パワーアップ的な何か
「被告ポロンスキーは、ローレシアン上級貴族であり、史上稀にみる重罪人である。
社会の動乱を防ぐため特別法が適用される。
よって、場所を移し、この隔離された特別判決会場で判決を述べる!」
「判決!被告人マロン・ポロンスキーを
違法薬物濫造の罪、ローレシアン貴族の品位を汚した罪
多数の庶民監禁罪、幾多の収賄罪、そしてタジマ・タカユキ様への数々の不敬罪で……」
数百人の正装した観衆にぐるりと囲まれた小さな露天のコロシアム中心部で
粗末な木の椅子に座らされている
クルクルに巻かれた金髪と真っ白なゴスロリ風ドレスを着こんだマロンが
ぐっと口を結ぶ。そこから少し離れた場所に
貴族風の服を着こんだ真面目そうな長身の男が豪華な椅子に座りアンティークの机越しに
マロンを見つめながら
「……死刑とする!」
とよく通るはっきりとした声で告げると、ゆっくりと立ち上がりその場から立ち去った。
マロンは言葉もなく深く項垂れる。
観衆たちもとくに興味なさげな顔で、軽くため息など吐きながら
観客席から立ち去って行った。
マロン以外に誰も居なくなったその場所に
真っ黒な一メートル半ほどの縦穴が開いて、中からスーツ姿のソウタが出てくる。
「あ、ごめんねー。裁判所でうまく弁護できなかった。
タジマ家の立場とか面倒でさー。てか姉ちゃん人選間違えてるよなぁ……。
何で弁護士俺なんだよ……」
ソウタはボサボサの髪をかきながら、まったく罪の意識がなさそうに述べる。
マロンは黙って横に首を振る。
空から、凄い勢いで漆黒の闘気を纏った旅装姿の山口が降りてきて
音もなく二人の近くに着地すると苦い顔で
「……裁判所で聞いていた限り、結論ありきの裁判だったな。
ソウタさん、どうする?」
「んー」
ソウタは両目を隠したボサボサの髪をかいたあとに
「一回死んでから、別の物理体で他国に転生みたいなことも
できないことはないけどね。まぁ、冥王様から怒られるけどー」
「……マロンさんは、一般人だからなぁ」
マロンはいきなり立ち上がると
「一般人とは違いますわ!わたくしは、高貴なるローレシアン貴族なのです!
でもこうなったら貴族として死にますわ!復活もいたしません!」
空をキッと見上げて、少し冷や汗を垂らしながら宣言する。
「いやいやいや、それは困るって。
兄ちゃんが戻ってきたら泣くよ?」
山口が苦笑いしながら、軽く首を横に振り
「泣く前に、意地でも生き返らせるだろ。
そういう面倒を省きたいと思って、色々動いたんだが逆効果だったな……」
「ってかさあ、因果律読んでも、どうしてもマロンさんが一回死刑になるのが
ベストなんだよなぁ……」
ソウタがポツリと漏らすと、マロンは真っ青な顔になり
「や、やはり、そうですわね……わたくしもそうだと思っていたのです……」
その場に座り込んだ。山口が少し慌てた顔で
「今後のローレシアンや西の大陸の未来のためには
法を蔑ろにするのはってことだよな?」
チラチラとソウタを見ると、彼は自らの着ているスーツの上とシャツだけを
右手から出た炎で器用に燃やしながら
「そういうことだよね。大公の姉ちゃんとかが法を覆すことはできるけど
どう考えても大罪人のマロンさんはねぇ……権力で誤魔化すにも限度がねぇ……」
いつものように上半身裸になったソウタは軽くため息をはくと
「まあ、あとは頼むよ」
そう言って、宙に空いた縦穴に入り込むと穴ごと消えた。
山口は深く息を吐いて
「というわけで、俺がミーシャ・タジマ大公からの指名で
死刑囚特別監視人を請け負ったわけです……よろしく……」
申し訳なさそうに深く頭を下げた。
「はい……よろしくお願いします……高貴なる……高貴なるローレシアン
高貴なる貴族として……うぅぅ……」
顔を覆って泣き出してしまったマロンに山口は困り顔でしゃがみこんで
「あの、身代わりで中身のない物理体を作って
逃げ出すことも簡単にできるけど……」
マロンは顔を覆ったまま、激しく首を横に振った。
「どうしても、ローレシアン貴族じゃないと嫌なのか……」
途方に暮れた顔を山口は上にあげる。
突き抜けるような青空がどこまでも広がっていた。
