不完全な感じ
黒い骨を但馬は、固まったまま見下ろす。
急に但馬の頬から涙が伝っていき、その骨の下へと落ちた。
そして彼はゆっくりとしゃがみ込むと
「……これ、きっと、俺の知ってる誰かだ……」
そう言って、涙を服の袖で拭った。
少し気分が悪そうなコイナメもフラフラと近づいてきて、隣にしゃがみ込み
「……並べてみよっか?」
と真面目な口調で呟き、但馬は一瞬、唖然とした顔を彼女に向けると
すぐに感傷を振り払った決意した表情で
「……うん。不謹慎かもしれないけど……それしかないかもしれない」
二人は崩れ落ちて、重なった骨を一つずつ、素手で摘み
人の形に並べ始めた。
半時間ほど、四苦八苦しながら地面に黒い骨を並べ終わると
それを見下ろした但馬は、何とも言えない顔で
「少なくとも俺の家族じゃない。背が高い、男だな……」
「心当たりはあるの?」
「……タズマエの人の姿だと小さいし、山口より大人の骨格な気がする……」
コイナメは大腿骨当たりの骨を見つめながら
「四十過ぎくらいかな?若くて三十代半ばくらい?体使う仕事ぽいね」
「……たしかに、貧弱な感じはしない……誰だろう……」
但馬は必死に思い出そうとするが、途中で絶望的な顔になり
「わからない……ロウタだと背が高すぎるし、アルデハイトはこんな感じでは死なない。
なんで、思い出せないんだろう……」
「んーむ」
コイナメは軽く唸りながらグルっと人型に並べられた骨の周りを一周すると
「よしっ!お墓に埋葬しよう!」
ニカッと笑って但馬に提案してくる。
彼はしばらく戸惑った表情でコイナメと骨を見比べると
自らを納得させるように何度も頷いて
「……それがいいのかもしれない。ここで並べたままなのも
なんか……この人に、悪い気がするし」
コイナメは微笑みながら頷いて
「消えたみんなもそのうち帰ってくるように、いいことしよっ」
トントンと但馬の肩を叩く。
二人はしばらく並べた骨をベンチに並んで座って見つめながら
どこに埋葬するか話し合った挙句に
「この町で最高の墓地って、やっぱり山根さんの御先祖が埋葬されてるあそこ?」
というコイナメの発言をきっかけに
山根家へと続く隠し通路がある集合墓地の近くの山林を切り開いて
穴を掘って埋めるとよいのではないかと言う結論になった。
但馬がポツリと
「こんなこと、やっていていいんだろうか……」
というとコイナメがポンポンと肩を叩きながら
「いいよいいよ。なるようにしかならないし、消えた皆を探しても多分意味ないでしょ?」
但馬は大きく息を吐いてから頷いて
「……それは分かるよ。俺の能力が創り出した世界だからかもしれないけど」
そして暮れていく夕陽を見上げ
「埋葬は明日にしよう」
と言いながら立ち上がった。
その夜。
神社の境内ど真ん中に
人型に並べられていた骨がガシャガシャ音を立てながら結合していき
そして大の字に寝そべった状態からゆっくりと起き上がる。
黒く焦げた骨は、軽く頭を回して左右の状況を確認すると
両手を軽く広げて肩をすくめ、やってられないと言ったポーズをする。
そしてカチカチと音をさせ、何か喋ろうとして、他の音が一切出ずに
さらに肩を落とした。
人型の骨は、一歩その場から歩き出そうとして
何かに気づいたかのように、自らの骨だけの身体を触り
しばらくその場に固まり、そして、月の出ている夜空を見上げ始めた。
しばらく、月明かりを浴びて、空を見上げたままの彼は
座り込むと自らの各部位の骨を右手で抜き取っていき
そこら中に、自分の骨をばらまきながら自壊していく。
最後に頭蓋骨を首から抜き取ると、残っていた右手もバラバラになり
その場にまた夜の静寂が訪れた。
翌朝。
但馬がコイナメを抱えて空から神社へと着地する直前に
境内内に散らばっている黒い骨たちを見つけ
慌てて、コイナメを地面に降ろして見回す。
「……なんで……」
コイナメは踏まないよう慎重に歩きながら
散らばっている骨を調べ周った後に
「……ここ、右腕が繋がった胴体が残ってる」
そう但馬を手招きする。彼は慌てて近寄って骨を踏みそうになり
軽く横ステップして残像を出しながらそれをかわし
すぐにコイナメの足元近くに横たわる肋骨の太い胴体部分の骨と
そこに接合した右腕の骨を口を開けて、唖然とした顔で眺めた。
