諦念のネーミング/根回し
「間に合わないことってあると、セイ様は思う」
膨大な数の本棚とレコード棚、そして立てかけられた無数の絵画に囲まれた
広大な部屋の中心で
天幕のついた広いベッドで分厚い本を読みつつ
寝そべっている黒下着姿のセイがボソッと呟いた。
ベッどの下には脱ぎ捨てられたスーツが乱雑に脱ぎ捨てられている。
「忘れないことと、間に合わないことは別だとセイ様は思うんだよ」
他に誰もいない室内でセイは呟き続ける。
「セイ様の青春はこのゲシウムで終わったんだ。
あとはタカユキが心残りなだけで、結局のところ、セイ様はもう立派な大人だ……」
そこまで呟いたところでセイはいきなり立ち上がり、ベッドの外を鋭い目つきで見つめた。
そこにはいつの間にか、セーラー服姿の鈴中美射が立っていて、呆れた顔をセイに向けている。
「魔族の百二十歳とかってさー。ようやく人で言えば三十越えたかどうかってとこよねぇ?
まだまだぺーぺーでしょー?」
「……やらんぞ」
セイはそう言ってどこかへと消えた……と思ったその次の刹那には
驚愕に満ちた顔でベッド脇に何故か腰かけていた。
その隣には難しい顔をした鈴中美射が腕組みして座っている。
そして重々しく口を開くと
「やんないのもいいのよ。何もかも途中で放り出して
どっかに消えちゃうのも悪くないと思うわ。
どうせ、他者はあなたのこと、そんなに気にしてないからね」
セイは愕然とした顔で鈴中の方を見つめた。
鈴中はニヤリと悪意のある表情を浮かべると
「どーでもいいのよ。あなたの創作活動なんて。
星の海ほどある作品群の中に、埋もれるだけだわ。
その時代に名作と言われるものだって、百ラグヌスもあれば殆ど消え失せるし。
生活様式の違う後の世代にとって、現代の芸術作品なんてほぼゴミよゴミ。
大きな違いがあるとすれば、金になるかならないか程度でしょ?
ま、それは芸術の本質とは関係ないけどねー。
ってか奇跡的に名が残った場合、作者が貧乏不遇早逝の方が後世でウケますしー。
そういうのって普遍的だから、感情移入し易いからねー。
生まれながらにほぼ全て持ってるセイちゃんって、そういう意味でも芸術家不適格者そのものよねー。
アグラニウスに居たときにやってたみたいにパトロンがいいとこなのではー?」
セイはガタガタと震えだして、縋りつくような涙目を鈴中に向ける。
鈴中は実に満足そうに
「あらーよくご存じなのではー?芸術愛好家のセイ様はー?」
セイは何とか絞り出すように
「とっ、友達じゃないのか?いっ、いやお前的には親友だろ?なんてこと言うんだ……」
鈴中は急にニコニコ笑いだすと
「もちろんよ!でも但馬はもっと大事なの!」
セイは小刻みに震えたまま顔面蒼白になっていきながら
「おっ、お前は、セイ様に何をさせたいんだ……」
鈴中は急に満面の笑みに変わると、ニコニコしながらセイの右手を優しくとり
「ちゃんと待ってて」
「こっ、ここでか……?」
「うん。ナーニャちゃんがここに辿り着くまで、どこにも行かないで待っててね」
セイは拍子抜けした顔をして
「そっ、それだけか?」
鈴中は一瞬鬼神の如き表情になり、ツインテールを闘気で浮かび上がらせながら
「……動いたら、あなたの芸術家としての未来を跡形もなく潰すから」
セイは気づいた顔で
「ちょ、ちょっと待て!みっ、未来!?そっ、それって!
セイ様には才能が本当にあるのか!?
