愛され小悪党ワルゴー
ワルゴーは、ティハーサ王国モトマデス子爵家、その当主の三男として誕生する。
焦げ茶の髪と瞳、恵まれた骨太の体格を有する彼は、しかし、幼き頃より性根が絶妙にねじ曲がっていた。
例えば、十に満たぬ少年の時分。
ワルゴーは付き人のじいやを連れて、定期的に領内の市場へと通っていた。
そこで気に入った商品があれば、自分は領主の息子だ貢物を献上しろ等と喚きながら、強引に奪い取っていく。
ただし、当人が店先から離れた瞬間、じいやにより迷惑料含む支払いが行われるので、実際は、態度が最低な買い物客に過ぎないのだが……。
もちろん、ワルゴーも真後ろで交わされるやり取りに気付いてはいた。
が、これは事前に彼が指示した通りの動きなので、横槍は入れない。
いくら領主の実子といえど許されざるラインが存在すると、ワルゴーは動物的本能により理解している。
彼はかなりの臆病者でもあり、暴力沙汰を起こしたこともなければ、己の手に余る貢物、具体的には、両手に持ちきれない量や大きさ、高額商品や既に引き取り先が決まっている予約品等々、を求めたこともなかった。
つまり、平民相手に偉ぶってみたいが、しかし、恨まれたくはないという、至極都合の良い思考から行われる、趣味の悪すぎるごっこ遊びだったのだ。
次第に、割増料金に味を占めた一部商人がわざと「うわー今年の細工物の出来は特に良かったからワルゴー様に目をつけられてしまうー」などと、彼の気を引くためのザル演技まで始めたのだから、まぁ、よい笑い話である。
また、ワルゴーという男は、ほとんどプライドを持ち合わせていなかった。
常日頃より、働きたくない、ヒモになりたい、婿入り希望だなどと言って憚らず、父親に都合の良い縁談を求めては困らせている。
そのくせ、十四で社交界デビューを果たした彼は、覚えて間もない性欲に振り回されたのか、終始、女性の胸元を眺め続けるなどという愚かしい真似をして、ご令嬢や貴婦人から総スカンを食らう羽目に陥っていた。
帰宅後、やらかしについて叱られたワルゴーは「むしろ、我慢できる方が頭がおかしい」と真顔で主張し、両親を大いに呆れさせたという。
ちなみに、彼の体格の良さを見込んでか、有名な好き者の貴婦人からお誘いを受けたこともあるにはあった。
しかし、木陰に連れ込まれて直後、彼は絹を引き裂くような甲高い悲鳴を上げ「ち〇ちん触られた、もうお婿に行けない!」等と半泣きで連呼しながら全力ダッシュで会場から逃げ出したそうだ。
当然ながら、この件より、ワルゴーに近付く女性は真実一人もいなくなった。
さて、実はティハーサ王国の貴族令息には、十五から二十二歳の間に二年間、国立の貴族学園へと通う義務がある。
これを怠ると、真っ当な貴族の一員として認められないのだ。
親の爵位を継ぐことも、新たに賜ることも出来なければ、王宮や行政機関などに貴族対応で雇われることも不可能となってしまう。
三男でヒモ希望のワルゴーは、面倒なだけだと不満を零しつつも、婿入り先が更に狭まっても良いのかと当主に脅されて、仕方なく十六を越えた頃合に王都の学園へと入学した。
そして、間もなく、彼は一つ年下の同級生、血統主義の侯爵令息キラリッドの自称取り巻きとなっていた。
令息は少々合理的思考が過ぎる面もあるが、文武に優れ、人の上に立つ者としての高潔さを持ち合わせている。
自身にも他人にも厳しいキラリッドにしては珍しいことに、彼はワルゴーが己に侍り許可もなく取り巻きを名乗る愚行を、肯定も否定もせず放置していた。
そもそも、なぜヒモ希望のワルゴーがわざわざ侯爵令息におもねる流れとなったのか。
理由は単純で、彼にとってキラリッドの言動、その一つ一つが格好良く見えて仕方がなかったからだ。
とどのつまり、令息のファンとしての、推し活の一種なのである。
一方で、ワルゴーは特待生の平民ヨキを分かりやすくイジメていた。
憧れのキラリッドが、政に平民を関わらせるべきではないと持論を述べたことで、彼らを悪く思っているのだと独自解釈し、結果、ワルゴーは己の抱いていた特待生への嫉妬心を隠さなくなったのだ。
ヨキは、平民ながら貴族学園へ通うことを許された者に相応しく、全ての授業において優秀な成績を修めている。
また、かなり整った柔和な顔立ちで、性格も優しく謙虚かつ真面目だが融通も利くタイプと、要は、身分以外、非の打ちどころのない人間であった。
まぁ、イジメと称しはしたが、一般的に想像するような陰湿な類のものは少ない。
彼は承認欲求が強いので、事を起こすなら必ず本人の前でやりたがったし、手柄を取られまいと誰とも徒党を組むことはなかったし、なにより、根っからの腰抜け野郎なので本気で心身や名誉が傷付きそうな大それた真似も出来なかったのだ。