そして、冷や汗を垂らしながら
「こ、これって、夜の間にこの骨がくっついて、そして散らばったってこと?」
コイナメも隣にしゃがむと、真面目な顔で
「あなたがわかんなかったってことは……やっぱり異物だね」
但馬は今更気づいた顔で
「そ、そうか、この世界は俺自身みたいなもんだから
こんな異変があったら、ふつう気づくんだよな……」
二人は隣り合って、しばらく神妙に横たわった黒い骨を見つめると
同時にお互いの顔を見て
「埋葬しよう」「埋めよう」
と言った。しかしコイナメは思い直した顔で
「で、でもね?もしかしたら、この骨を生き返らしたりしたら
な、なんか大事なことが分かるかよ?みんながなんで消えちゃったかとか」
但馬は眉間にしわを寄せて
「……あのさ、これ、美射の罠だろ……」
コイナメはいきなり噴き出して、そして笑いだすと口を押えながら
「ミイちゃんは、こんな単純な侵入の仕方はしないよ。
もっと遥かに地味か、世界そのものを壊すような派手じゃない?」
「……確かにそうかもしれないけど……」
但馬は、神妙な面持ちのままで
「……一晩待ってみたけど、みんな帰ってこないし、骨は動いてるしで
なんか、なんなんだろうな……」
「そうだねー」
コイナメはピンク色のツインテールの左の先を触りながらニコニコしながら頷く。
そして但馬が止めるまでもなく、ササッと昨日と同じように骨を地面に並べ始めた。
胴体と繋がっている右腕部分はそのままにして横たえて
他の部分はほぼ昨日と同じように人型に並べられた。
そしてコイナメは上機嫌な顔で、横で頭を押さえながら立っている但馬を見つめる。
但馬は大きく息を吐いて、軽く青空を見上げると
両手を頭蓋骨辺りの上へと翳し
「なんだろ……この骨をベースにして、肉とか臓器とか皮とかつける感じ?」
コイナメは「うんうん」と頷くと
「あなたの世界なんだから、この異物にあなたがお肉をつけてあげれば
きっと、変わると思うよ?」
「……お、おう……やってみよか……」
明らかにではない表情で但馬は、両目を閉じて集中し始めた。
ほぼ同時に、人型に並べられた黒い骨が虹色に発光し始めて
ゆっくりと全体が接合していった。
瞬く間に横たわった黒い骨に筋肉や内臓がついていき
そしてそれらを皮が覆っていくと、コイナメは一瞬「あっ」と声を上げた。
あきらかに骨格と合わない膨れて所々潰れたその顔は
鈴中美射のものだった。
左右の大きさが違う両目を見開いて、嬉しそうに
大きすぎる唇だと辛うじてわかる膨れた口をニンマリと邪悪に微笑ませる。
コイナメの声を聴いて薄目を開けた但馬が全身から冷や汗を垂らして
素早く黒い骨に手をかざすのをやめると、
それらは瞬時に崩れ始めていき
「ぬっ、ぬおおおお……たぁっ、たはぁじぃ……まおぉおおおおおおおお……ごぼっ」
と低い咆哮のようなうめき声をあげ、ベチャベチャッと吐瀉物が落ちるような音をさせて
地べたへとゲル状に散らばってばらまかれた。
但馬は全身から脂汗と冷や汗を大量に流しながら
「あっ、危なかった……そ、そうか、あいつは常に思考の盲点を突くよな……」
コイナメは反省した顔で
「ごめん……わざとじゃないです……」
但馬の横で項垂れる。但馬は引きつった笑みで首を横に振り
「い、いいんだ……あのモンスターサイコが居ない平和な生活に慣れすぎてて
そ、それよりも、この骨、早く処分しないと……」
焦って手をかざして黒い骨とゲル状の肉体だったものを消そうとする但馬の肩を
コイナメは掴んで
「ちょ、ちょっと待って。なんか変でしょ?ミイちゃんなら、もっと……」
但馬は歯を食いしばって、コイナメの方を向き
何とか話を聞こうという顔をする。コイナメは必死に考えながら
「もっと、鮮やかだと……いや、ダメだ。それで騙されたんだし……」
但馬は噴き出る額の冷や汗をぬぐって
「うーん……確かに、あっさり崩れたし、なんというか、こう不完全な感じが……」
「そうっ!不完全なの!なんだろ……この骨に宿ってるんだけど
ちゃんと宿り切れていないような……変じゃない?
それに、さっきタカユキさんの知ってる誰かだって言ったよね?
この骨自体は……なんか、ミイちゃんじゃないと思うんだけど……」
「……」
但馬は腕を組み、黙って考え始めた。