セイ様の曲が世に受け入れられることがあるのか!?」
鈴中は微かに意味ありげな表情を残してスッと消えた。
セイは立ち上がって、一瞬考えたような表情をすると
大きくため息を吐き出して、再びベッドの脇に座り込んだ。
「……間に合うのか……いや……」
そう呟いて、しばらくすると何か決意した顔で
遠くの本棚に向けて静かに歩き出した。
昼の日差しが差し込んだ執務室の重厚な机に座った
スーツ姿のアルデハイトが一枚の書類を難しい顔でじっと眺めている。
静かに扉が開いて、優雅な足取りで輝く宝石をちりばめたティアラを被り
空色の美しいドレスを纏ったミサキが入ってきた。
「どうしたの?ティータイムの時間だけれど」
机に近づくとミサキは怪訝そうな顔をする。
アルデハイトは黙って長い腕を伸ばし、ミサキに書類を渡した。
その書類に目を通したミサキは微かに表情を曇らせて
「連名か……」
僅か前のフィアンセを見つめる女性の顔から、女王の表情と雰囲気へと変わった。
アルデハイトが難しい顔で
「魔族を代表して魔族皇、それからマシーナリーを代表してリサさん
さらには、海皇の代理としてタガグロ様……」
ミサキはその言葉に続けて
「聖竜ライグァークの代理署名まである」
怪訝な顔でアルデハイトを見つめると、彼は頷いて
「ステージを上げろということです。初の国際審判案件として」
ミサキは難しい顔で書類を持ったまま、近くのソファに座り込むと
「確かに、マロン・ポロンスキーはタジマ様の友の一人と言っても良いけれど
我がローレシアン王国としては極悪人の彼女を許すことはできない。
極刑に処するための証拠も長年かけて貯めていたのに」
アルデハイトが軽くため息を吐きながら天井を見上げ
「生き残るための裏取引も全て拒否しましたからねぇ。
レッドミラブでも、ナホンでも東の大陸でもダメで
私の責任で冥王と交渉して、魔族の名家令嬢に転生する案すらも撥ねつけてきました」
ミサキはティアラを膝に置くと、苦笑いして
「この国を愛してくれるのは嬉しいけれど、私としては……
重罪人の彼女を許容することはできない」
アルデハイトも真剣な顔で頷いて
「タジマ様のお仲間ということであれを赦すとろくなことになりません。
民というのは権力者側の不公正に、常にシビアなものです」
二人はしばらく黙り込んでいると、扉がノックされる。
「どうぞ」
アルデハイトが短く応えると、静かに扉が開いて
ヒラヒラの付いた金と銀の刺繡の入った緑色の貴族服に
黄金の鞘をもつ長刀を腰に帯剣したロウタ、そしてスーツ姿の長身のタズマエが入ってきた。
「あ、女王様、例の話訊きました?」
軽い感じで、ロウタはミサキの近くのソファに腰を下ろした。
少し離れて立ったままのタズマエは苦々しくロウタに
「おい、超がつく重要案件だと言ったじゃないか」
すぐに窘める。彼は気づいた顔でミサキに向け、軽く目線で謝ってから
「スガ家としては、国際法廷にマロン・ポロンスキーを召喚するのは賛成です。
ローレシアン軍急進派は、お戻りになったクラーゴン大将が抑え込めるかと」
そう、まじめな口調で告げた。ミサキは微かに頷いて
アルデハイトはロウタではなくタズマエを見ながら
「東の大陸の竜の長老たちは?」
タズマエは髪をかきながら面倒そうに
「先の大戦で亡くなったままの
ミャグルと取り巻きの雌竜たちの即時復活が、とりまとめの交換条件とのことだ」
アルデハイトが頭を抱えて
「それがありましたね……後回しにする予定でしたが。
誰か冥界へ行かすのに適任の者は居ますか?」
タズマエが皮肉っぽく首を横に振り、ロウタが難しい顔になり
ミサキは手を顎に当てて
「えっと、ヤマグチさんはポロンスキーの監視員ですよね。
ナーニャさんは特別任務中ですか?」
アルデハイトが黙って頷くと、ミサキは困った顔で
「ソウタさんは裁判の弁護でお疲れでしょうね。
ヤマネさんはどうでしょうか?大いなる翼から動かれてはいないですよね?」
アルデハイトが難しい顔で
「武力的には申し分ないですが
"元"彼氏とセットでも、冥王と対峙させるには頼りないと思いますけど……」
四人が絶望的な顔になりつつあるところで
勢いよく扉が開くと
「ちょーっと待つケロ!!僕のことを忘れてもらっては困るケロ!」
旅装に小ぶりな剣を背負ったバンが勢いよくその蛙顔とともに中へと入ってきた。
その背後には着物姿に旅支度をすっかり整えたキヨラマーが
しっかり張り付くように立っている。
元々室内にいた四人とも残念な顔をして首を振ると
バンは茹で蛙のように顔を真っ赤にして
「最近、優秀なナホン人とかハクトウ家関係者とか
が官界や政界に入ってて暇なんだケロ!!