例えば、剣術の実技で侯爵令息キラリッドが特待生ヨキに勝利すれば、ワルゴーは「わはははザマミロ平民これが貴族様の実力だ参ったか雑魚ザァコふっふぅー!」などとまるで己の手柄かのように小躍りして騒ぎ立てる。
同席している令息たちは、冷たい視線を向けたり、眉を顰めたり、苦笑したり、ここまで突き抜けていると逆に清々しいと感心したり、お前は何もしていないだろうとツッコミを入れたり、完全に存在を無視していたり、様々だ。
ちなみに、この後、ワルゴーは教員の計らいでヨキと対戦カードを組まれ、秒でボコボコにされた。
負けた彼は地面に座り込んだまま「いやっいやっ信じられないっ実力差のある相手には普通はもっと手心を加えるべきでしょコレだから平民って空気が読めなくって嫌いよっこの無慈悲で最低の暴力男っまさか痛めつけるのが性癖なんじゃないでしょうね変態っ!」などと頭の悪いことをヒステリックな女性の如きテンションで長々喚きちらす。
しかし、侯爵令息との試合に比べれば相当に加減されていたことは明らかであり、ワルゴーの言葉に共感や同情を得る者は誰一人としていなかった。
またある日などは、昼休みに人気のない裏庭のベンチで持参した弁当を食べているヨキの前まで、わざわざ食堂から少々奮発したランチセットをプレートに乗せて運び、「庶民はこんな美味そうな食事には一生縁がないのだろうなぁ、どうだ羨ましいかねワハハ」と頭の悪いマウントを取り始める。
が、続けて目の前でソレを貪り見せびらかそうとワルゴーが片手をプレートから離せば、ヨキの「あ」という声と同時に、ランチセットは残らず大地の栄養となった。
無情な現実に理解が追いつかず、その場に無言で立ち尽くす阿呆の申し子。
時が経つと共に徐々に涙目になるワルゴーの腹から、悲しみに満ちた音が鳴る。
その光景は、被害者側であるはずの平民がつい自身の弁当を取り分け「食べますか」と提案してしまった程度には、憐れみに満ちていた。
単細胞なワルゴーは不敬だとはねつけるどころか、小声で「たべる」と返し、まるでそうするのが当然であるかのようにヨキの隣に腰を下ろす。
そのまま唯一プレートの端に引っかかり無事であったフォークでモソモソと食事を始め、合間に「え、うま」と何度か呟いていた。
そのくせ、食べ終わった途端、「ふ、ふんっ。ちょっと優しくしてもらったからって、簡単に平民を好きになっちゃうような尻軽男だなんて思わないことね!」とツンデレ女子のような気持ちの悪い捨て台詞を吐きつつ素早く地面の食器を拾い集め、全力で駆け出していく。
が、食べて直後のダッシュであったため、すぐに横腹を痛めてしまったワルゴーは、恵まれた厳つい巨体をくの字に歪めて、情けなく呻きながら、ゆっくりとヨキの視界内から退場していった。
他にも、わざわざ嫌がらせ目的のためだけに、休日にヨキを呼びつけたこともある。
学園内の林奥にある開けた場所に徹夜で落とし穴を掘ったワルゴーは、全身土まみれの薄汚れた格好で、右手にシャベルを持ったまま彼を迎えた。
隠す気があるのか詰問したくなる程度には、バレバレの仕掛けであった。
が、ボロボロのゴリラ男を見て、人の好い平民は、これで避けたら流石に可哀想かもしれないと、またも無用な憐憫を覚えてしまう。
そして、そんな考えの元、彼は丸見えの罠に自ら引っかかりに行ってしまった。
落下の瞬間、「キャッホー!」と子供のような歓声を上げ駆け寄るワルゴー。
だが、実は小賢しくも二段構え、分かりやすい一つめの落とし穴を飛び越えた先にもう一つ、非常に巧妙に隠された本命の落とし穴があったのだ。
だというのに、その存在をすっかり忘れて、ヨキを嘲笑するため急いで現場に向かった結果、彼は自分で掘った第二の穴に物凄い勢いで消えていったのである。
己の意思で罠を踏んだ特待生と違い、ワルゴーは上半身を乗り出すような前のめりの姿勢で走っていたため、落下の際、穴のフチ辺りで強く顎を打ちつけてしまった。
バカの悲鳴を聞きつけ、特待生はその身を案じて難なく外へ脱出。
不幸中の幸いか、完成した穴を覗いて「少々深すぎたか」とビビり、急遽追加で底にクッションを敷き詰めていたため、ソレ以上の怪我には繋がらなかった。
とはいえ、顎の痛みは強烈で、ワルゴーは巨体を丸めて悶え苦しんでいる。
ただし、上から無事を確認してくる平民に「キィィお前があんな分かりやすい穴に落ちるマヌケだったのが悪いんだからな一生恨んでやるうぅ!」と見当違い甚だしい暴言で返す元気はあるようだった。
数分後、自力での脱出を試みるも、どうにも上手くいかない様子のワルゴー。
大量のクッションのせいで姿勢が安定せず、まともに飛び上がることが難しくなっているのだ。
もちろん、原因のクッションを先に放り出せば良いだけの話なのだが、痛みや精神的衝撃が残っているせいか、彼はそこで半ばパニックに陥ってしまった。