「コーヒー、ミルクと砂糖多めで」
「私、イチゴパフェが食べたいですっ」
高校の制服姿の但馬孝之とコイナメが、カウンター越しの
顔半分が髭に覆われていて頭髪は殆どない痩せて小柄のマスターに注文する。
七十年代辺りから時代がまったく動いていないような寂れた喫茶店に
二人は座っている。
「こんなとこ、知らないけどな。別の喫茶店なら有名なのあるんだけど」
但馬がポツリと漏らす。コイナメも頷いて
「音楽演奏できるとこでしょ?」
「そうそう。軽音楽部もライブしてたりしてたとこ」
「あーじゃあ、ここは但馬さんの世界に新規に創られた部分ね。
たぶん、何らかの……」
コイナメの言葉を遮るように
「カレーも旨いけど」
マスターがにっこり笑って低い声で呟くように言うと
「じゃあカレーも追加で!」
マスターは微笑みながら、カウンター越しで手際よく三品目の調理や用意を始めた。
手をせわしなく動かしながら
「今日はサボりかい?」
そう訊かれた二人は目を合わせてから
「キドさんでしょ?」「ソフトクリーム屋の人よね?変装上手いなぁ。体形すら変えるとか」
マスターは微かに笑って、さらに速度を上げて手を動かし続ける。
もはや人の技ではない速さと正確さで、カウンターにコーヒーとカレーが並べられた。
「パフェは食べてからでいいね?」
問いかけにコイナメは機嫌よく元気に頷いて
スプーンを手に取ると、ゆっくりとカレーに口を運び始めた。
但馬はコーヒーを啜るとポツリと
「……誰かを待つのはいいんだけど、こんなに平和でいいんだろうか」
コイナメはカレーに夢中のようか聞いていない。
グラスにイチゴパフェを今度はゆっくりと盛りだしたマスターは
チラリと但馬を見ながら
「いいんじゃないかな。闘いと人助けの日々は疲れただろう?」
但馬は少し考えてから、
「あれで、よかったのかな……。
途中からモンスターサイコにひたすら付きまとわれて
無我夢中だったけれど、冷静になってみると……」
マスターは少し止まって考えた後に
「……君の道筋について偉そうに語る言葉を持たないけれど
少なくとも恋する乙女は、かわいらしいものだよ。
どれだけ辛いことがあっても、人を愛し恋することで浄化される。
それを受け入れる度量があってもいいんじゃないかな?」
「……いや、あのサイコを受け入れられる相手はそんな居ないと思いますけど……」
但馬が脱力すると、スプーンを置いたコイナメが
「ミイちゃんは、ほんと呆れるほど運悪いんだけど
全部、恋するパワーで乗り切ってたよっ」
そういって、またカレーを口に運び始めた。
「まぁ、確かに、異常な俺への執着であいつが存在し続けてくれたのは
多少なりとも良かったんだろうけど……」
「すごーく良かったよ!私もここに居られるわけだし」
コイナメは食べる合間にそう言ってくる。
但馬は額に手を当てて、しばらく深刻に考えると
「……とてつもない悲しみとか、業とか争いをあいつと言い合いながら
結果的に軽く乗り切ってきたっていう面もあることは、あるけれど……」
マスターは、詰まれに積まれたパフェの頂上に乗せるイチゴの角度を目で測りながら
「なんか、納得いかないんだね?」
「もうちょっと、丁寧にやれたんじゃないかと思って……。
もっと色んなことを感じたり、考えたりして
色んなことを救えたんじゃないかなと……」
マスターはニヤリと笑い
「みんな、誰もがそうなんだよ。ああしとけばよかった
こうだったらよかったって終わった後に悔やむ。
だけど、例え、失敗したとしても、その時のベストがそれだったんだよ。
そう思って諦めずに続けていけば、いつか理想に近づいていくもんだ」
「……俺、まだまだ人生経験少ないなぁ……変な体験だけやたら豊富で嫌になる」
但馬はカウンターに突っ伏した。
カレーを食べ終わったコイナメが
芸術的な高さと割合で積まれに積まれたイチゴパフェのグラスを受け取りながら
「なんで一回やっちゃわなかったの?ミイちゃん二番目以降でも良かったみたいだけど」
真面目な顔で尋ねて、マスターが噴き出しそうになり
但馬はカウンターに突っ伏したまま
「……あいつほど生きてないから、そこまで恋愛に対して割り切れないし
