パズル/宇宙外
但馬たちは、しばらく広い道を多様な人々や生き物たちとすれ違いながら歩き
そして、かなり大き目の電話ボックスのような存在感の
透明な壁に囲まれている円柱の前に至った。
円柱の透明な壁の一部が音もなく四角く開き、獣人の片方が
「ワープ装置です。登録されたIDと脳波を感知して指定のポイントに飛べるようなっています」
と説明してくる。そしてもう片方の獣人が
「接待会場に直通となっております。どうぞ」
と言いながら、手を伸ばし、入るように促してきた。
四人は黙って、円柱の中に入り、獣人たちも入ってくる。
すぐに六人を白い光が包み込んだ。
次の瞬間には、六人は高層建築物の上層階であろう室内に立っていた。
広いラウンジになっていて、バーカウンターと座り心地のよさそうな
椅子とテーブルが間隔を開けて、並んでいた。
壁は大半がガラスで、外のよく晴れている景色と看取り溢れる都市が
一望できるようになっていた。
獣人たちは、景色をよく眺めることができる席に但馬たちを案内すると
片方はカウンター内で飲み物を作り始め、もう片方は立ったまま景色をバックに
「では、ご案内を始めてよろしいですか?」
クラーゴンが苦笑しながら
「よくわかんないけど、良いわ」
と皆を代表して言うと、獣人はホッとした表情で頷いて
「ここは、銀河帝国首都のレジェンドオブロボシティです」
と言って、コイナメが感心した顔で
「なんか、ストレートな都市名だねぇ」
獣人は真面目な顔で頷くと
「我らが偉大なるロボ皇帝は、今からちょうど100年前にこの星にたどり着かれ
そして、この地を首都と定められました」
と言いながら手元から小さな金属片を取り出して
それをテーブルに置くと、立体映像を宙に映し出した。
そこには、立体的な数百の惑星や十数の恒星が
公転や自転を複雑に繰り返していた。
それを見た但馬は目を回しながら
「太陽が中心じゃないぞ……なんだこの星の配置図は……」
アルデハイトは苦笑しながら
「まるでパズルのようですね。重力異常地帯と公転を自らの重力波で制御する星と
それからいくつかの恒星、遠目にある小型ブラックホール。
公転周期の長い星で、百七十年に一度、他星のずれた公転を補正……」
クラーゴンが目を細長めながら
「明らかにマイカちゃんが創った星系のパズルよね、これ」
アルデハイトが頷いて
「……おかしいとは思っていましたが、このパズルを解けと言うことらしいです」
獣人が困った顔をしながら
「あの、続きをお話しても?」
コイナメが微笑みながら頷くと、彼はホッとした顔で
「この表示されている地域が現在の我ら銀河帝国支配地域です。
ロボ皇帝は六十七年前に冷凍睡眠に入られましたが
その時に、あとのことを託すと言って、本日あなたたち来訪者が来るという予言と
そして、これを皆様にと」
彼はスーツの懐から大事そうに、紫色の卵状の物体を取り出して
アルデハイトに手渡してきた。
アルデハイトは若干嫌そうな表情で受け取ると
「意図は理解しました。あの、よければ、お二人は出てもらえませんか?」
獣人は深く頷くと、もう一人の獣人が飲み物注いだグラスを四人分テーブルに置き
そして二人揃って深々と頭を下げると出て行った。
アルデハイトはホッとした顔で手の中で卵状の物体を弄びながら
「ここまでのやりとりまで全て、予言されてますね。
二人の安心した顔ときたら」
と皮肉めいた表情で述べる。そして紫の卵状の物体をテーブルに置くと
「見たことあるでしょう?」
と但馬に問うた。彼は頷いて
「マイカの身体の中に入ってたりしたやつだよな。口ができて喋る」
「そうです。我々、高次元人は時空を操作するガイドビーコンとして
これをよく使うんですよ。つまり、マイカさんの置き土産ですね」
そう言いながらアルデハイトは卵状の物体をピンっと長い右手の人差し指で弾いた。
すると、その表面に多数の口ができて、全てマイカの声で一斉に喋り出す。
「そう。クラリスそうだ。もうちょいレモーメルに寄せていけ」
「移住を提案する。なぜならこの星は、これから公転周期が変化するからだ」
「このまま二種族で対立していると破滅するぞ。クラリスに移住しろ」
「私が死ななくても変わりはいるもの」
「角度をつけていけ。そうだ。わかってきたな」
「二つの恒星の間をすりぬけるように、大回廊を伸ばし行け」
「磁気嵐のエネルギー転換装置の誤作動で、君たちは人格をもったわけだが」
