愛でしょ?
「クッ、クラちゃーん!」
禿げ頭をテカテカに光らせて、顔中歓喜と涙でぐちゃぐちゃにしたマナカが
クラーゴンの太い腕の中へと飛び込んだ。
サングラスもずれていて、つぶらな瞳が見えている。
「よーしよしよし、良い子ね」
上半身裸のクラーゴンは、筋肉質で傷だらけの身体で
マナカのふくよかな体を包み込むように深く抱きしめた。
そして二人は見つめあい、愛情深くキスを交わす。
力強く抱き合い口づけしたまま動かなくなった中年男性二人を
少し離れたところでナーニャが目を丸くして見つめ、しばらく口をパクパクさせた後
隣にいるエパータムに何とか言葉を絞り出すように
「あっあのー……おじさんとおじさんが……これって……」
エパータムはなんでもない顔で
「愛でしょ?」
とだけ答えて、少し羨ましそうな顔をする。
ナーニャは慌てながら、背後でまじめな顔をして立っている兄弟たちを見回す。
「あっ、あの……」
顎に手を当てて真剣な顔のノアが
「邪魔すんなよ。クラーゴンさんとマナカさんの感動の再会中だろ」
アシンもその横で黙ってうなづいた。さらにハルが手招きして
ナーニャの耳元で
「パパも二人の関係はちゃんと認めてたんだよ?ナーニャちゃ黙ってて」
「うっ、うんー……わっ、私が遅れてるのかな……でもさー……
魔族国のドラマでもこういうカップルはあまり無いし……」
ナーニャは少し屈んでハルの背中に隠れるように
抱き合ったまま動かない二人を見つめる。
その背後では、ソウたがニヤニヤしながら
質素だが、足の低い長テーブルや、座り心地の良さそうなソファ
そしてケーブルが壁に伸びている大きな箱型のテレビの並んだ広い部屋を眺めながら
「冥界から牧場まで直通で連れてきたのは、ちょっとサービスしすぎたかもね。
ナーニャだけ、一年くらい寿命貰っていい?」
ナーニャが慌てた顔でソウタに近づいて、小声で必死に
「おっ、おじさーん……それはないよぉ」
「くくく……冗談だよ。冥王様から今回の件で
誰も一切毀損するなといわれてるからね」
「よっ、よくわかんないけど、私も大事にしてください!」
「ナーニャちゃ、ちょっとうるさいよ」
ハルから静かに叱られて、ナーニャは今度は自分より小柄なソウタの背中に屈んで隠れる。
部屋の隅で背中を壁に寄りかからせて腕を組んでいるライーザが
どこか満足げにその光景に微笑んだ。
十分ほどすると、マナカとクラーゴンはようやく体を離し固く手をつないだまま
自分たちを見守っていたタジマの子供たち四人とエパータム、ライーザそしてソウタに向け
深々と頭を下げた。
ソウタが一歩前に出て、皆を代表するように
「兄、タカユキに代わって、クラーゴンローレシアン軍総司令、そしてライーザさんの
現世への復帰そして、西の大陸連合への復帰を見届けた。
これは正式な、そして永劫の復帰だと各所に通達するが、両人ともよろしいですか?」
ライーザは壁に寄りかかって、腕を組んだまま軽頷き
クラーゴンは苦笑いしながら
「ソウタ様、私、まだちょっと暴れたりないのよねぇ。
マイプリンセスとも一試合したんだけど、軽くひねられちゃって」
ソウタは数秒考えた後に
「各所の抵抗勢力との大規模戦闘は今後もあるから
ローレシアン軍指揮官としてなら、いくらでも戦えると思うけどね」
クラーゴンは仕方なさそうな顔で頷いて、マナカの髪のない頭頂部にキスをした。
マナカは顔を真っ赤にして照れる。
ナーニャがそれを見て首をかしげながら
「あっ、あの……これでいいんでしょうか?」
と皆に言ってしまい、呆れた顔のクラーゴンから
「マイプリンセス、もっとこの場を包み込むように自信をもって構えていてください。
我々はあなたのお父上が、信頼していた者たちです。
それに、タカユキ様は少なくとも、自分の自信のなさを
公の場で口に出すことはありませんでしたよ」
エパータムもうんうんと頷いて
「そうだぞ!タカユキはそうだった」
ソウタがスッと、宙に真っ黒な縦穴を創り出すと
「みなさん、姪の教育は頼みますねー」