霊の見える僕なら冥界に行くのにうってつけだケロ!」
アルデハイトが窘める様に
「あの……まだ若いあなたなら、政界や外交官としてのキャリアもまだこれからですし
今、半ば閑職に置いているのもひと時の休暇を与えているつもりなのですが……」
その言葉を聞き流したバンはキヨマラーと共に毅然とした足取りで室内へと入ってきて
ロウタとミサキの近くまで来ると、いきなり土下座した。
「行かせて欲しいですケロ!タカユキ様のために働かせてほしいですケロ!」
アルデハイトが仕方なさそうに
「辞表を出そうとしたところ、我々の話を聞いてしまって
急遽目標を変更したということですね」
バンは咄嗟に顔を上げると、辺りを見回しながら
「ちっ、違うケロ!僕の闇のネットワークが最速で情報をキャッチしたんだケロ!」
キヨラマーも焦って身振り手振りで違うと説明しようとしている。
微笑んだミサキがティアラをつけなおすと、軽く咳払いをして
「よろしい。バン・ミヲン・ナッシュ及びにキヨラマー
女王の特務として冥界への派遣を命ずる」
アルデハイトも先ほどまでとは打って変わってニコリと頷いた。
「ただし、ヤマネ・キョウカと必ず同行すること」
バンは重々しく傅いた。
虹色のハレーションが上下左右のない空間内に滲み出てきては消えていく。
どこを切り取っても完璧に平面のような、完璧に立体のような不定形の物質が
ランダムに生み出されてはそのハレーションの中へと染み込んでいった。
その中にセーラー服の鈴中美射はゆらいで浮かびながら
「まあ、結局のところ……」
呟くように語り始める。
「繰り返す宇宙の開闢から消滅までの間と、無限のバリエーション。
言ってみればそれだけなのよね。私の存在範囲は。
ついでに、特殊空間であるミラクちゃんの拘束区域も含むんだけど。
ああ、誰に説明してるかって?あんたよ。これを見てる"窓"のね」
そしてうんざりした顔で
「とにかく、いま言った範囲内ならば
私はどこにも存在するし、どこにも存在していないともいえる。
なので当然、"お外"からちょっかいを出されるであろうポイントも推測済みよ」
そう言いながら、揺らいでいる右腕を前方に伸ばし
その先に出現した平面のような立体のような不定形の物質の中へとその突っ込んだ。
すぐに液化したようなその中から裸の男女をまとめて取り出す。
男の方は但馬孝之にそっくりで、女は鈴中美射そのものである。
二人の揺らいでいる身体は気持ちよさそうに寝ている。
「彼らの名前については"いかにもののあはれも無からん"
ある詩のどれだけ情緒のないことだろう。って意味の一節から取ったの。
そういう諦念のネーミングなの。
もう勘のいい"窓"は気づいてて"くだらねー"って思ってるわよね。
真実はいつも今一つ。地味でジメジメしててちっぽけなもんよ。
はいはい、いつも私が悪い悪い」
鈴中美射は鼻で嗤いながら、取り出した二人の揺らいでいる身体にそれぞれ
右手と左手を当てて
「対になるナカランたちよ。私の但馬を援け、そして虐げなさい。
空白を埋め、破綻ポイントを潰していくのよ」
男女ともにいきなり両眼を見開くと、次の瞬間には鈴中美射ごと
周囲に起きた広大なハレーションに包み込まれた。
その光が消え失せると、残った鈴中美射は両手を広げ
「どこから今の二人を連れてきたかって?
それは、あなたたちの見てきた中で十分に分かるはずだけど
優しい私は、もう一回説明してあげるわ。
今の但馬は私が居ないパラレルワールド出身で
パラレルワールドの私の方は、但馬が居ない世界出身よ」
辺りの異様な空間を鈴中は見回しながら
「今、二人とも別々のパラレルワールドのアグラニウスに転送したの。
いずれ、育ち切ったあの二人は出会うでしょうね。世界の垣根を越えて。
そして正反対のお互いを簡単に憎み合い、延々と闘争を始める。
状況が進むと、手段を択ばないずる賢いあの私が勝ち始め
劣勢になったあの但馬は気づくのよ。
状況を覆すため、最強の別世界の自分を探すべきだって。
そのあとは、あなたたちもよく知っているでしょう?
