smokescreen 煙草の煙に隠れた
三十分後。
AIが来客を告げる。
面倒くせえが仕事か、と思いながらアンブローズは寝室のPC内蔵の椅子から立ち上がった。
寝室からリビングとキッチンを通り数歩ほどの玄関先にくると、インターホン機能のプロジェクターに長身の美形アンドロイドの立体映像が映しだされていた。
目線を下にさげる。
ケーキらしき大きな箱を持っているアリスがドアのカメラを見上げる感じで映っていた。
この前のエプロンドレスとは打って変わって、いつものアンティークふうのドレス。
『以前に二回ほどいらしている方々です。顔認証、眼紋、動作認証一致。A・A・アボットとその護衛アンドロイドと登録されていますが』
AIがそう問いかける。
「OKだ。“解錠” 」
アンブローズはIにそう告げた。
解錠を告げるかすかな音がする。
『ドアを開けて差し上げる必要はありますか』
「開けてやれ」
アンブローズはAIにそう指示した。
ついこのまえまで潜伏していた下町の古いアパートには、とうぜん玄関ドアにこういった機能はなかった。
防犯上は安心といえば安心だが、あっちに慣れると本当に面倒くさいなと思う。
スラックスのヒップポケットに入れた拳銃に手をかけながら、ドアが開くのを見つめる。
護衛アンドロイドの半歩まえに立った幼女が、膝を折りカーテシーのあいさつをした。
「お招きいただいて嬉しいわ」
「招いてない。呼び出しだ」
巧妙に偽装した特別警察アンドロイドの可能性はゼロではないのだ。
拳銃に手をかけたままアンブローズは言葉を返した。
「つまらないものですが」
アリスが、手にしたケーキの箱をこちらに差し出す。
「つまらないものなら持って帰れ」
「東洋の奥ゆかしいあいさつをご存じありませんの?」
アリスが飴色の眉をひそめる。
「カーテシーの次に何で東洋のあいさつだ。統一しろ」
ふう、とアリスが溜め息をついた。
「いつもながら厳格な方でいらっしゃるのね」
「あ、アリスちゃん」
ジーンが苦笑いしながら玄関口に現れる。相変わらずアリスのことは少し苦手らしいなこいつと思う。
このわけの分からん感性と分析力の変人に苦手意識を持たせるアリスは、さすがなのかもしれんが。
「いらしたのね。いつもいらっしゃるのね。上官の自宅に入り浸るなんて軍内の倫理的にどうですの?」
アリスが不機嫌な顔でにらむ。
「ごめんアリスちゃん、俺とアンはもう……」
「ポーズだけのゲイ話は聞き飽きましたわ。あなたのこの方を見る目は、ぜったい恋する目じゃありませんもの」
アリスがジーンをビッと指差す。
「毎晩寝室で一緒に過ごして離れら……」
「会話が噛み合ってないぞ、おい」
アンブローズは拳銃から手を離した。
先にリビングに戻り、煙草のパッケージを手に取る。一本を取りだし咥えた。
「あのかた、ブランシェット氏のご紹介で組んだのでしたかしら」
アリスが勝手にリビングについてくる。ジーンを目線で指した。
「あれの上官がブランシェット准将に紹介した」
「さすがの遺伝子選別ですわ。生まれながらの情報将校。偽装を本能的にやるような方ですわね」
アリスが言う。
アンブローズは軽く目を見開いた。
「おふざけ好きはもともとなんでしょうけど、あなたと組むならゲイのおちゃらけがいちばん効果的って本能で計算してますのよ、たぶん」
「何でそんなもんが効果的だ」
アンブローズは煙を吐いた。
リビングに入ってきたジーンと目が合う。
「とりあえずおまえが本物のゲイじゃないのは改めて確認した」
アンブローズは言った。
「え、やだな。俺はアンのこと」
「ご用事のまえにお持ちしましたケーキをいただきましょう。ニセのゲイの方、お紅茶淹れてくださる?」
ジーンが苦笑する。
きびすを返してキッチンに向かおうとした。
「ケーキは要らん。用事だけすませてケーキ持って早々にお帰りいただく」
アンブローズはテーブルの上の灰皿に灰を落とした。
「バニラクリームが溶けてしまいますわ」
アリスが両手で持ったケーキの箱を少し上にあげる。
「箱に保冷機能くらいないのか」
「恋人とすぐに食べますから、ふつうの箱でいいとお店の方に伝えましたの」
アリスが頬に手を添える。
そのときの店員の顔が見たかったなとアンブローズは思った。
「ジーン」
キッチンにいるジーンに呼びかける。ケーキの箱を顎でしゃくった。
「尋問の間、これ保冷バイオポリマージェルに入れといてやれ」
「え、紅茶は?」
「要らん」
「喉が渇きましたわ」
アリスがキッチンを向き飲みものを要求する。
「……三人分の紅茶。合成の安物でいい」
アンブローズはそう指示した。
「お嬢さまは座れ」
そう告げて、テーブルの椅子の一つを引く。
「まず尋きたいのは、NEICのサイバー空間へのたびたびのクラッキングの目的だ。アリス・A・アボット」




