間違いなくどこにも
ナーニャとエパータムは
大いなる翼の様々な飛行機の並べられた広い格納庫を歩いて行き
そして、エレベーターに乗り、最上階の但馬家の部屋の前まで歩いてきた。
「やっさしー。一瞬でワープできるのに私に合わせてくれたねー」
エパータムがニコニコしながら
真面目な顔をしているナーニャに声をかける。
「……みんな、居るんでしょ?」
「うん。タジマ家親族一同いるよ?」
ナーニャはたじろいだ顔で
「……気配で分かってたけど、ソウタおじさんも
ミーシャおばさんも居るよね?」
エパータムは黙って頷いた。
「うぅ……な、なんか……」
立ち去ろうとするナーニャの手をエパータムは掴んで
「私も居るよ。気にしないで大丈夫」
優しく微笑んだ。
扉を開けて中へと入った二人は、テーブルを囲んだソファに
各々難しい顔で座っていた、タガグロ、ノア、アシン、ハル
そしてショートドレスの上から
ローレシアンの国旗が刺繍されたマントを纏ったミーシャ
さらにいつも通り上半身裸で
ボサボサの髪で目を隠しているソウタに
一斉に見つめられた。
「うっ……」
泣きそうな顔で逃げようとしたナーニャの腕を
エパータムがニコニコしながら引っ張っていき
ちょうど二人分空いていたソファの席に並んで座ると
「うん。タカユキが死んだの」
といきなり言い放った。
ギョッとした顔で、エパータムを見つめたナーニャと対照的に
誰も顔を上げようとしない。
さらにエパータムはニコニコしながら
「そんな深刻な顔しなくても、タカユキは戻ってくるって!」
まったく悲壮感なく、全員に声をかける。
タガグロが大きくため息を吐きながら
「そうやな。たっくんは、あらゆる苦難を乗り越えとったな」
とテーブルを挟んで自信なさそうに座っているナーニャを見つめた。
「でっ、でも……お父しゃんを私、感じられてないよ……。
まだ生き返ってないと思う……」
ナーニャがつい、そう呟いてしまうと
タガグロは口をグッと結んで
「娘のあんたが信じんでどうするんや!
たっくんはいつだって戻った来た!
ぱいせんと無茶な奇跡を起こしてたやろ?」
「……う、うん……でもミイ先生も多分……」
ナーニャがそう言ってうな垂れると、ミーシャが立ち上がり
「……ナーニャちゃん、私は途中で兄さんの旅にはついていけなくなったけど
兄さんはどんな悲惨な状況でも決して諦めなかったって聞いてる。
だから、必ず兄さんは還ってくるよ。そうでしょ?ソウタ」
ソウタがボサボサの髪をかきながら照れくさそうに
「まぁね。客観的に考えてその可能性は高いだろうね。
だけど、ナーニャちゃん」
ソウタは虹色に輝く両目でナーニャを見つめながら
「もし、兄ちゃんが戻ってこられなかったときのこと
君はちゃんと考えているかい?」
「えっ……そっ、それはどういうことなの……」
ナーニャは焦りながら、タガグロに助け船を求めるように目線を送った。
タガグロは深く息を吐いて
「……万が一の時は、あんたが、たっくんの跡を継ぐってことや。
たっくんがしていたように、幾つもの世界を飛び回って
困っている人たちを助けたりせんといかんってことや」
まっすぐにナーニャの目を見つめて言った。
ナーニャは戸惑った顔で立ち上がろうとして
エパータムから手を引かれ、座り直させられる。
「わっ、私には無理だよぉぉ……」
ナーニャが半泣きになりながら
家族と親戚一同を見回す。
ノアが悔しそうな顔をしながら
「俺とアシンがもう少しでかくなるまでは
お前が、その役目なのは誰が見たって明らかだろ?
