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第14話 エリトリットと青薔薇の魔女・3

 馬車が到着したのは、王都の外れにある修道院だった。

 一人の老いたシスターが出迎えてくれ、慈愛に溢れた笑みを浮かべて言った。


「ここは、困っている女性を一時的に受け入れる活動をしている修道院です」


 …聞いた事がある。

 夫や家族から暴力を受けて逃げて来たり、あるいは死に別れたりなどで、生活に困っている女性を受け入れている場所だ。新たな就職先や移住先なども斡旋してくれる。

 国の認可と保護を受けているため、ここにいる限りは無理矢理連れ戻されたり危害を加えられる心配もない。


「本当に辛い思いをされた事でしょう。…今はまずゆっくり休み、心と体の傷を癒やして下さい」


 修道院の中には、あたしと同じように逃げ込んで来た人達がいた。

 彼女達はとても優しかった。自分もまた辛い目に遭ってきた人ばかりだからだろう。

 そのおかげで、あたしはようやく人間らしい感情を取り戻せたような気がした。


 

 セレンは毎日のようにあたしの元を尋ねて来て、一度はあの馬車の親子も連れて来てくれた。

 それで話を聞いたのだが、この親子は王都に住んでいるパン職人の一家なのだそうだ。

 年末年始を母親の実家の村で過ごそうと家族で旅馬車に乗っていた所、途中で魔獣に襲われてしまったらしい。

 父親は魔獣と戦っていたうちの一人で、重傷を負ってしまったものの何とか一命を取り留めたという。


 父親の容態も落ち着き、お礼のためにあたしの所を尋ねようとした親子は、お見舞い帰りのセレンと出会った。

 それでセレンに事情を聞き、あたしを連れ出すための協力を申し出てくれたのだそうだ。こっそりうちの使用人に話を通したり、馬車を手配してくれたらしい。



 …両親の話も聞いた。

 セレンはあたしの居場所を両親には教えていないらしい。

 両親は初めあたしが勝手に家を出たことにショックを受け、セレンに対しても怒っていたらしいが、今はあたしに謝りたがっていると言う。


 だけどシスターは、あたしが両親と会う事を薦めなかった。

「そうやって元の家に戻って、再び辛い目に遭う人を何度も見てきました。もう少し時間を置き、様子を見るべきかと思います」と、悲しそうな顔で言った。

 あたし自身も、両親に会いたいとは思わなかった。





 そうして数日経ったある日、いつになく緊張した面持ちのセレンがやって来た。

 ちょっぴり興奮気味にあたしに話しかける。


「今日はね、エリーに会いたいって人を連れてきたの!」

「私に?…誰?」

「エリーもずっと会いたがってた人だよ!」


 誰の事だか全く分からず、あたしは眉根を寄せた。まさか両親やあの男な訳がないし、心当たりがない。

 すると、コンコンと静かなノックの音が響いた。



 まず最初に入ってきたのはシスターだ。

 続いて、白い騎士服に身を包んだ男装の女騎士。その肩からは、短めのマントが颯爽と翻っている。


 そして恭しく礼をしたシスターと女騎士に迎えられ最後に入ってきたのは、上品なドレスを身に纏った20代くらいの女性だった。

 流れる青銀の髪に、穏やかな美しい笑み。


「あ、あなたは…」

「こんにちは。お久し振りですね」


 驚愕のあまり上手く言葉が出て来ない。

 そこにいるのは、見間違えようもないあたしの憧れの人。青薔薇の魔女だったのだ。




「…僕とは初めましてだね、エリトリット君。でもその顔から察するに、僕の事も知ってくれているのかな?」

「は、はい。子供の頃に…武芸大会で、お二人が優勝する所を見ていました」

「そうかい!それはありがとう!」


 男装の女騎士は、人目を引く黄緑色の髪を揺らして爽やかに笑った。

 青薔薇の魔女の友人。学生時代に彼女と組んで武芸大会に出場し、共に優勝した人だ。セレンの憧れの人でもある。

 卒業後は女騎士だけで構成される白百合騎士団に入り、青薔薇の魔女の護衛をやっていたはずだ。


「実は僕の友人がセレン君から相談を受けていてね、それで僕も話を聞いたのさ。ちなみにその友人は、ここの修道院の出資者でもあるんだ」



 では青薔薇の魔女はきっと、女騎士から話を聞いたのだろう。

 そう思って彼女の方を見ると、小さく微笑んであたしにうなずいた。

 彼女とは一度だけ面識がある。と言ってもパーティーで一言挨拶を交わしただけなのだが、どうやら覚えてくれていたらしい。


「あの武芸大会で、私の戦いも見て下さったんですね」

「は、はい!」


 おっとりと言う青薔薇の魔女に、あたしは頬が熱くなるのを感じながら大きくうなずいた。

 あれからもう10年近く経つけれど、あの時の彼女の凛々しい姿、操った魔術の美しさは、目に焼き付いたまま色褪せる事はない。


「わ、私、あの決勝戦を見て、魔術師になりたいって思ったんです。貴女のような凄い魔術師になるのが夢でした。だから、私、ずっと…」


 あたしは途中で言葉を途切れさせた。


 …だけど、あたしは。

 妥協しようとした。自分の夢に対して。

 結婚を選ぼうとして、今はその未来すらも失った。

 この右足と共に。