そして、最悪の未来を想像したワルゴーは「うわあああ出られない出られない自分はこのまま誰にも見つからず穴の中で飢えて惨めに孤独に死んでしまうんだ嫌だああああ誰か助けてえええ」と悲壮感に満ちた叫びを大音量で林中に響かせる。
自業自得とはいえ彼を不憫に思った特待生は、再び穴の上から顔を出し、「大丈夫ですよ、掴まってください」と優しく声をかけつつ、片腕を伸ばして大男を引っ張り上げた。
その後、善意の人ヨキは得意の治癒魔法でバカの顎を癒やし、更に、腰を抜かしていることが判明すれば、自ら提案して無駄に重い巨体を背負って帰ってやったのである。
特待生の背の上でワルゴーは「バカバカバカ怖かった痛かった死んだと思った」と震える小声で悪態を吐きながら、必死に両手足で彼にしがみついていたそうだ。
またまた別のある日。
偶然、第二校舎一階の渡り廊下でヨキを発見したワルゴー。
懲りない彼は、相手から認識されていないことに気付くと、コソコソ背後から近寄って「平民ウェーイ!」という謎の掛け声と共に体当たりをブチかましていく。
いつになく油断していたのか、もしくは体格差のせいか、特待生はそこそこの勢いで近くの柱に側頭をぶつけ、直後、まぁまぁな量の血を流してしまった。
赤いソレを目にした瞬間、ワルゴーは「キャアアア!」と女性じみた悲鳴を上げ、己の行為の結末に怯えて全身を震わせる。
そして、一切非のない被害者へ「なんで避けてくれないんだバカバカノロマぁ」と上擦りまくった罵声を浴びせかけた。
彼は自分が痛いのはもちろん、他人の痛そうな様子を見るのも苦手なウルトラハイパーチキン野郎なのだ。
患部に添えた指に血がついていることを確認し、ヨキは僅かに眉尻を下げる。
そんな彼のすぐ傍まで歩み寄り、ワルゴーは狼狽え震える手で制服の内ポケットに隠し持った銀貨数枚を掴んで「びびび貧乏な平民は治療院にかかる金もないんだろっ」と乱雑に差し出した。
しかし、慌てていたせいか渡す直前に床にバラまいてしまうワルゴー。
彼は「あっ!?」と明らかに動揺した声を出しながらも「へっ平民は這いつくばって拾うのがお似合いだあっ」と最低の誤魔化し方で乗り切ろうとする。
対して、善人ヨキは「あの、落ち着いて下さい、私は大丈夫です。自分で治せますから。ほら……ね?」と治癒魔法を使いクズ男へ己の無事をアピールした。
途端、ワルゴーは明白に安堵の表情を浮かべる。
ちなみに、彼のこの反応について説明すると、一応、怪我人を心配する気持ちも皆無ではないが、大半は意図せず犯してしまった罪の重さに怯えていただけの、要は自己保身から来るものであった。
深く息を吐き終わったワルゴーは、間もなく視線を落として「じゃあコレはいらないな!」とある物を嬉しそうに指さす。
追って、ヨキが顔を下方へ向ければ、その先で巨体が躊躇なく土埃の入り込んだ白い床に膝を着き、四つん這いに近い体勢で、ばら撒かれた銀貨を回収し始めた。
ワルゴーの突然の奇行に困惑する特待生。
そんなヨキの様子には目もくれず、やがて、彼は「儲けた儲けた」とご機嫌に鼻歌を奏でつつ、軽快に校舎内へと立ち去って行った。
そんなこんなで、ワルゴーが学園へ入学し、侯爵令息キラリッドの舎弟を自称し始めてから約一年と半年。
卒業を間近に控えた日の放課後に、突然、何やら特待生とすべき話があるなどと言って、令息がヨキの在籍する教室を目指し、颯爽と歩き始めた。
これはついに大鉈を振るう場面であろうと予想したワルゴーは、鼻息を荒くし、いやらしい笑みを浮かべて、他の野次馬たちと同じくキラリッドの背を追いかける。
そして、ヨキを発見するや否や侯爵令息を追い越し、大仰に彼を指さしながら「わははは生意気な平民め、ついに我らのキラリッド様が動くぞ、お前もとうとう減免措置の期限切れだぁ!」とバカがバカ丸出しで煽り出した。
ワルゴーの言葉に、頭上に疑問符を浮かべて首を傾げるヨキ。
その後、巨体を反転させて「さあ、言ってやって下さいキラリッド様!」と彼は両腕を広げ、胸を反らして侯爵令息へ輝く瞳を向けた。
すると、キラリッドは一つ小さなため息を吐いてからヨキに視線を合わせ、周囲の人間にも届く声量で、高貴なテノールを響かせる。
曰く、一部の者が自身の言葉を曲解し、忖度のつもりで特待生へ狼藉を働いているが、これを遺憾に思っている、と。
曰く、貴族は国や領地の駒として育てられ、平民は己を中心とした狭い領域のみで人生が完結することから、幼き時分より刷り込まれた意識の在り様に越えられぬ隔たりがあり、故に平民を政治に関わらせるべきではないと考えるが、しかし、それは平民の能力が貴族に劣る証明にはならない、生まれ身分に関係なく、優秀な者、暗愚な者は存在する、と。
曰く、キラリッドは特待生を高く評価しており、卒業後の進路について、侯爵家は何がしかの援助・勧誘を申し出るつもりである、と。
曰く、本日ここには、ティハーサ王国の未来において、身中の虫となりかねぬ者へ沙汰を下す心算である、と。
