quod vide4 その箇所を参照せよ4
アンブローズはジーンからゆっくりと離れた。
かがめていた身体を起こし、改めて手にした煙草を吸う。
「途中の推測がけっこうぶっ飛んだな。そこまで推測を飛躍させた根拠はなんだ、ウォーターハウス中尉」
水蒸気成分の煙を吐く。
空中には、相も変わらずだれもいない特別警察施設内の廊下の映像が投影されている。
少し前からAIに判断させて定期的に何ヵ所かの画像が入れ替わるようにしていた。
二、三画面がゆっくりと入れ替わる。
「あんまり飛躍ってつもりはなかったけど」
ジーンが頭を掻く。
「一つは、アボット社が特別警察のアンドロイドに今ごろ対処しはじめたこと。ふつうにマルウェアに対抗するだけなら、たぶんNEICのマルウェアが送られたと分かった時点でやってる」
「たしかに」
そうアンブローズは返した。
「そこは俺ですら調査をはじめて間もないころに突き止めてた。アボット社が今ごろ分かったはずはないな」
「アリスちゃんだって知ってたはずだよね」
「たぶんな」
アンブローズは煙草を強く吸った。
口から吐かれた煙を、ジーンが見つめて眉をよせる。
「たぶんって、アン教えてたんじゃなかったの?!」
「んな義理はない」
アンブローズは答えた。
「アリスちゃん……諜報活動中のスポンサーとか言ってなかったっけ」
ジーンが苦笑いする。
「アボット社としては、ライバル社のしわざとはいえ特別警察アンドロイドに不具合が起きた、まして不可解な大量射殺事件の元凶だとか世間さまに知られたら株価に関わる」
アンブローズは言った。
「それらの隠蔽に協力してくれて、なおかつNEICの糾弾をしてくれるならそれでいいんだと少なくとも俺は解釈していた。情報提供までは口約束すらしてない」
ジーンが複雑そうに顔を歪める。
「……アン、合理的すぎとか言われたことない?」
「べつにない」
アンブローズは答えた。
「アリスちゃんって、何なんだろ。二十世紀とかの冷たい男性に尽くす女性とかに憧れてんのかな」
「んなもん本人に聞け」
アンブローズは煙草の灰を灰皿に落とした。
「続きを話せ、ウォーターハウス中尉。推測の根拠はそれだけじゃないだろ」
「あー……うん」
ジーンが曖昧な表情で頭を掻く。
「とりあえず、ジーン、はぁとみたいな感じで呼んでもらえない?」
「何でだ」
アンブローズは顔をしかめた。
「尋問みたいで萎えるじゃん」
萎えるって何だとアンブローズは思った。
萎縮するとか打ち解けられないとかなら分かるが。
つくづくよく分からんやつだと思う。なぜAIが、こいつと合う人間の一人として自身を挙げたのか。
もちろん友人関係や恋愛でいう相性とは判断基準は違うのだろうが。
「あとは? ウォーターハウス中尉」
アンブローズは改めて問うた。
「あーあとは」
ジーンが宙を見上げる。
「二つ目は、特別警察からアリスちゃんがあっさり釈放されたとこ」
ジーンが二本指を立てる。
「逮捕、連行時にも言ったじゃん。NEICに乗っとられた特別警察にとっては、アリスちゃんは敵国の女王さまみたいなもんだって。ふつうに考えたらあっさり釈放どころか、あることないこと罪状つけ加えられて闇に葬られてる」
「それは俺も思った。あればっかりは不可解すぎた」
アンブローズは煙草を燻らせた。
「まあ、逮捕時のいきさつまで疑うのはどうかと思うけどさ。アリスちゃんの社員思いの犠牲的な行動っていうか」
「俺はあれも疑ってる」
アンブローズは答えた。
ジーンが「やっぱり」という顔で苦笑いする。
「拘束後にドロシーちゃんが接触してきたってのは本当だと思うけど。もしかしたら特別警察のアンドロイドは、あの時点で相当おとなしくなってたのか」
アンブローズは煙草を強く吸った。
頭の中を整理する。
「てことは?」
アンブローズは呟いた。煙草を口から外す。
「ドロシーはアボット社のマルウェアに気づいてやがった?」
「ああー」
ジーンが、拳をポンと打ってアンブローズを指差す。
「そっか。その可能性あるのか」
「……そこは気づいてなかったのか、おまえは」
というか階級が上の者に対する仕草かそれと思う。今さらだが。
「アボット社を強迫するネタでもちらつかせてアリスに協力させたか?」
煙草の灰を灰皿に落とす。
「いや……何で強迫なの。ふつうにお願いして協力してもらったのかもしれないでしょ」
「隠密を舐めるな。企業やそこの重役を強迫するネタなんか、腐るほど持ってる」
アンブローズは言った。
ジーンが複雑な表情でこちらの顔を見上げる。
「やっぱり兄妹……」
「どこの部分がだ」
アンブローズは煙草を強く吸った。