その中へと入っていき、穴はすぐに閉じて消えた。
「うぅ……お父しゃんって……すごかったんだなぁ……」
「言葉は悪いかもしれないけど、空っぽゆえに
なんでも認めて、吸い込んでいったんだよタカユキは」
エパータムはそう言うと、部屋の扉へと歩んで行って
「じゃあ、次のとこへ行こうか。マナカさんは留守番で」
ニヤリと笑った。
約一時間後。
闘気をまとって飛行していたライーザ、クラーゴン
禍々しい鞘に入った剣の状態で飛行していたエパータム
宙を何もないまま軽く駆けていっていたナーニャ
そして彼女たちの背中に乗ったタジマ家の兄弟たちが
魔族たちの飛行警備隊に取り囲まれて誘導されながら
廃れたシャッター商店街の前へとズラリと降り立った。
全員、スーツなどで正装している。
「では、我々はこれで。ナーニャ様たち、お仕事お疲れ様です」
制服姿の魔族たちはきれいに整った敬礼をすると
見事に調和がとれた隊列をなしたまま、遠くへと飛行して去っていった。
ナーニャが背負っていたハルを下ろしながら
「……ここ、魔族国の首都だよねぇ?」
と皆を見回す。
ポンッと音と煙を出して少女の姿に戻ったエパータムが
「うん。だよー」
とニコニコしながら、開いている店のほぼない商店街の路地へと足を踏み入れる。
真面目な顔のライーザと、感慨のなさそうなクラーゴンも迷いなく続き
ナーニャと兄弟たちも歩き出した。
「なんかいいな。秘密基地って感じだよな」
ノアがワクワクした顔で言うと、ナーニャが思いついた顔で
「ちびっこノア君はまだまだ子供ですねー」
とニヤニヤしながら口をはさみ
「おい、なんだよ。ちょっと背が高いからって大人ぶるなよ」
「わたしー大人ですからー。もう学校にも行ってませんしー」
「行かないのは別にいいけど、学校を馬鹿にするな」
「ノア君はたーくさんおべんきょーして、私の部下になってくださいねー」
「……ぜーってえ、大人になったらお前の言うことだけは聞かない」
本気になり始めた二人に、ハルとアシンが苦笑いしながら間に入り宥める。
クラーゴンがちらっと振り向いて、タジマ家の兄弟たちを見てからライーザに
「タカユキ様に四人とも似てないと思いませんか?」
とニヤーッと笑いながら問う。
ライーザはこともなげな顔で
「四人とも、よく似ておられると思いますが」
前を見ながら返した。クラーゴンは歩きながら少し考えて
「……破壊者としてですか?既に才能があると?」
ライーザは真顔でクラーゴンを見つめると
「お優しいということです」
そう言ってさっさと先へと進み始めた、彼は肩をすくめ
「どうやら、真反対の期待をしているようですね」
と苦笑いしながら呟いた。
数分後に
シャッター商店街の奥でエパータムは足を止めた。
「ここだ」
目の前には、錆びたシャッターが降りた二階建ての小規模な店が立っていて
シャッターには真っ赤な塗料の大文字の落書きで魔族国の短い言葉が書かれている。
今度は思いついた顔のノアが
「頭のいいプリンセスナーニャ様は、これ、なんて書いてあるかわかるか?」
ニヤニヤしながらナーニャに尋ねると
彼女は勇んで読もうとして、すぐにシュンとした顔になり
ハルに近づいていくと小声で耳元に
「あの……教えて……」
すかさずにノアがナーニャに指をさし
「はいズルー。最強のナーニャ様ならこれしきの単語ひとりで読めるよなー?」
「う……うぅ……あの……」
アシンは珍しく顔をしかめて
「ちょっと、どうかと思いますよ?」
ノアをチラッと見た。ハルは大きくため息をついている。
クラーゴンは口を抑えて笑い始めて、ライーザは微笑んだ。
エパータムが呆れた顔をしながら
「うんこだよ。うんこって書いてあるの。
どっかの魔族のガキが書いたのを、マガノが面白がって消してないんでしょ」
「ええぇええ………」
脱力して座り込みそうになっているナーニャを横目に
エパータムは片手で軽々と錆びたシャッターを上げた。
中からは、香水のような花のような香しい匂いが通りへと流れ込んでくる。