戦後には、私の意図通りに但馬復活の糸口すらも探し始めている」
鈴中は実に仕方なさそうな表情で
「こうすることが、クラーゴン君の強化を妨げる唯一の方法だってことよ。
こうして捻じ曲げれば、"お外"が創った破綻ポイントの効果を減らせる。
もっとも、限界あるけどね。あなたたち"窓"が見てきたものを
大幅に作り変えるわけにはいかないからね」
鈴中は大きくため息をはいて
「じゃあ、ハレーションを起こしているタキオン粒子を逆流させて
虚数空間の穴に流し込みましょうかね。
それで、この作業は終わり。わざわざ時間を伸ばして
可視化してる意味は分かるでしょ?
結局のところ、わかりやすいほうがいいってね」
そこら中で虹色のハレーションがまるで毛糸が編まれるように
収縮して重なり合いそして、縦横無尽にランダムで現れる不定形の物質を飲み込みながら
超高速で幾重にも流れていく。
辺りの空間は立体的に重なり合ったそれらをまるで一枚の絵のように平面に
そして視覚情報で理解できぬほどの多重構造へと次々に変わりながら
混ざりあい、そして離れていき、再び混ざり合いを美しく繰り返していく。
「これで、特定のパラレルワールドに特定の望んだ結果を生むことができる。
あとは、微調整していくつもりよ。
そして、それでも埋めきらない破綻ポイントは……」
鈴中美射は仕方なさそうな顔で
「ま、クラーゴン君に代償を支払ってもらいましょうか」
そう言って、その場ごと消えた。
「というわけで、ヤマネさんに会いに行く前に教えに来たケロ」
山小屋室内のテーブルをバン、隣のキヨマラーそして山口とマロンが座って囲んでいる。
「こっ、国際法廷ですか……しかも初の被告人……」
事情を説明されたらしきマロンが愕然とした顔をする。
山口も顔をしかめて
「鈴中もとんでもない因果の動かし方するなぁ」
バンはカエル顔でニヤリと笑って
「マロンちゃんはタカユキ様の仲間としての実績はトップ20入り余裕クラスだケロ。
申し訳ないけれど、もはやローレシアン王国だけで捌ききれる罪人ではないケロ」
マロンは理解できなそうな顔を、キヨラマーののっぺらぼう顔に向ける。
キヨラマーは大げさに身振り手振りを交えながら深く頷き返して
マロンはさらに困惑を深めた表情をする。
山口が咳払いをして
「王国としては断らない方向なんだろ?」
バンは両手を広げて首をかしげると
「アルデハイト大臣と王女様は断言してなかったケロ。
でも二人とも、本音ではマロンさんを殺したくはないようだケロ」
「じょ、女王様が……!ならば、復位も……」
バンは即座に首を横に振ると
「いや極悪貴族としてのマロンさんは今すぐにでも殺したいみたいだケロ。
あくまで生かしたいのは、地位から離れた一人の人間としてのマロンさんについてだケロ」
絶望に打ちひしがれるマロンを見ながら
山口が難しい顔をして
「まぁ、政治だからな。王国ではどうにもならないから
国際法廷へとステージを上げて、そこで罪を裁定しなおせと」
「しっ、しかし……それでは、わたくしは……」
困惑しているマロンにバンは
「僕もどうなるかわかんないケロ。でも立場はローレシアン王国上級貴族として裁かれるんだから
貴族の責務として出るのが筋ではないケロ?」
「そっ、そうですけれど……」
山口が首を横に振り、バンを制して
「そこまでだ。今、結論が必要な話じゃないだろう?」
バンはカエル顔を微笑ませて、キヨラマーとともに立ち上がると
「じゃあ、そういうことで。飛行機を待たせてあるケロ」
それだけ告げて、小屋から二人は足早に去っていった。
残されたマロンは真っ白な顔で力ない表情を浮かべる。
山口は苦笑いをするしかない、と言った表情で二人の去った扉を見つめていた。
数時間後。
大いなる翼のある個室の自動扉をキヨラマーがつっかえ棒でひっかけて閉まらないようにした後
その中へと通路からバンがカエル口を大開きにして語り掛ける。
「逃げちゃダメだケロ!僕たちと一緒に行くケロ!」
照明の薄暗い室内奥で微かに見える座り込んだ人影が
「うっ、うるさい!もういいんだって!私は但馬なんて帰ってこなくても!