令息の話を聞いたワルゴーは、素早くヨキの肩に腕を回し親密アピールをしつつ「おぉいおいおい、いったい誰だ、キラリッド様に無断で勝手をする間抜けは。信じられんことをする人間がいたものだなぁ!」と一瞬前の自身の愚行を丸ごと棚上げし、犯人を捜すかのような胡乱な目で周囲を見回した。
こと変わり身の速度で、彼の右に出る者はいない。
常人であればプライドや世間体を気にして動き辛くなるところだが、都合の悪いこと限定で端から全てを忘れていくこの男には、躊躇するだけの理由がないのである。
教室内に残るほぼ全ての者が、心の中で「いや、お前だろ」とツッコミを入れたのは言うまでもなかった。
なんなら、実際に口に出しているクラスメイトもいた。
野次馬たちがワルゴーに憐みの視線を向けていると、侯爵令息はそんな大男へ、唐突にいくつかの質問を投げかける。
「答えろ、ワルゴー。
特待生の所有する教科書や制服を他者が故意に破損させたとしたら、その者はどうなると思う?」
「では、特待生を真冬に池に突き落とした場合は?」
「各教室に飾られている鉢植えの花があるな。
上階から校舎近くを歩く特待生を狙ってソレを投げ落とすのは?」
「特待生を市井で雇った暴漢に襲わせる行為について、如何様に考える?」
対するバカの回答は、こうだ。
「え。それは……国からの支給品なので、王宮を破壊するに等しいとまでは言いませんが、場合によっては国家反逆罪にあたるのでは?」
「ひぇっ。ま、真冬の池ぇ!?
万一にも死んでしまったら、一気に殺人犯じゃないですかヤダこわいっ。
しかも、事故じゃなく事件だったとなると、学園の管理不行き届きで面目が丸つぶれになるから、確実に探し出されて罰されますよっ」
「当たりどころが悪かったら、やっぱり死んでしまうし、その花は確か各公爵家からの寄付品だったので、わざと壊したのなら完全に敵対行為と見做されますよね。
そうなれば、やった本人だけじゃなく生家まで責任が及ぶのは必至でしょうし、もはや貴族としては終わりじゃないでしょうか?」
「はわっ、暴漢なんて野蛮で恐ろしい人種と関わり合いになるなんて信じられないっ。
それをネタに脅される危険だってありますし、忠誠心がないから口だって軽そうだし、だからって、こっそり処分したところで逆にそこから足がつかないとも限らないし、自分なら大金を積まれても御免ですよっ」
ワルゴーとキラリッドのやり取りが進むにつれて、集団内の一部子息の顔がみるみる青ざめていく。
時折、出入り口に目をやる者もあったが、そこには侯爵令息の真の取り巻きたる武闘派貴族家の男たちが立ちふさがっていた。
「あのっ! キラリッド様、そろそろ勘弁してくださいっ。
なにゆえ先程からその様な物騒なことばかり尋ねてくるのです!?」
キラリッドの声に応えつつ脳内で映像化していたのか、ワルゴーは怯え面で隣に立つヨキの右腕を抱え込んで、巨体を小刻みに震わせている。
現在進行形で迷惑を被っている特待生はされるがまま、薄く苦笑いを零すだけだ。
続く令息によれば、阿呆の概念から生まれた珍獣ですら知る道理を解さず平然と大罪を犯し、しかも、その罪を珍獣に押し付けようと画策した救いようのない貴族が複数いる、ということらしい。
彼はこの場で該当者を名指しすることはせず、ただ、今回のことは父親の現侯爵を通して学園運営のトップたる国王にも証拠付きで報告済みであると、高貴な血を継ぐ者である矜持が僅かにも残っているのなら大人しく裁定を待つようにと、最後にそう強く宣言して、特待生を取り巻く騒動に幕を引いた。
キラリッドの説明をヨキに噛み砕いてもらい、ようやく自身が危うい立場に追い込まれていた事実を知ったワルゴーは、スマートにそれを解決し颯爽と去りゆく彼の背に「はわわっキラリッド様カッコイイ賢い優しいオマケに強い最高しゅき」などと気持ちの悪い呟きを漏らしながら、無駄に熱い視線を送ったという。
ちなみに、全ての平民イジメの元凶がワルゴーにあると噂が出回ったことで、主な被害者であるヨキに学園側から聞き取り調査が入った際、「ワルゴー様ではありません。彼なら全てを己独りの手で私の目の前で行うと思います。仮に、教科書なら僕の力強さを見ろと言いながら素手で破こうとして失敗するでしょうし、落書きをするにしても誹謗中傷ではなく得意の絵を描いた上でサインを入れるぐらいしそうですし、池なら行くぞ等と叫びつつ駆けてきて何故か彼自身が落ちるでしょうし、学園側が管理している花に手を付ける度胸はそもそもなく、もし落下させたとしたらソレは事故であり半泣きで大騒ぎするのが目に見えていますし、暴漢にしても、町で見繕ったとして如何にも柄の悪い人間に話しかけに行けるのか、まともに交渉を成立させることがあの方に可能であるのか、甚だ疑問であり……」と、大概侮られまくった方向性で信用を得ていたことが判明した。