父さんだって、そう望んでるはずだ」
アシンも黙って頷いた。
ナーニャが慌てふためいて視線を泳がし、目が合った
ミーシャは真剣な統治者の顔で頷いている。
「ナーニャ、たっくんは、間違いなくどこにもおらんのやな?」
タガグロの真剣な眼差しにナーニャは深く頷いた。
「よし。分かったわ。
きっとたっくんは戻ってくる。戻ってくるけれど
現実的な対処もしていかんとな。
ナーニャ、ちゃんと覚悟しとき。解散や。
ミーシャさん、ソウタさん、御足労ありがとうごさいました。
各界の最高クラスの要人には、うちの旦那が行方不明ということは伝えておいてください」
ミーシャとソウタは同時に深く頷いて
ミーシャはサッと立ち上がり、部屋から足早に出ていき
ソウタはソファのすぐ横の空間に穴を開けて冥界へと帰って行った。
タガグロも立ち上がり
「ノア、アシン、学校行くで。
あんたたちはナーニャに足らん教養や社会的常識を
徹底的に学ばんといかん、そして三人で世界を支えるんや」
二人は黙って頷いて、タガグロと共に部屋を出て行った。
唖然とした顔で取り残されたナーニャは
「……?おっ、お父しゃん居ないのに
がっ、学校……?え……」
隣でニコニコしているエパータムに尋ねる。
「あははは。さすがタジマファミリー。
腰の据わり方が違うねぇ……グッチーに面白い土産話ができちゃった」
「ど、どういうことなの……」
戸惑うナーニャに、エパータムは半笑いで
「覇者の家族が、メソメソしていられないってことだよ。
わずかな時間も惜しいんでしょう?」
「えっ……でも、私、まだ……そんなに」
ナーニャは深くうな垂れる。
エパータムは笑いながら
「ナーニャはそれでいいんだよ。私思うんだ。
タカユキって、無駄に人が良くて、どっか抜けてて……つまり
凡人並みの頭脳や人格と、異様な強さのアンバランスさに悩みながら
何とか戦い抜いてたんじゃないかなぁ。
だからね……」
「だから……?」
救いを求めるような顔のナーニャにエパータムは
ニヤニヤしながら
「ナーニャは、よく似てるってことだよ。タカユキに。
はーい、ここで問題でーす。
タカユキに沢山あって、ナーニャちゃんに決定的にないものはないでしょう?」
「そっ、そんなの……いっぱいあるよ……。
わっ、私、お父しゃんほど、色んなこと知らないし……」
ナーニャが頭を抱え始めると、
エパータムは嬉しそうに口を大きく開けて
「人望だね。王者の二代目はいっつもこれで躓くんだよ。
ということで。ぶっこみまくってろくに後片付けしなかった
タカユキの後始末をして人望をちょっとあげよっかな」
「う、うん。よくわかんないけど
それをしよう……いや、そうだね。
私、大事なこと何も知らないから、色々教えてください。お願いします」
両手を取って頭を下げてきたナーニャに
エパータムはゾクゾクした顔をしながら
「うーっ!いいなぁ!なんかいいなぁ!
深い友情の中に潜む、熱い礼節?って感じ?
教えます!何でも教えますよ!
ああああ……グッチーに色々話したい……」
ナーニャの手を握り直した。
ずっと通学路を歩いて行き、そして朝の櫻塚町の町並みを左右に眺めながら
浜辺へ向けて歩いていく。
ソフトクリームはいつの間にかコーンまで食べ切った。
不思議だ。暴走している俺の能力による造り物だと分かっているのに
なんか落ち着く、悪のナカランの創りだした櫻塚町に居た時よりも
安心感が段違いである。
俺の手を握ったまま歩いているコイナメが
時折通り過ぎる作業着やスーツを着た出勤中の大人たちを見ながら
「今のところ良いかな。
モブにまったく敵意を感じない。
皆、優し気で、タカユキさんの心が落ち着いていることが分かる」
「俺の心と連動してるのか?」
「うん。だから、浜辺にでも行きましょう?
そこで、昼までだらっと過ごして、お昼になったら何か食べて
それから……」
「もうデートプランっすよねそれ?」
嫌な既視感しかない。
コイナメは美射の顔でニカッと微笑み
「うん。でも心配しないで、ミイちゃんみたいに肉体関係まで求めないから。
ほらあれよ、デートのワビサビ極めた的なやつね。
私もほら、最初はプラトニックラブってやつ?
