Parliament building 70th floor3 議会庁舎ビル70階3
アンブローズは作業服のヒップポケットから拳銃を取りだした。
いちどドロシーに突きつけてから、目を合わせたまま消音のスイッチを入れる。
内部の構造が消音の状態に変わるときの微かな音がする。
前時代の大きな音が出るタイプのこういった銃は、発射と同時に周囲に危険を知らせることができる面から、今はむしろ合理的な武器とみられている側面もあるのだが。
議会中の議事堂に聞こえるのはたぶんまずい。
「え? これ? アン」
ジーンがとっさに上着の中のホルダーから拳銃を取ろうとしたらしかったが、先に「ドロシー」がジーンのこめかみに拳銃を突きつけていた。
ジーンが、しかたないという顔で両手を上げる。
「なになに、これ。兄妹喧嘩?」
ジーンが苦笑する。
「“隠密” の妹相手にふつうに拳銃つかうわけないだろ。あれと本気で喧嘩するなら、一年くらい準備期間おく」
アンブローズは言った。
「つか分かってんだろ、おまえ。何とぼけてやがんだ」
「愛しのアンの妹さんがアンドロイドとか思わないじゃないですかー」
ジーンがヘラヘラと笑う。
「あれはハイヒールかプラットフォームシューズって言ったろ。ピンヒールじゃ蹴りのときに折れやすいからイヤなんだとよ」
「頼もしい妹さんで……」
ジーンが苦笑する。
さりげなくアンドロイドの足元に目線を落とした。アンドロイドがピンヒールの靴をカツッと鳴らす。
「まえにドロシーに成りすましたアンドロイドとここで遭遇したって話しただろ。むしろここは特別警察の成りすましのバリエーションのなさを笑ってやるとこだ」
「アンって、いざおふざけに入るとブラックユーモアのほうに寄るよね……」
ジーンが困惑した表情になる。
「兄さん、今すぐ作業をやめないとバディの方の頭蓋骨に穴が開くわよ」
アンドロイドが微笑する。
「破損した頭蓋骨いくつもつくって墓地に不法投棄してた側のやつが言うとか」
アンブローズはハシゴのステップに腰かけた。
「生身はこういうとき不便ね。部品の換えも利かない」
アンドロイドが、ジーンのこめかみに銃を押しつける。
「それはおまえらの勘違いだ。バディの替えなんかいくらでもいる」
平然とアンブローズは言った。
「あーまあ、こういう人ですから人質なんてムダ」
ジーンが肩をすくめる。
「……にしても、特別警察の現状がいまいちつかめないな。アボット社開発のアレはもう放たれてるんだと思うが、完全に攻撃終了するのは時間がかかるのか、アンドロイドの中でも個体差があるのか」
アンブローズは、作業服のポケットに手をかけ煙草のソフトパックを取ろうとしてやめた。
「ちなみに、相方に拳銃つきつけて俺のことを脅してる理由は何だ」
アンブローズは問うた。
「不法侵入と文書偽造の疑いです」
アンドロイドが答える。
「おおっ、まともだ」
ジーンが大袈裟に驚いたような声を上げる。
「……および国体護持の妨げになる人物、国家転覆を企てる個人や団体等に所属する人物、それらに連なる思想をもつ人物と判断いたしました」
「あああ、変わりない」
ジーンが続けてそう呟く。
「アボット社、本当にアレ開発しやがったんだろうな。検査ミスとかじゃないよな」
アンブローズは眉をよせた。
「開発が間違いだったら、俺らムダな仕事させられた感じ?」
「おまえの犠牲の損害賠償と慰謝料は、俺がアボット社に請求の手続き取ってやる」
アンブローズは自身の膝の上に頬杖をついた。
「アン、何か煙草ないほうが言うことキレッキレだよね」
「つかおまえの手首のそれ、消音状態にはできないか」
アンブローズは挙げられたジーンの腕を見た。
たいがい潜入のさいには袖やズボンの裾なんかにも武器を仕込んでいる。あまり使うことはないのだが。
「この状態じゃ撃つこと以外ムリ」
議事堂のほうを見る。いまだ審議は続いているようだ。
「しかたないか。使用許可する」
「あっ、はい」
ジーンが軍人とも思えない気の抜ける返事をした。