また、この日の華麗な手のひら返しで厚顔にもヨキを友と認定したワルゴーは、事ある毎に「助けてくれ、親友だろヨッちゃん」と敵愾心を抱いていた頃より明らかに迷惑を掛けてくるようになるのだが……まぁ、いらぬ余談であろう。
ついでに、特待生が珍獣と友誼を結んでしばらく経った頃、人気のない場所でキラリッドに呼び止められ「あまりアレを甘やかして調子に乗らせるな、何を仕出かすか分かったものではない」という謎の忠告を受ける一場面もあったとか。
それからは特に大きな問題も起こらず、なんだかんだで学園卒業を果たしたワルゴー。
特待生ヨキの善意に全力で乗っかりつつ彼が平穏無事な学生生活を送っている中で、珍獣の日常を守ってやるために侯爵令息キラリッドが幾度か骨を折ってやったことは、令息に近しい極僅かな人間しか与り知らぬ内密事である。
そうして、曲がりなりにも貴族として認められる立場を手に入れた彼の元へ、間もなく、一つの見合い話が持ち込まれた。
相手は二歳年上の、高等女学院で優秀な成績を修めた才女だ。
亡き両親の跡を継ぎ女子爵と成る予定のため、野心のない従順な入り婿を探している、ということらしい。
しかし、ワルゴーの父親はこの縁談が成功するとは微塵も考えていなかった。
ヒモになりたい働きたくないと常々こぼしているバカ息子に、親として望みを叶える努力はしたという実績を作った上で、そんな男を受け入れる女性はいないのだと現実を突き付けて、今後の更生材料に出来ないかと目論んでいる。
そのため、相手方にも事情を全て打ち明け、「断ってくれて構わない」としつこいぐらいに重ね伝えていた。
まぁ、万一まかり間違って不良在庫を引き取ってもらえるなら、それはそれで……という感情もなくはないのだが。
そんな親の思惑など露知らず、渡された釣り書きを手にワルゴーは「うっひょう、ついに僕の女神が降臨なさいましたかあ」と浮かれに浮かれまくっていた。
見合い当日。
令嬢が馬車から姿を現した途端、隣に立つ当主の腕を叩きながら「おほーっ父上、あの御方が我が女神キーツェイーナ嬢ですか、小さくて可愛いなぁ!」とバカでかい声で品のない感想を垂れ流して、挨拶前から好感度を大幅に下げていくゴリラ男。
聞きしに勝る愚物ぶりに、モトマデス子爵への同情で話を受け入れてしまった令嬢の後見人、彼女の実の伯父たるティティアーニ伯爵も思わず頬を引きつらせていた。
ちなみに、ワルゴー自身の体格が良すぎるのと、これまで女性と縁がなさすぎたせいで勘違いしているが、キーツェイーナは令嬢の中ではかなり背の高い部類に入る。
まぁ、曲がりなりにも貴族学園を卒業した男として、両家の会話が始まって以後の作法については及第点に達していた。
が、いかんせん興奮が抑えきれず常に鼻息を荒くしており、マイナス印象の回復には至らない。
やがて、当人同士のみの交流ターンに入り、父親に促されて庭まで令嬢を案内するワルゴー。
初めてまともに女性をエスコートするにあたり、その歩みの遅さに驚いた彼は「イーナ嬢。女性というのはそんなにゆっくりとしか進めないものなのですか、なんとも不便そうだ、抱き上げて運びましょうか」などとデリカシー皆無かつ下心満載の提案をして、すげなく断られていた。
もちろん、『イーナ嬢』などという本来であれば親しい者のみに許されるはずの愛称呼びは、独り勝手に脳内で盛り上がった結果、妄想と現実の区別のつかなくなったワルゴーが無許可で言い出したものにすぎない。
状況が変わったのは、「お噂通り胸元ばかり見ていらっしゃるのね」「申し訳ない、こればかりは男のサガというものでして。ですが、ご安心ください、自分は視野が広いのでイーナ嬢の可憐な顔も同時にしっかり堪能させていただいておりますぞ」という最悪のやり取りを交わした直後からだ。
縁談相手の愚かさ加減に絶句して俯きぎみに頭を振った令嬢が、ふと庭の隅の目立たぬ場所に小さな石墓が立っているのを発見し、「あれは?」と極軽い好奇心から質問を投げかけた。
すると、ワルゴーは「あぁ、自分がアントニガリウスと名付け手ずから世話をしていたサボテンという南国の植物の墓で」と常人が理解に苦しむ説明を始める。
神妙な顔をした彼は、亡きサボテンを悼み涙ぐんですらみせ、キーツェイーナを深く困惑させた。
終いには、「そうだ。ちょうど今、アントニガリウス二世が花を咲かせておるのです。ぜひ見てやってください」などと言い出し、彼女の手を無断で掴んで強引に己の私室へと連れ込んでしまう。
よもや不埒なことを考えているのではと、非力な令嬢たるキーツェイーナは細い肢体を強張らせた。
立場的にも性別的にも、当然の警戒だろう。