タカユキさん練習台にする感じで、キスも無しでいこうかと」
何言ってるか殆ど分からないが、とりあえず頷いて
「それはマジでありがたいっす……」
そういうしかない。ここはコイナメに任せよう。
町を抜けて、たどり着いた午前の陽光に照らされた
誰も居ない穏やかな浜辺で砂の上に腰を下ろす。
「ああ、シゲパーと話してたとこだわ、ここ……」
何となく嫌な記憶がよみがえる。
シゲパーあっさりやられたよな……今どこに幽閉されているのか。
コイナメが俺の背中を軽く叩きながら
「きっと、何とかなるって、落ち着いて」
ニカッと笑ってきた。
コイナメと並んでボーっと浜辺から青空を眺めていると
「よっこいしょっと」
いつの間にか、薄緑色の作業着姿のおじさん……いや
刈り上げた髪を真ん中分けにした小柄なパフェランテが
俺の右隣に座っていた。
「……ど、どうも、お久しぶりです」
「ん、ああ。一応礼言うとくわ。ありがとさん」
彼は自嘲するような笑みを浮かべながら
「というか、次は君に取り込まれたけどな」
「……さっき、キドさんにも会いましたよ。
あの人は、何にも言わずにソフトクリーム屋してましたけど
やっぱり、そんな感じなんですか……」
逆隣りのコイナメは黙って聞いている。
パフェランテは、俺を見ずに正面の波打ち際を眺めながら
「……酷な事言うようやけどなぁ。
君、前の君とはとっくに違うで。
悪のナカランをあっさり殺して、その全てを取り込んでしまったみたいやわ」
「……よくわかんないですけど、やっぱり、俺、死んだままなんですか?」
パフェランテはいきなり軽く噴き出して
「死んだ。かぁ……そういう現象も君にはもう当てはまらんかもなぁ。
……陳腐な表現やけど、概念的な生命体になったとも言えるわな
共鳴粒子も何も関係なしで、時間も空間も透過して存在し続ける意志の塊みたいな」
俺はしばらく黙り込んだ後に
「あの、何でも良いんですけど
また、家族と暮らしていけるんですかね?」
一番気になっていたことを訊いた。
パフェランテは鼻で哂いながら
「……君、ほんとに普通やなぁ。
なんか悩んだりとか、哀しんだり喜んだりとか
そういうのはないんか?」
俺は苦笑いして
「いや、もうほんとたった数年で色んな物理体に入ったし
変な世界に連れて行かれ続けて、自分がどんな状態とか
どうでもよくなってしまったというか……」
パフェランテはチラッと俺の顔を見て
口元を歪ませて、立ちあがりながら
「おもろいなぁ。荒廃してただけのナカランと違って取り込まれ甲斐があるわ。
とりあえず、隣の変な生き物とゆっくりしたらええよ。
外からの何らかの干渉を待つという手は間違ってないと思う」
そう言って、浜辺を音もなく去って行った。
ずっと黙っていたコイナメが
「あの人肝心なことは誤魔化したけど、きっと
タカユキさんが、ご家族と暮らせる日は来ると思う!」
俺の背中を軽く何度も叩きながら言ってくる。
深く息を吐いてから
「まぁ、待つよ。ずっと頑張りすぎていたし
死んだと思ってたから、むしろまだ存在していて運がいいと思うかな……」
「それがいいよ!」
コイナメはいきなり立ち上がり
「あーっ、なんかお腹すいた!」
と両腕を思いっきり上に伸ばした。
どれだけ長い休みになるか分からないが、皆を信じて待とうか。
わた……わたしは……わたしは無から生まれ出でしもの
時空間を突き抜けるほどの超エネルギーの爆散により
新たなビッグバンを起こし
あの地点から"わたしそのもの"に何一つ残さず塗り替えられた。
並列に並ぶ無数の開闢そして消滅まで何もかも感じる。
何もかも認知できる。
わ、わたしは全ての苗床
私は存在の明滅を見届けし者
わ、わたしは、私は……私は私は
但馬に……
但馬に会いたい……
但馬ぁ……タジマぁ……たじま
どこなのぉ……居ない……どこにも……どこにも……