クラーゴンがいよいよ笑いを抑えきれずに爆笑すると
「……ああ、面白かった。この匂いはトイレの芳香剤ってとこね」
エパータムがずっこけそうになりつつも、何とか堪えて
「いや、そんな意図はないでしょ……マガノの好きな匂いだよこれ多分。
あいつ、そういうキャラじゃないよ……音楽好きなやつだし……」
脱力しながら、真っ暗で香しい店内へと入っていく。
ライーザが真紅闘気で辺りを照らすと
狭い店内には、古いレコードと楽器が所狭しと並べられていた。
アシンが驚いた顔で
「これ……インディーズのレアレコードシングルばかりですよ……。
あっちの棚は、手回し式レコードプレイヤーばかり……闇で億の値がつくんじゃ……」
「げっ、アケマシテオメデトウの受賞記念盤だ……。ガショウが出したやつだろ?」
ノアは壁に飾られた金色に塗られたレコードを指さす
「地球の一地方の習慣を曲にしたと、三十ラグヌス(年)前の魔族国でとてつもなく流行ったんですよね。
マメマキとオチュウゲンもスマッシュヒットしてます。四人で奏でる三絃八重奏は有名ですよ」
「アシン、サブカル勉強しすぎじゃないか?そんなマイナー曲、俺知らなかった」
「ノアさん、遊びも真剣なればこそ。です」
「アケオメは、この国で流行語大賞になったのよ」
クラーゴンが懐かしそうに顎を触って立ち止まると
「クラーゴン総司令も知ってるの!?」
ノアが驚いた顔で尋ねる。
「私が若いころの流行りの曲よ?
魔族国で仕事をしているとテレビからよく聞こえてきてたわ」
「こわっ。俺らを暗殺するなよ?」
「まさかー。タカユキ様の忠実な下僕ですよー?」
「やはり、当時劣勢の、ローレシアン王国暗部の下請けを?」
アシンの鋭さをおびた言葉にクラーゴンは「くくく」と口を抑えて笑い
「プリンスたちは知らなくていいことですよ。
薄汚れた下層出身者は、生き延びるのが色々と大変でしてね」
店内の真っ暗な奥からエパータムの声で
「そんなのはいいから、階段で二階に上がってきてよ。
あ、クラーゴンさん、皆入ったらシャッター閉めといて。
一応結界で閉じてるらしいけど、変なのが迷い込んだら面倒だ」
「いいわよー」
最後尾に回ったクラーゴンがガラガラとシャッターを閉じる。
黙って進むライーザの闘気の明かりを頼りに
ナーニャたちがガヤガヤと雑談しながら奥へと進むと
狭い木製の階段があり、皆ギシギシと音を立てながら上へとあがる。
狭い廊下に続いていて、その奥の何かに蹴られたような穴が幾つもある扉を開けると
真っ白い空間が広がっていた。
遠くにポツンと、煙突から湯気を立てている小屋が見える。
「神様たちはこういうの好きよねー」
クラーゴンが呆れた顔で辺りを見回してエパータムが頷きながら
「まぁね。時間とか空間とか歪めるの好きだよねー」
なんの感慨もわかない顔で、小屋へ向かって歩き出した。
闘気を消したライーザも黙ってついていく。
「何が待ってるんだろうな……」
ドキドキした顔でノアがアシンにそう言うと
ナーニャがドヤ顔で
「こんなのお父しゃんと沢山冒険したわた……むぐぐぐ……」
何か自慢らしきものをしようとして、ハルが咄嗟に口を抑え
「ナーニャちゃ、喧嘩したらダメだよ」
「でっでも……いつも、ノアは私のこと馬鹿にするし」
「……凄いことはノアも知ってるよ。自慢するのがダメなんだって」
「……う、うん……でも、私、そんなに勉強とかできないしー……」
「代わりに兄弟の私たちができればいいんだよ。ナーニャちゃはその特別な力で皆を守ってよ」
「でっでも……いちばん偉い人は頭もよくないと……」
ハルはため息を大きく吐くと
「……あのパパだって完璧じゃなかったでしょ?失敗も沢山したんだよ?」
「……そうだけどぉ……」
気配を消したクラーゴンはその様子を背後から静かに眺めて
「……兄弟全員消したら、タカユキ様を超える破壊神になるかしら……。
ふふふ、その前に私が虚無の王やヤマグチさん辺りに消されるか」
楽し気に何かを考えていた。