 うつむいてスカートを握りしめたあたしに、青薔薇の魔女の柔らかな声が降ってくる。


「…私も、昨年の貴女の武芸大会での戦いを見ていましたよ。とても努力して研鑽を積んでいるのだとすぐに分かりました。2回戦で終わるには惜しい、見事な戦いぶりでした」

「…ありがとうございます…」


 憧れの人から褒めてもらったというのに、ちっとも嬉しくない。

 ただ下を向くあたしに、青薔薇の魔女は言葉を続ける。


「…そして貴女はその力を、人を助けるために使おうとした。魔獣を相手に、勇敢に戦ったんですね」

「……!」


 はっとして顔を上げると、そこには優しい微笑みがあった。


「とても辛くて、悲しい思いをしましたね。でも私は、貴女の行動は素晴らしく誇り高いものだったと思います。胸を張って良いんですよ。…よく、頑張りましたね」


 …その言葉だけで、あたしの胸は一杯になってしまった。


 あの戦いのせいで、あたしは大きなものを失った。

 だけど、あたしの行動は間違っていなかったのだ。


 熱いものが込み上げてきて、ぼろぼろと両目から零れ落ちる。

 歪んだ視界の中で小さく嗚咽を漏らすと、セレンがゆっくりとあたしの背中を撫でた。





 …それからしばらくして。

 何とか泣き止んだあたしは、青薔薇の魔女と女騎士に向かって大きく頭を下げた。


「すみません、お見苦しい所をお見せしました…!」

「良いんですよ」

「ああ。こういう時に泣くのは恥ずかしい事じゃないさ」


 二人はそう言ってくれるが、みっともない所を見せてしまった。しかもまだ結構鼻声だし。

 ひたすら恐縮するあたしに、青薔薇の魔女は笑いながら「それでですね」と話し始める。


「実は私、貴女をただ褒めに来た訳では無いんです。貴女にお願いがあって来ました」

「…お願い?」


 思わずきょとんとすると、彼女は「はい」と真面目な顔でうなずいた。


「私の実家のジャローシス領では、主に魔導具作成の事業において、魔獣との戦いや病気などで後遺症を負った方々を広く受け入れて雇用しています。特に私の義姉がその事業に力を入れていて、女性の職員も少しずつ増やしている所です」

「…え」

「それで、義手や義足の研究もしているんです。とても凄い職人がいて、今、新しい義肢を開発中でして。装着部への負担をなるべく減らしつつ、関節部には新素材を使用して可動域を広げ、さらに魔石を併用する事で従来よりも遥かに滑らか、かつ人体に近い動きを再現しようと…」


 青薔薇の魔女はぺらぺらと説明を始めたが、途中で女騎士が「ごほん!」と咳払いをして、はっと我に返ったように言葉を止めた。

 恥ずかしげに居ずまいを正してから話を続ける。


「…えっと、つまり貴女には、その義肢の開発と試験に協力していただきたいんです。こういうものは実際に必要としている方に試していただくのが一番ですからね。そのためにはジャローシス領に住む事になりますが、衣食住はこちらで提供いたします。お仕事は無理のない範囲で構いませんし、もちろんお給料もお支払いします」



「……」


 あたしはぽかんとして青薔薇の魔女の顔を見返した。あまりに都合の良い話で、にわかには信じられなかったからだ。


「あっ、だ、大丈夫です!事業所には専門の医師もおりますし、責任者のお義姉様はすごく優しい方です。必ず貴女に良くして下さいます。一人で遠い地に行くのは不安かと思いますが、ご希望があればなるべく配慮しますので…」


 あたしの沈黙を誤解したのか、青薔薇の魔女はあわあわと両手を動かした。

 その落ち着いた外見にそぐわない慌てた動きに、思わずくすっと笑ってしまう。

 …笑ったのなんて、いつぶりだろう。


「…じゃあ、私は、そこで…。生きても、良いんですね…」


 ぽつりとそう呟くと、彼女は細い身体を反らして「当たり前です!」と腰に手を当てた。


「貴女はこれから、人の役に立つ仕事をするんですよ!新型の義肢開発は、将来必ずたくさんの困っている人を救う事業になります。…あっ、それに」

「それに?」

「きっとエリトリットさん自身の勉強にだってなります。ジャローシス領には優れた魔術師がたくさんいますからね。魔術師になりたいという貴女の夢、その手助けもできるでしょう」



 あたしは今度こそ、完全に言葉を失った。

 片足を失いまともに歩けないあたしが、魔術師になるだって…?


「もちろん、貴女がそれを願えばですが。諦めずに努力し、心から強く願えばきっと叶いますよ。私もそうやって夢を叶えましたから…ああ、いえ、少し違いますね」


 彼女は青い瞳を細めて笑った。


「今も努力を続けています。生きている限り、夢に終わりはありませんから」


 その笑顔は、あの日心を奪われた彼女と全く変わらない、キラキラとした輝きを放っていて。

 あたしの中で、生涯忘れられない思い出となった。



 …そうしてジャローシス領に行ったあたしは、義肢の開発に協力する傍ら魔術師の修業に打ち込んだ。

 努力の末に王宮魔術師になったのは、それから10年以上経ってからの事だ。

青薔薇の魔女の活躍について詳しく知りたい方は前作「世界の天秤」をお読み下さい!!(ダイマ)

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