一夫一妻の国で生まれたから、嫁以外と付き合わないってのが俺にとってのルールなんだよ……」
マスターも頷きながら
「真面目なこの国の人はね。そういうとこあるよね。分かるよ」
顔をゆっくりとあげた但馬が
「……というかこの世界なんなんすか……俺が創ってるらしいですけど」
マスターに尋ねると
「とりあえず楽しもう。俺もミスターパーフェクトも探っている最中だ」
彼は不敵に笑ってそう呟いた。
「わたくし、前世は犬だったらしいですわ」
鬱蒼とした樹海に囲まれた中に、ポツリと建っている一階建ての山小屋内で
窓の外から零れ出て揺れるような午後の穏やかな日差しが
繊細そうな右手の甲に当たっているのを見つめながらマロンがポツリと呟く。
「……?」
彼女と相対して小屋内の椅子にテーブル越しに座っている山口が首を傾げた。
二人とも先ほどと同じ服装だ。
マロンは、自分の右手を開いて日差しに当てながら
「そう、少し前にミイ様から聞きました。
なんでも、タジマ様やヤマグチさんの故郷、地球で飼われている犬だったそうです」
「ああ、俺が言うのもなんだけど……」
山口が少し戸惑いながら
「話半分くらいで聞いておいたほうがいいかもしれないよ」
マロンはニコニコと笑って、少し頷くと
「酷いのですよ。そのあとミイ様なんて言ったと思います?」
山口が苦笑いで返すと、マロンは窓の日差しを見つめながら
「どうせ元犬なんだから、ちっぽけな貴族の家とかに拘ってるんじゃないわよ。
タジマの超有能な仲間たちに縋って、何があっても生きなさい。神にでもなって
死なずにこのしょうもない世界を謳歌したらいいじゃないの。
ですって」
山口はしばらく絶句すると、椅子から立ち上がって
深く頭を下げてから
「元同級生として謝罪する。鈴中はほんと頭も良くて能力もあるけど
どうしても、あと少し人の気持ちがわからないところあって。
子供のころも、但馬や、場合によっては俺も一緒になって
あいつのことを表や裏から助けてたんだよ」
マロンは実に楽しそうに静かに笑うと
「お気になさらずに。分かっているのです。
わたくしも、タジマ様やご息女たちと冒険したでしょう?
多少は世界の広さを知っています。人の心の温かさも」
山口は静かに座りなおすと、悲しげな顔をマロンに向けた。
彼女は微笑んで、綺麗な金髪を触ると
「だけど、わたくしの根本はこのローレシアン王国という場所に根付いています。
世界を旅してより分かったのです。
わたくしはローレシアン貴族です。偉大なる祖国の責務ある貴族です。
なので、わたくしは……」
マロンは感極まって、また泣き出してしまった。
山口がハンカチを渡そうとしている、その背後から
「はいはいはいはい。あーどーでもいい!まーじーでーでーじーまーどーでもいーいー」
鈴中の冷えた声が聞こえてくる。
山口は振り返ってセーラー服姿の彼女めがけ、鋭く殺気を放ち
そしてすぐにそれを解いた。
「本物か?」
鈴中は不機嫌な顔で頷くと、舌打ちをしてから
空いている椅子を乱暴に引いて座り込む。そしてわざとらしく
「はー-----ああああああー---」
と大きなため息を吐いて、ビシッとマロンを指さし
「そんなに貴族でいたいなら、私がこっから先の未来を操作してあげるわよ!
ここより前は難しいけどこの地点から後ならどうにかなる、それでいいの!?」
マロンは呆気にとられた顔をして固まった後に、固い顔で首を横に振った。
「……ダメです。わたくしは大罪を犯したのです。
貴族として、罪は被らねば……」
鈴中が本気で嫌悪感と蔑みに満ちた表情で顔を歪め
上半身をのばし、机越しに座るマロンへと迫り
姿形は少女だが、まるで異形の化け物に錯覚するかのような禍々しさを
部屋中に放ちだした。
山口が慌てて
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前が何で出てきたかもまだ聞いてないし
そもそも無事だったのか!?」
鈴中はマロンを睨みつけたまま黙って頷く。そして
「特別死刑囚だから、山口君が監視して
この人里離れた山小屋に二人きりでいるのよね!?