が、一方的に張り詰める空気と裏腹に、大男は「こいつがアントニガリウス二世です。トゲトゲして格好良いと衝動的に手に入れたものの早々に枯らしてしまった一世に代わり、今度こそ長生きさせてやろうと必死に勉強して育てていたら、こいつめ、まるで恩返しのように花を一輪咲かせてみせて……なんとも健気でいい奴でしょう」と少年のような純粋な瞳でサボテンについてのエピソードを早口ぎみに語り聞かせてくる。
やがて、それが終わると、今度は「そうだ、イーナ嬢に似たぬいぐるみがあるのです」と言って、ワルゴーは彼女に背を向け一人ベッドへ。
彼が告げた通り、その枕元には動物を模したファンシーなぬいぐるみが十体ほど並べられている。
内、一つを手に取って、部屋の中央付近に立つ令嬢の元へと戻ってきたワルゴー。
間もなく彼が差し出したソレは、空色のガラスの目とサラサラとしたオレンジ色の毛を纏った、三頭身の人型にデフォルメされた猫だった。
厳つい体をしたデリカシーのないガサツな男が愛でるには、かなりギャップのある代物である。
「どうです、愛らしいでしょう。
色合いもそうですが、可憐でどこか気高い雰囲気を纏っているところなど、イーナ嬢にそっくりだ」
「……そうでしょうか」
渡されたぬいぐるみを見つめたまま、当惑した様子で立ち尽くすキーツェイーナ。
当初からの明け透けな態度より推測するに、これが社交辞令でないことはほぼ確実で……だからこそ、彼女はここで、ほんの僅かだけ素直に嬉しいと感じてしまった。
それが妙に悔しくて、キーツェイーナは敢えてワルゴーを無視して、ベッドのぬいぐるみへと視線をやる。
「あら。あちらのウサギだけ、随分とくたびれておりますのね」
「ん、あぁ。マリアンヌですか」
令嬢の口から零れ落ちた気付きに、彼は再び寝床まで足をのばした。
そして、目的の物を両手で掴み踵を返すと、彼女が見やすいように己の胸元辺りまで持ち上げる。
「マリアンヌは、自分が五つの頃から共に過ごしてきた一番大事な友人なんです。
今でも心に隙間風が吹く夜などは抱きしめて眠ることもあります」
「まぁ」
とても齢十八を過ぎた男のセリフではない。
しかし、自慢げに語る彼の姿はどこか純粋無垢な幼児にも似て、見る者によっては、いっそ微笑ましくすら映るだろう。
キーツェイーナにもそれは当てはまったようで、思わずといったていで彼女の口元が軽く緩んだ。
苦笑いに近いが、そこに嫌悪や侮蔑の色はない。
「その、不躾な質問で恐縮ですが……ワルゴー様は主に女性が好むような、こうした物を愛でるのに、男性の身として恥じらいなどは感じませんの?」
「ああー、全くないですね」
「まったく」
「はい。どうせ何を好こうが嫌おうが無理解な他人は必ずいるものですし。
逆に、常々主張しておくと、偶さか品物を目にした知人がそういえばと僕を思い出して贈ってくれたり、誕生日などに高確率で欲しい物が貰えたり、ついでに趣味に合わない品をいただく割合も減ったりして、案外、良いことの方が多いのですよ」
「……左様ですか」
自論通り、ワルゴーはその後も、整頓はされているが雑多な印象の小物だらけの私室内をあちこち回り、やれ格好良いクリスタルドクロだの、やれ自分の描いた鳥の絵だの、はたまた気に入りの小説だのと、とにかく自身の好むものを次々と令嬢に紹介していった。
時が進むにつれて、彼のことを良くも悪くも正直な人間なのだと理解したキーツェイーナは、徐々に固く閉ざしていた胸中の錠前を開放していく。
津波のように押し寄せる怒涛の解説が鎮まる頃には、精神的全裸に等しい男を相手に、貴族らしく言の葉の裏を探り警戒することも、令嬢として相応しい立ち居振る舞いを心掛けることも、その他の何もかも、彼女にはもうバカバカしく感じるようになってしまった。
「少し、疲れました。掛けてもよろしくて?」
「おお、どうぞどうぞ。古臭く小汚い椅子ですが座り心地は保証しますよっ」
表情を取り繕うことを止めたキーツェイーナが小さく吐息を零せば、ワルゴーは手近な椅子の向きをズラし座面を荒々しく叩いてから、着席を促した。
それから、ゆったりと腰掛ける彼女の姿を、彼はなぜか真正面に立ったまま微動だにせずガン見している。
大男の不審な行動に、令嬢は自身の細腕を軽く擦りつつ問いかけた。
「……あの、なにか?」
「あ、いえっ。
イーナ嬢と自分の尻が間接的に接触したのかと考えると、いささか興奮してしまいまして」
「は? 最低では?」
「確かに」
返った答えの醜悪さに眉を顰める彼女へ、真顔のワルゴーが同意を示す。
「貴方ね。少しは悪びれなさい」
「いやしかし、これは男という生き物の本能であり、そして、自分は嘘が得意ではありませんから、仕方がないことと申しますか」
理性というものを母の胎に忘れて生まれた珍獣が、両手の人差し指をすり合わせながら、そう宣った。
彼のとんでもない言い分に、キーツェイーナの眉間の皺が更に深まる。
「そんな有様で、よくぞ学園を卒業なさいましたわね」
「いやぁ」