領地のことももういいし!一生ここで遊んで暮らすから!」
バンは室内へと入ると
「バルージャさん!ライトアップだケロ!」
そう叫んだ。同時に室内が明るくなり、酒瓶やゴミだらけの様子がはっきりと分かる。
奥の壁の何かがめり込んだような跡もそのままになっている。
山根はシーツを被り、部屋の隅で隠れるように小さくなっていた。
バンは真面目な顔で山根に近づいて座り込むと
「彼氏、出て行ったんだケロね?」
そう呟いた。シーツを被ったままヤマネは震えだして
その様子をバンとそして、心配そうなキヨマラーが見つめる。
しばらくするとバンが大きなカエル口を開け
「何か新しい場所にいくためには、一旦空になる必要があるって
僕はお爺ちゃんによく聞いたケロ。
ヤマネさん、今だケロ。立ち上がるケロ」
次の瞬間には、シーツを消し飛ばしてバンへと殴り掛かった山根の拳を
キヨラマーがバンの身体を咄嗟に抱きかかえて避けていた。
「お前みたいな童貞カエルに!!私の痛みが分かってたまるかああああ!!」
甲高い声でわめきながら
もう一発殴り掛かろうとする山根の背後の空間に黒い縦穴が開き
そこニュッと裸の両腕が伸びてきて
羽交い絞めにして止める。
さらにソウタがボサボサの頭をそこから出すと
虹色の両目を輝かせながら
「童貞かどうかとかって、そんな酷いなぁ。
俺だって別にいつでも捨てられるけど童貞なんだけど。
そんなにそれ無暗に捨てるのって大事?」
「はっ、離せええええええ!!」
喚き散らす山根は闘気を使おうと一瞬全身を発光させるが
すぐにそれが止んで愕然とした顔をする。
キヨラマーの腕から降ろされたバンがカエル口でニコリと笑い
「マシーナリーの人たちの最新技術だケロ。
この室内にあらかじめ仕込んでおいてもらったケロ。
共鳴粒子中和装置で、薄い闘気程度なら無効化できるものだケロ。
もちろん、エネルギー消費量が多いのでそんなに長くは続かないケロ」
山根を抑え込んだままのソウタが顔を歪めて笑いながら
「俺も多少は不快感あるね。さすが寝技のバン」
バンはあからさまに嫌そうな顔をソウタに向け
「その二つ名は超ダサいから要らないケロ。
政界と官界を行き来してたら、根回しに無駄に慣れたってだけだケロ」
バンは落ち着き払って再び山根へと近づくと
「ということで、みんなと協力すれば弱っちい僕でも
超強いヤマネさんを抑え込むことができるケロ。
ヤマネさんなら、協力すればもっと色んなことできるケロ」
「いっ、いかない……絶対行かない」
山根はそう言って目をそらす。ソウタが苦笑いして
「分からせる?」
とバンに言う。彼はカエルヘッドを大きく横に振り
山根に傅くと、その手を取り
「ヤマネ・キョウカさん、あなたの力が必要だケロ。
あとのことはいいケロ。それに領地の治績のことも僕に任せるケロ」
「えっ……」
ソウタが呆れた顔しながら
「あんたが治績で脅した程度じゃ動かないのは、みんな分かってたよ。
あのあと、一切どこにも行かずに、ずっとここに居たんだろ?
兄ちゃんと自分の領民を見捨てる覚悟だけは、あっさりとしてね。
そして、その態度で半ば愛想をつかされつつあったディルクにもとうとう見限られた」
「……」
黙り込んで下を向いた山根にバンは暖かい笑みを向けると
「僕に任せるケロ。悪いようにはしないケロ。
ちゃんとプロデュースして、名領主にしてあげるケロ」
背後でキヨラマーも腕を組み、うんうんと頷いている。
山根はポツリと
「信じていいの?カエル人間……」
「僕は最後にヤマネさんと会って離れた後、政界や官界でずっと鍛えられていたケロ。
特に今のローレシアン政界では信用は基本だケロ。
サクセスしたいならできないことは絶対言わないのが基本だケロ」
ソウタが腕の力を緩めると、山根は崩れ落ちる様にそこから滑り落ち
バンがその体を支える。
「少し休憩したら、さっそくソウタ様のご案内で冥界へと行くケロ」
「うん……」
山根は、微笑むバンの腕の中で小さく頷いた。