はい!!"窓"への状況説明終わり!ってかさあ、タジマの時と違って
ずっと開いてないし、時空や場所が飛びすぎるから
きっとわかんないと思うのよねぇ……ほんと困るわ。
こんなぶつ切れだと、支持が得られにくいっつうの!」
意味不明な鈴中の言動に山口が首をかしげていると
鈴中は苦々しい顔で椅子に座りなおし
「……マロンちゃん、あなたが必要よ。
犬って言ったのは謝るわ。あなたは本物の貴族よ。
この先何百ラグヌスも歴史に残るクズだったあなたを
但馬が冒険によって、本物の人の上に立つべき人格に変えたの。だから……」
立ち上がろうとしたマロンの背後に影のように鈴中は瞬時に移動すると
「だめ……行かないで、私を助けてよ」
マロンの背後から涙声で抱き着いた。
抱き着かれたマロンは苦渋の表情で
「……わたくしは、死なねばならないのです。
沢山の男の子たちをかどわかし、薬物の製造に手を染め
ポロンスキー家の家名を堕としました。
悪人として死すべきです……」
「……」
いやこんなはずじゃなかったな。という顔で素面に戻った鈴中は
スッとマロンから体を離した。その瞬間に山口に右手を取られる。
「殺らせて」
「いや、ダメだ。確かにマロンさんを強制的に殺して
強制的に生き返らせたら、形の上では上手くいくけど
無理やり生きさせられたマロンさんが壊れる」
山口は低く落ち着いた声で、静かに鈴中を諭していく。
鈴中はふてくされた顔で
「あーっ、いいって、もういいって。
全部茶番よ。すべてわかっている私からしたら茶番ね。
今のアクション、リアクションの結果
この時間軸の未来が今少し動いて
死刑判決を覆そうという動きが明日には出てくるわ。
要するに再審請求が通るってことよ。
あーアホらしかった。じゃ、マロンちゃんもっかい裁判頑張ってね。
人脈と知識をフル動員して法廷で戦い抜いて
あなたがちゃんとすれば死刑は撤回されるから」
「えっ……」「……」
山口とマロンが同時に絶句している間に
鈴中は脱力した後姿を見せながら、その場から消えた。
ところ変わってゲシウム。
「なんで私たち、水浴びしてんだよ……」
頭まで澄み切った湖に浸かったナンスナーが不満げに近くを泳ぐナーニャに言う。
泳ぎを止めたナーニャは後ろで縛った金髪頭をそちらへ向け
「いっぱいお話しできて楽しかったお礼に、浸かっていけって
ヒモカヌール?さんたちが言ってるよー」
水に濡れた青髪をかきながら、訝し気な顔でナンスナーが
「パワーアップ的な何かがあるとか?」
ナーニャは濁りのない水面を両手でかきながら
「どうだろー。私たちあまり強くはないけれど、何かの助けにはなるかもねー。
って言ってる」
そう言って、湖面へと体を沈めて泳ぎ始めた。
湖は幅数百メートルでその周囲は川と深い森に囲まれている。
湖畔の砂浜ではノングが拳法のような動きを一心不乱に続けている。
それを呆れた顔でナンスナーは眺めながら
「私たち、別に戦力としてカウントされてないだろ……」
と呟いた。同時に背後から水しぶきを浴びせながら顔を出したナーニャが
「でもさー努力することはいいことだよ?」
「……聞いてたのかよ。ナーニャが居れば、別に何も困らないと思うんだけど」
「んーでもー私、いつもはナンスナーさんの近くに居ないし」
「そうじゃなくて、今は気張る必要ないって言ったんだよ。
体力温存しとかないと、ちゃんとナーニャの道案内できないしな。
それに、なんで、爺さん、美女二人が一糸まとわずに泳いでるのに
こっち見もしないんだよ……いい加減なのか真面目なのかはっきりしろよ……」
ナーニャがいきなり赤くなって
「あ、そういう……でっ、でもさーお爺さんだよ?」
「あんだけ鍛えてたら、枯れてないんじゃないか?」
「なっ、何が枯れてるの?」
興味津々のナーニャにナンスナーは難しい顔で黙ると、いきなり閃いた表情となり
「生き物としてのエネルギーってことだよ。
そういうのがある程度若いと、枯れないんだよ」
「うーん……よくわかんないなー」
またナーニャは湖を泳ぎ始めた。
「お子様だよなー」
ナンスナーがつい呟くと、今度は横からナーニャが顔を出してきて
「私のこと!?」
「うっ……いや、私のことだよ!
酒飲む以外にやれることない私だよ!」
咄嗟に誤魔化したナンスナーにナーニャは真ん丸な目を向けると
「回復魔法はー?」
「いっ、いや、それはもういいじゃないか。
ナーニャも使えるし……別に死人を生き返らせるわけでもないし
大した能力じゃないだろ……バカ女にも雑魚すぎるってよく笑われたし」
ナンスナーがボソボソ言いながら、平泳ぎでナーニャから離れようとすると
ナーニャが瞬時に泳いで追いついて、並走しながらニヤーッと笑った。
「ナーニャまで私のこと馬鹿にすんのかよ……」
沈もうとするナンスナーをナーニャは抱えて止めると
「いまさー使ってみて?この湖に向けてね」
「……」
無言のままのナンスナーの両手から緑色の閃光が迸って
辺りが緑色に鈍く光りだした。それはやがて湖一面へと広がっていき
ノングも動きを止めて、湖を見始める。
「なんだ……これ……」
「あ、気持ちいいって言ってるよ!癒されるんだって!
良かったねぇ……みんなナンスナーさんのこと好きだって」
「……」
ナンスナーは茫然とした顔のまま、両目から涙を流し始める。