「褒めておりません」
令嬢の嫌味をどう受け取ったのか、ニヤけつつ後ろ頭に腕を回すワルゴー。
つける薬がなさすぎて、キーツェイーナは頭痛を堪えるように額に手を添え軽く呻いた。
「まあ、この話は一旦止めにいたしましょう。
ところで、ワルゴー様。
貴方、私が縁談相手に……夫となる男性に求める条件はお聞きになりまして?」
急な方向転換にハテナを浮かべながらも、ワルゴーは一度頷いてから口を開く。
「え、はい。野心がなければ良しと。
その点で言えば、自分以上の適任はおりません。
日々、歌や絵などの趣味に没頭し、好きな小物に囲まれ、美味いものを食べ、可愛いお嫁さんとイチャイチャして、眠たくなったら寝る、それだけで僕は大満足ですからね」
大概、人生舐め腐ったカスのような主張を堂々やってのけているが、当人は本気で自身を慎ましやかだと思い込んでいた。
この男、根っからである。
「堕落の極みではございませんか」
しかし、令嬢から冷え切った声を浴びせかけられ、風向きの悪さを感じ取り焦ったのか、彼は慌てて両手を肩近くまで上げ左右に振った。
「い、いえ、ですが、イーナ嬢が望まれるのであれば、仕事以外では何でも致しますよっ。
そうです、貴女の足の裏を舐めたっていい。いや、いっそ靴でもいい」
「気色の悪いことをおっしゃらないで」
「アッハイすみません」
挽回を試みたつもりが、瞬時に睨まれて委縮する大男。
従順さの証明と見せかけて、あわよくば己の特殊な趣味を叶えようとしていただけなので、その後ろめたさから、自然と常よりしおらしい態度となっていた。
「そもそも、貴方。ご自身が破談やむなしの現状にあると理解しておいでですの?」
「へ?」
「社交界での不名誉な噂がそのまま真実と判明した以上、ワルゴー様を迎え入れれば、我が子爵家の看板に泥を塗られる未来は目に見えているでしょう」
「そそそそんな! 僕を捨てるんですか!?」
「まだ拾ってもおりませんッ!」
令嬢、正論である。
だが、そんなものが稀代の阿呆に通じるはずもない。
彼は臆面もなく被害者ぶって、首をふりふりキーツェイーナを責め立てた。
「酷いわ横暴よ! こんなに好きにさせておいて!」
「さも、こちらが誘惑したかのような言いようをなさらないでくださいます!?
そもそも、私と貴方はつい先ほど出会ったばかりでしょうが、何の戯言ですか!」
「だってだって、僕を養ってくれるかもしれない女神様で、しかも、自分好みの可愛い子が上目遣いでお話なんてしてくれたら、そんなの絶対好きになっちゃうでしょうがあ!」
「信っじられない! お手軽すぎる!」
「わあーッ嫌だ嫌だ! イーナちゃんと結婚するんだーッ!」
「いい年して泣かない! 駄々をこねない!」
号泣しながら絨毯の上に寝転がり手足をバタつかせ始めたワルゴー。
色々と酷い。
間髪入れず彼を叱りつける令嬢の姿は、もはや完全に母親のソレである。
「やだやだお願いお願い!
これから、お出かけの時はずっとイーナちゃんだけ見てるからぁ!」
「……ん? そうなると、少々……ううん、一考の余地あり、かもしれませんわね」
「えっ!」
キーツェイーナが俯き零した呟きに、図体のデカい子供は一瞬で涙を止め、勢いよく上半身を起こして、期待に輝く目を向けた。
「女性とくれば見境なく胸元を注視するなど、貴族以前にまず人間としての良識から外れた愚行ですが……その対象が妻だけであるのなら、まだ何とかギリギリ愛妻家として処理できなくもない、やも?」
「え、やった結婚だあー!」
「ち、が、う!」
「えええ!?
やだやだやだ、ねえイーナちゃん可愛いよ世界一の美人だよ最高しゅきしゅき大しゅき一生しゅきイーナちゃん愛してる結婚してチュッチュッ!」
「お止めなさい、気持ち悪い!」
「痛い痛い! 暴力反対!」
どさくさ紛れに細足に縋りつき頬擦りしてくる不埒者を、令嬢は容赦なく手持ちの扇子で打ちつける。
怯んだワルゴーが尻を滑らせ離れたところで、再び彼女は計算を開始した。
「まぁ……時の猶予もそれほど残っているわけではございませんし。
本心の読めない貴族然とした殿方よりは、幾分かマシ、と言えなくもないような」
「うんうんうん」
ブツブツと独り言を漏らすキーツェイーナを、大男が祈る形に両手を重ね合わせて見守っている。
「一度懐に抱え込めば、劣化しようが壊れようが、変わらず慈しめる性質を持っているのは確かよね。
それが妻にも適用されるのであれば、存外、有り……なのかしら?」
「き、来ちゃ!?」
「極論、私が子爵家さえ無事に継いでしまえば、あとは用無しと放逐して問題もないわけで。
不祥事を起した時点で即刻離縁という条件であれば……この際、ワルゴー様でも……?」
直後、彼はここぞとばかりに右手を高く掲げ、膝立ちの状態で令嬢の傍まで進み寄った。
「はいはいはい! その条件で結婚しまぁす!
