Investigation2 尋問2
「で? それが質問の内容と関係あるのか? お嬢さま」
アンブローズは煙草を強く吸った。
「俺がどこでどんな命令違反をしようが、アボット財閥の株の上がり下がりに関係なければ、アボット社の信用にも関係ない。もちろん大事な社員の生命と生活にも何ら支障はない」
「関係ありますわ! あなたは総帥であるわたくしの想い人ですのよ!」
アリスがわめく。
「感情の問題はこのさい無視する」
アンブローズは眉をよせた。感情論という以前に、相手にもしたくない反論なんだが。
「感情の問題はそちらではなくて? 妹さんのために命令違反までするおつもりなんでしょう?」
アリスが語気を強める。
「……そのつもりだったが、裏がありありのブランシェット准将と、どこからどこまでが作戦なのか分からんドロシーの動きと、何も知らんふりしてがっつり準備を整えてた上層部の動きを見たら、遠慮することはないかと思った」
「どういうことですの?」
アリスが眉をひそめる。
「俺がここで仮に命令違反でドロシーを追っても、たぶん上層部と隠密周辺のやつらには想定済みだ」
アリスが怪訝な顔をする。
「あのお顔だけはよろしいブランシェット准将って、何かありましたの?」
「話がそれるから、機会があったら本人に面会して聞け」
アンブローズは煙草を灰皿で消した。
「改めて聞くぞ。ドロシーはどこから介入してた?」
アリスが軽く目線を泳がせる。
よほどきつく口止めでもされたか、それともアボット財閥の弱みを盾にドロシーが脅しているのか。
「言ってもよろしくてよ。その代わり条件がありますの」
アリスが真剣な顔で言う。
「結婚だの何だのなら、却下」
アンブローズはテーブルの上を横目で見ながらさぐった。手探りで煙草のソフトパックをつかみ、軽く振って一本を取り出す。
「死なないでほしいの」
アリスは言った。
煙草を咥えて唾液で火をつけながら、アンブローズは軽く目を見開いた。
「大昔のように重火器を使うわけではないけれど、これって戦争だと思いますの。あなたは自分から最前線を選んで進んで行っているみたいですわ」
「みたいじゃなくて、選んでる。誰かがやるべきことで、俺らはそのために試験管から生まれてる」
アンブローズは煙を吐いた。
「お嬢さまには関係のない話だが、諜報の方の候補として育てられた将校は、高等過程に進んだ時期と士官過程に進んだ時期、それと士官過程の終了時に計三回、諜報担当を受け入れるかどうか意思を聞かれる」
アンブローズは言った。
「三回とも受け入れる意思を示した人間の覚悟したことだ。頭がおかしいように見えても、それがこちらの価値観だ」
トントンとアンブローズは灰皿に灰を落とした。
「恋人を守りたくて受け入れを示したやつもいる。もちろん、教育で国家への忠誠心を植えつけられたってのはあるが」
煙草を咥え、強く吸う。
「あ、俺は先輩の女性将校メアリーが巨乳の清楚美人で」
「……調理中の事故で死なせておけ」
なぜか茶々を入れてきたジーンに、アンブローズは真顔で答えた。
アリスはこちらをまっすぐに見つめ、ややして溜め息をついた。
「……わたくしが拘留された時点で、ドロシーさんが接触してきたんですの」
アンブローズは、灰皿に煙草の灰を落とした。
ということは少なくともドロシーが目覚めたのは、ブランシェットが自身に知らせてくる数日前ということになるが。
「お嬢さまが着ていたエプロンドレスやら使っていたカラーペンやらは」
「それはうちの重役からの差し入れですわ」
アリスは答えた。
「ドロシーさんが差し入れてくださったのは、ケーキだけですわ」
「そのケーキにガレット・デ・ロワ張りに通信システムでも仕込まれていたのか?」
アンブローズは問うた。
「ふつうのケーキですわ。「シェーン・メートヒェン」の日曜日限定スカイベリーとミルキーベリーのキルシュトルテ」
ついついアンブローズの眉間に皺がよった。
「ドロシーさんとは、甘いもののセンスも合いますわ」
アリスが頬に手を当てる。
一瞬だがアンブローズは、同じDNAだと思いたくない気がした。
「フラットカメラと盗聴システムを施設内の何ヵ所かに仕掛けるから、あなたにその旨を伝えてほしいと言われましたの。“ティーパーティー” を使うというのは、わたくしのアイディアですわ」
アリスはそう説明した。
「そちらのバディの方が、サイバー空間でちょくちょく鉢合わせをしていたのと、表向きNEICの社員ということで、“ティーパーティー” のクラッキングは可能だと考えましたの」




