。

 そして、あたしの目をまっすぐに見つめる。


「…でも俺、自分でちゃんとエリスさんのこと、誘いたくて。ご褒美とか頼まれたからとかじゃなく、ちゃんとデートして欲しいんだ。…ほら、助けてもらった時のお礼、まだしてないし…」


 あのチンピラとの戦いで手助けした時の話だ。

 そういやお礼がしたいとか言っていたけど、あれは会うための口実とかじゃなく本気だったのか。

 ユージアルは手を差し出したまま、もう一度繰り返す。


「だから、俺とデートして下さい…!!」



 …思わず口元が緩むのが分かった。

 こいつ。言葉こそ辿々しいけれど、なかなかどうして、ちゃんと男じゃないか。

 ゆっくりと手を伸ばし、ユージアルの手を取る。


「…分かりました。良いですよ」


 別にお礼なんかして欲しい訳じゃない。

 だけど、「自分でちゃんと誘いたかった」というその言葉には、少し心を動かされてしまった。

 単なる下心じゃない。真摯な気持ちが確かにあるのだと、そう伝わってきたから。


「……!エリスさん…!」


 あたしの手を握りしめ、ユージアルがぱっと表情を明るくする。

 もう一度笑い返そうとしたその瞬間、突然バーン!とドアが開いた。


「ユージアル様…!!良くぞご立派になられました…!!」



 飛び込んできたのはハンカチを握りしめたセピオだ。ユージアルが慌ててあたしから手を離す。


「せ、セピオ!?お前っ、聞いてたのかよ!?」

「完全に台詞を噛んだ時はもうダメかと思いましたが…これならギリギリ合格でしょう…!!」

「何だよその上から目線!!!」

「良かった…本当に良かった…!!」


 ユージアルは真っ赤になって怒鳴ったが、セピオはお構いなしに感涙にむせんでいる。


「盗み聞きは感心しませんね、セピオさん」


 さすがに咎めると、セピオは「申し訳ありません!」と大きく頭を下げた。


「しかし、決して盗み聞きをするつもりではなかったんです。そろそろ授業が終わる時間かと思い、エリスさんを迎えに来たのですよ。そうしたらユージアル様の大声が耳に入ってしまったという訳です」


 確かにあの大声じゃ聞こえちまうのは仕方ないが、聞かなかったふりくらいできないのかこの男は…。

 更にセピオは、悪びれる様子もなく話を続ける。


「では、来週日曜は授業をお休みしてデートに行くという事ですね。エリスさん、当日朝にユージアル様と共にこちらからお迎えに上がりますので、よろしくお願いします」

「ちょっと待て何でお前が仕切ってんだよ!?」

「まさかお二人だけで行くつもりだったんですか?いくら何でもそれは許可できませんよ。護衛として僕が同行させていただきます」

「ぐぅ…」


 まあ、そりゃそうなるだろうね。

 伯爵家の跡取りが誰も連れずに出掛けるなんてまず有り得ない。


「大丈夫です。決してお邪魔はいたしません!!」

「嘘つけ!!てか、お前の存在そのものが邪魔なんだよ!!」

「……?なにゆえ…?」

「自覚ねえのか!??」



 いきり立つユージアルと、自分のどこが悪いのかまるで理解していないセピオに思わず吹き出してしまう。

 なんだか想像よりも賑やかな事になりそうだ。

 デートなんて面倒だとばかり思っていたけど、案外楽しくなるかもしれない。


「来週、楽しみにしていますね」

「あっ、は、はい!!」


 笑いかけると、ユージアルは何故かビシッと直立不動になって答えた。

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