大丈夫です、自分、不祥事も問題も何一つ起こしたことはありませんっ!」
「現在進行形で問題だらけの男がどの口でおっしゃいますの!」
「もう条件呑んじゃいましたぁー!
決まり決まり、ハイ決まり、結婚だキャッホーーーー!
イーナちゃんとワぁルくんはアッチッチぃーーー!」
彼女のもっともなツッコミを勢いだけで弾き飛ばし、大げさな歓声を上げながら、激しく勝利のダンスを踊り始めるワルゴー。
これで押し切れると思う辺り、この男の常日頃の甘やかされ具合が透けている。
筆頭のヨキは特に反省すべきだろう。
「はあ、バカらし…………もう、お好きになさい」
しかし、珍獣の喜び具合に毒気を抜かれたキーツェイーナは、片手で額を覆い、力なく椅子の肘置きに体を寄り掛からせながら、彼の主張を消極的に肯定した。
してしまった。
全力全身で好意を露わにしてくる直球さ加減に絆された、と言い換えても良い。
まだまだ男尊女卑の気の強いティハーサの貴族社会だ。
ゆえに、己が欲望を通すため、その恵まれた肉体を活用し暴力を振るったり既成事実を作ろうとしたりするワケでもなく、あくまで最終決定権を彼女に委ねた上で必死の懇願をしてくる彼の姿勢には、何くれと立場の弱いいち令嬢として、少なからず思う部分があったらしい。
女の下につくことを表面上のみでなく本心から気にしない貴族男性というのは、想像以上に稀な存在なのだ。
こうして、逆転勝利で飼い主を得た珍獣ワルゴーは、ちょっとしたイザコザを挟みつつも、無事キーツェイーナ嬢に引き取られた。
そして、ある意味では従順な入り婿として、何とかギリギリ離縁されることもなく、幸せな生涯を送ったのだという。
反省も自重も知らない彼のような小悪党が順風満帆に生きて死ねるというのだから、まぁ、世界とは全く不条理極まりないものである。
おしまい
おまけ~パパになった小悪党~
「ヤダヤダ子どもたちばっかりズルいズルい!
イーナちゃん僕ももっと構ってくれなきゃヤダあ!」
「おだまりなさい!
どうして大人の貴方が真っ先に赤ちゃん返りを起こしますの!」
「あ、あの、母様。
僕は大丈夫なので、父様のお相手をしてあげて下さい」
「えっ優し……うちの長男、世界一では?」
「六歳の我が子に気を遣われて暢気に感激する親がどこにいますか!
恥を知りなさい、このバカ旦那!」
「痛い痛い! ごめんなさい!」
「母様、母様、せっかく寝たばかりの妹が起きてしまいますから」
「ああ、そうね。私のカイン、カインドル。賢い子。
貴方はもっと甘えてくれていいのよ。
ほら、こちらへいらっしゃい?」
「は、はい」
「いいなー、いーいなぁー」
「あの、母様、父様が……」
「カイン。バカを甘やかしてはいけません。
どうせ、いつだって好き勝手しているんですから、これ以上つけあがらせないのよ」
「は、はぁ」
「そんなぁー」
おまけ2
「お、カイン。これから勉強か」
「はい、父様」
「もう教師にイタズラの一つや二つしてやったか?」
「え? い、いたずら?」
「男たるもの、いくら相手が大人で教師とはいえ、舐められるようではいけないからな。
父もカインドルぐらいの頃は、ドアの上部にクッションを挟んだり、水魔法を降らせたり、カツラを釣り上げたりしたものだ。
気が乗らなければサボるのもいいぞ。
貴族の子である以上、学びが不要とは言わないが、結局のところ自分が一番大事なのだから、無理をしてまで授業を受けることはない」
「う、うーん。ちょっと僕には向かない気がするので、遠慮しておきます」
「そうか? 一人でやる勇気が出ないというなら、この父も手を貸すぞ?
イーナちゃんには怒られるだろうが、なに、可愛い息子のためだ」
「あ、いえ。その、僕も勉強は嫌いじゃあありませんから、今は必要ないかなって」
「ふーん? まぁ、それなら、今後やりたくなった時にでもまた言いなさい。
父はいつでもカインの力になってやるからな」
「はい。ありがとうございます、父様。では」
「うむっ」
~~~~~
「……ごめんね、父様。
ちょっと楽しそうと思っちゃったけど、忙しい母様の苦労を増やすのは流石に気が引けるから」
~~~~~
「いやー、カインは自分に似て実にしっかりとした子だなぁ、わははは!」
子供時代多めの小話四点も下記に投稿しています。
https://ncode.syosetu.com/n2319ci/31/