Counter malware2 カウンターマルウェア2
アリスがじっとこちらを見る。
「つまり、取り引きですのね」
冷静にそう答える。
本当にかわいくない八歳女児だなとアンブローズは思った。
煙草をトントンと指先でたたき灰皿に灰を落とす。
「お嬢さまほうが不利な取り引きじゃないか? 断れば財閥ぐるみの違法行為がバラされる。今度こそ思いっきり逮捕されてA・A・アボット三十八歳なんて存在せず、代わりに幼女総帥の存在が報道されて珍妙な八歳児として好奇の目にさらされる、ついでに株価は大幅下落」
アンブローズはそこまで一気に言うと煙草を強く吸った。ふぅ、と水蒸気成分の煙を吐く。
「珍妙はよけいですわ。それともあなたなりの誉めことばかしら」
「情報将校ハメるフランス人形なんざ充分珍妙だ」
「女子供でも容赦しないあなたってステキ」
「そもそも女子供だから手心を加えるというのは前時代的だろう」
アンブローズは煙を吐いた。
「体力と体格の差は考慮していただきたいんですの」
「いつも栄養分の高いケーキ全面的に譲ってるだろ。前回のリンツァートルテなんか、いまだに冷蔵庫のバイオポリマージェルの中に大事に保管してあるんだ。お譲りしてやるから好きなだけ食べて行け」
「エサでかんたんに釣られる女だなんて思われたくないですの」
アリスがコーラルピンクの唇を尖らせる。
ああ言えばこう言う。
これが通常の八歳幼女ならただの生意気で済むが、こうやって面倒くさいセリフを返す裏に国防に関わりかねない機密を隠してたりする可能性があるから厄介だ。
「軍に共用させろ。返事は」
アンブローズは話の流れを無視して要求を突きつけた。
アリスが頬に手を当てて、ふぅと溜め息をつく。
「怖いお人。でもそこがステキ」
「返事は」
アンブローズは灰皿で煙草を消した。間を置かずパッケージを手にとり煙草を一本くわえる。
「ハーブ入りの無害なものとはいえ、それだけ立て続けに吸ってるってなんか心配。なにかのトラウマですの?」
「ぜんぜん」
アンブローズは答えた。
「俺も心配。一晩中いっしょにいてもずーっと吸ってるよね」
「おまえはどっちの側としてしゃべってるんだ。ウォーターハウス中尉」
アンブローズは顔をしかめた。
「こちらも取り引きを持ちかけていいかしら」
アンブローズは、無言でアリスの顔を見た。
真意をさぐろうとしばらく表情を伺う。灰皿に灰を落としてから、おもむろに返答した。
「取り引きに対して取り引きか」
「あなたのは脅迫の部類ですわ」
アリスが唇を尖らせる。
「言ってみろ」
アンブローズはそう返した。
「正直いうと、特別警察のアンドロイドの中でマルウェアが攻防戦をやっている間は、事実上、特別警察は機関として機能停止している状態ですわ」
「そうだな」
ジーンがその機能停止を察して異変に気づいたのだ。そうだろう。
アンブローズは灰を落とした。
「アボット社としてもこれが外部に知られれば信用に関わりますわ。でもそれ以上に、そんな状態が漏れれば国家転覆を実行しようとする勢力は行動し放題だと思いますの」
「具体的に。何をしてほしい」
アンブローズは煙草をつよく吸った。
「議会庁舎ビルの七十階。あそこの防犯カメラは一つを除いてNEICのものにされてしまったけど、すべてのカメラに以前こっそり空間光変調機能とDNA解析機能をつけてましたの」
「つまり?」
アンブローズはトントンと灰皿に灰を落とした。
「データは充分集めましたわ。バレないうちに回収してくれる方をさがしてましたの」
無言で煙草を吸う。
「……NEIC製のやつにも付けてんのか」
「そ。だからバレたら大変」
「企業間の裁判沙汰になるな」
アンブローズは答えた。
「特別処理班が変装して行ってアボット社の人間だとバレてもまずいってか」
アリスがにっこりと笑う。イエスという意味か。
「条件がある。それで集めたデータもこっちに提供しろ」
アンブローズは煙草をつよく吸った。
「これについては、あなたのために得ようと思ったデータですもの。提供いたしますわ」
アリスが再度にっこりと笑う。
アンブローズは、無言で目を合わせた。
「よし分かった。回収に行ってやる」
アンブローズは煙草を消した。