「ロボ、いいのか?私のために。そうか」
「複雑性に対抗するには、同様の複雑さが必要だろう?」
「それがパズルのように嵌れば、ということだよ。アルデハイト」
そして口たちは一斉に閉じた。名前をいきなり呼ばれたアルデハイトは驚いて
「なぜ、私の名前を……」
クラーゴンが苦笑しながら
「驚かせたかっただけよ。深い意味はないわ。それよりも
何かわかりましたか?」
アルデハイトは難しい表情で頷いて、星間図を指さしながら
「ええ。この恒星と恒星の間の細い構造物と、その先にある
太陽圏の火星のような荒野の惑星がキーですね」
コイナメがニコニコしながら
「じゃあ、その、マイカちゃんのパズル見物といきますか」
立ち上がると、三人も立ち上がり、同時に白い光に包まれてその場から消えた。
宇宙外。
真っ青な空の下、荒野のど真ん中
どこまでも伸びていく舗装された二車線の一本道を
セーラー服姿の鈴中が、後ろ歩きでゆっくりと進んでいく。
「意味なんてないのよねぇ……」
鈴中は小さく呟く。
次の瞬間には鈴中の身体は消えて、そしてまた後ろ向きで歩き出す。
「繋がりも、過去も、未来も、時間も、位置も
存在も、言葉も、願いも、愛も、祈りも……ないのよねぇ……」
と呟いた瞬間に、また鈴中は消えた。
そして再出現して、後ろ向きで歩き始めた。
「でも、意味を探してしまうのが、我々生命体でしてね」
と言って、また鈴中は消えた。そして今度は白のジャージと青いハーフパンツの
体操服姿で再出現して、逆さ立ちしつつ後ろ向きに進み始めた。
「……セーラー服だと、逆立ちするとスカートがねぇ……」
鈴中はそう言いながらピタッと立ち止まる。
「消えないか……そういう因果とかもないのよねぇ……」
時速数百キロは軽く出ているであろうボロボロの軽トラックが軋みながら
遥か遠くから走ってきて、鈴中は背中から轢かれると
空へと舞い上がった。
そのまま、青空へとフワフワと昇っていく。
「意味なんてないのよねぇ……」
鈴中は鼻血を噴き出しながら言う。
「でも、私である意志は、確かにここにあるわけで」
「そして、私は但馬を探して、この宇宙外に来ているわけで……」
鈴中はまた消えた。
次の瞬間には、セーラー服で逆立ちして道のど真ん中に戻っていた。
そのまま後ろ向きで進み始める。
スカートは膝で上手く引っかけて、下まで落ちていない。
「我ながら上手いと思うわ。でも、そりゃそうよね。
十何億年生きてきて、そのあとは時間の縛りから抜けて
そして、こんな宇宙外まで一人で来てるんだから
そりゃ、なんでもできるわよね」
と言いながら後ろ向きで進んでいく鈴中に向けて遠くから
体重百五十キロは軽くありそうな相撲力士たちの集団が
張り手の動作を高速で繰り返しながら迫ってきて
そのまま鈴中は張り手の嵐を食らった背中から突き上げられて
また青空へと舞い上がった。
そのまま上へとフワフワと浮き上がっていく。
鈴中は悟りきった爽やかな表情で
「意味はないのよ。これに意味はない。故に意味かある。
進んではだめだし、意味を求めてもだめ。
不条理というわけではないけれど、道理はない」
青空へと大の字で寝転がるように仰向けで鈴中は上がっていく。
「生きているわけではないし、死んでもいないし
求めているわけではないし、求めないわけでもない……。
そうして歩んでいくのが、この道理のない宇宙外のルール」
そして口と目を結んで、しばらく青空へと浮き穿って考えると
パッと両目と口を開けて
「やってられるかああああああああ!!」
と言った瞬間に、数千キロに及ぶ太一用を持つ
超巨大な渦巻く白龍へと姿を変えて
荒野も青空も、延々と続く道路も全て焼き払い消し去ると
「私は鈴中美射!!但馬を探し求める女!
私を遮るものは全て消え失せればいい!」
と大きな島一つ分もある頭の突き出た口を恐ろし気に開けて
どこまでも響き渡る声で宣言した。
しかし、次の瞬間には無数の大小のピンク色の泡で
その、超巨大な身体全体が包み込まれて行き
瞬く間にその場から消え失せた。
そして、荒野も道も完全に元に戻った景色の中にポツンと
逆さ立ちしたセーラー服姿の鈴中だけが残る。
彼女は大きくため息を吐くと
「はいはい。意味ないのよね。わかったわかった。もうちょっとだけ付き合ってあげる」
と言いながら、逆さ立ちしたまま後ろ向きに一本道を進んでいく。