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FACELESS フェイスレス  作者: 路明(ロア)
03 a2/バディ
9/92

Gene Waterhouse3 ジーン・ウォーターハウス3

 ジーンが、口元に向けて手を伸ばしてきた。

 アンブローズは煙草(たばこ)を咥えたまま顔を横に逸らし避けると、ヒップポケットから取り出した銃をジーンの(ひたい)に突きつけた。

「動くなよ」

 アンブローズは言った。

 かすかな機械音が、ジーンの薄青の目の奥から聞こえていた。


「特別警察のアンドロイドだな」


 ジーンの顔をしたアンドロイドは、両手を上げて苦笑いした。

「……そんな表情もできるのか」

 アンブローズは目を眇めた。

 半世紀ほど前まで、まばたきと不自然な笑みくらいしかできなかったアンドロイドだが、脳科学と抗老化医学から派生した肌の研究の進展で、飛躍的に自然な表情を浮かべられるようになった。

 表情をつける技術が上がるにつれ、生身の人間側の慣れと脳の補正機能とでほとんど違いを気づかないレベルにまでなっていた。

「俺の遺伝子情報を盗むつもりだったか」

 アンブローズはそう問うた。

 口から煙草を外す。

 唾液が充分についていた。

 これを奪えば、確かに遺伝子情報を得られる。それだけに唾液や血液の付着したものは、管理に気をつけるよう教育されていた。

 アンドロイドは無言でこちらを見詰めていた。

 おそらくこの状況は、眼球内のカメラで特別警察の内部に中継されているだろう。

「虹彩と指紋は、まあコピーできなくもないからな」

 ただ、とアンブローズは付け加えた。

「軍仕様の指紋認証は、指紋についた体液からもあわせて遺伝子チェックするようになってる。指紋だけまねても無駄だ」

 空いた方の手をひらひらと動かしアンブローズはそう説明した。

「それならば、あなたを拉致して認証機の前に連行するまででしょう」

「いっそ始めからそれにしろよ。延々とムダ話させやがって」

 アンブローズは眉をよせた。

「なるべく騒ぎは起こさず。善良な国民の気づかない間に、国体護持の妨げになる個人や団体を処理をするのが我々の役割です」

 アンドロイドが淀みない口調で言う。

「その国体護持の妨げとなる個人や団体とやらは、いまお前らの人工脳のプログラム内ではどうなってる」

「憲法の基準に沿っています」

「嘘つけ」

 アンブローズは、拳銃の安全装置を親指で引き下げた。

 死に対する恐怖のないアンドロイドに、命を脅かすという意味の脅しは通用しないが、特別警察なら人工脳を回収されて機密が漏れることへの危機感は存在する。

「我々は、嘘を言うプログラムはされていません」

「それもそうだな」

 アンブローズは息を吐いて笑った。

 アンドロイドが爪を立てた手を顔に伸ばしてくる。

 顔を横にかたむけ避ける。アンブローズは後退った。

 皮膚片を取る気か。

 アンブローズは思わず手の甲で頬を拭った。

 携帯用灰皿を取り出し、咥えたままだった煙草を押し入れる。

 拳銃をアンドロイドに向けながら、灰皿を懐に仕舞った。

「いちおう聞くが」

 アンブローズはそう切り出した。

「顔をすげ替えて良いのは、法律上、潜入捜査の時のみとなっているのは、ちゃんとプログラムにあるか?」

「現在、潜入捜査中です」

 アンドロイドが答える。

 薄い青色の目の奥で、かすかな光が点滅していた。

「潜入の目的は」

「国体護持の妨げとなる軍人一名の、監視と遺伝子情報の取得」

 アンドロイドは地面を蹴り飛びかかると、ふたたびアンブローズに向けて手を伸ばした。

 アンブローズは拳銃を持ち変えると、グリップでアンドロイドの米噛みを思い切り殴りつけた。

 人工脳の重要な回線が集中している箇所の一つだ。

 アンドロイドの動きが一時的に鈍る。

「軍は除隊して無関係だと何度言えば」

「……および、国体護持を目的とした我々の行動を妨害した、軍属の人物の逮捕」

 かなりタイミングのずれた感じでアンドロイドはそう続けた。

「それがLOC-Dにいる人物だと判断したってことか」

 アンブローズは拳銃を持ち直した。

「LOC-Dにいる人物の名は、ドロシー・G・ダドリー」

 アンブローズは何も言わず無視した。

 下手に何か言えば、そこから重要なことを勘繰(かんぐ)られかねない。

「LOCは、一部の外国で使われている略語、通常ならGCS。「意識消失状態」の意」

 アンブローズは目を眇めた。

「病室の通称は、「意識消失状態のドロシー」の意」

 感情のない声でアンドロイドが言う。

 アンブローズは黙って銃口を横にずらした。

 先ほどまでのような雑談なら、一般人も知っているレベルのものだ。

 あの程度なら話しても支障はないが、どうにもまずそうな所に話が流れてきた。

 さっさと機能停止させて回収するかと思った。

 人工脳の構造は、生身の人間の脳にかなり似せている。

 記憶のデータを取り出すのが可能な状態で、運動だけを停止させるには、脳幹(のうかん)脊椎(せきずい)に当たる箇所を撃つのが有効だ。

 正面からでは撃ちにくい。

 察したのか、アンドロイドが口の端を上げた。


「ダドリー大尉!」


 どこからともなく男の声がした。

 アンブローズはとっさに上体を屈ませた。

 アンドロイドがその動きを目で追い、頭部をやや下に向ける。

 次の瞬間、アンドロイドの喉仏の部分が煙を吹き、宙に細く立ち昇った。

 アンドロイドが(ひざ)から崩れ落ちる。

 生身の人間が死体になる様子とはやはり違う。

 人間のようなものが人形になる、疑似生物が物体に変化するというのが、アンドロイドの機能停止の様子だ。 

「待ってください。いま……」

 男の声は、頭上からだった。

 アンブローズは上方を見上げた。

 トイレかどこかと思われる小さな窓から、金髪の若い男がライフル銃を引っこめるのが見える。


 あれが本物のジーン・ウォーターハウス中尉か。


 倒れたアンドロイドを見る。

 脳内のブレインマシンに、軍の連絡先に繋ぐよう指示した。

 一般用の通報、問い合わせフォームが表示される。

 一般人の通報を装って不審物の回収を依頼する。

 通報者名はハリー・カルコサ。

 この名で通報すれば、ブランシェット准将の元へも伝わるようになっていた。

 視界の右端にいくつかの項目が現れる。

 脳波と微妙に動く目線に反応して、半透明のカーソルが動く。

 職員の募集要項、地方本部への問い合わせ、イベント情報、苦情、相談、その他。

 氏名、年齢、性別、ID。

 アンドロイドの後頭部から出ていた煙が途切れる。

 一部がショートしているのか、うっすらと焦げた匂いがした。

 コラーゲンスポンジを主な原材料に作られる人工皮膚は、生身の皮膚と同じように柔らかく、ジーンに狙撃された部分は弾丸がめりこみ小さな穴が開いていた。

 コラーゲンスポンジは、もともとは熱傷などの治療に使われていたもので、生身の皮膚と比べても遜色はない。

 半透明のカーソルを備考欄に動かし、「不審物の回収」と書きこむ。

 ややしてから「お近くの保安庁保安部、および保安署にもご通報ください」とAIの回答が表示される。

 決められた遣り取りだった。

 最寄りの保安庁保安部、保安署の住所一覧と地図画面に切り替わる。

 地図上の現在地に人型のカーソルが現れ、画面の端に現在地の景色が表示された。

 画面を閉じる。



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