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FACELESS フェイスレス  作者: 路明(ロア)
03 a2/バディ
7/92

Gene Waterhouse1 ジーン・ウォーターハウス1

 工場の裏手。

 建物と建物との間に挟まれた狭い通路には、廃棄された石油系プラスチックが積み上がっていた。

 足で雑にかき分けながら進む。

 ひらけた場所が見え始めたあたりでアンブローズは立ち止まった。

 石油系のプラスチックが流通していたのは、半世紀以上前までのことだ。

 現在では植物原料のバイオプラスチックに変わっている。

 一般で使われているものも、石油系のものはもうほとんど残っていないだろう。

 この場がどれほど長い間放置されていたかが分かる。

 さすがにこんな場所にまで防犯カメラはないだろう。

 アンブローズは振り向いて金髪の青年を見た。

 青年が姿勢を正し、折り目正しい仕草で敬礼する。

「たいへん失礼いたしました、ダドリー大尉。陸軍中尉ジーン・ウォーターハウスと申します」

 アンブローズは、黙って青年の顔を見ていた。

 二、三歳ほど歳下なのだろうか。

 女顔で軽薄そうな感じだが、どこまでが演出なのか。

「ブランシェット准将の命令で、応援として参りました」

 アンブローズは、眉をよせ咥えていた煙草(たばこ)を口から外した。

「接触するにしてももう少し自然なやり方はなかったか」

「失礼いたしました」

 ジーンが微笑する。

「なれなれしいやつ路線でいくか、ゲイ路線でいくか迷っていたら、キャラが曖昧になりまして」

 ははっとジーンは笑った。

 このひとことで何となく性質が分かった気がした。

 軍の中でも諜報向きの遺伝子として生まれている者は、臨機応変な分、型にはまらないような部分がある。

 他の諜報担当と接触したことはあまりないが、まあこんなものかと思った。

「ひとつ言っておく」

 アンブローズは切り出した。

 ポケットから取り出した消火剤入りの携帯用灰皿に煙草を押し入れる。

「はっ」

「社員寮には、清楚で胸のでかいメアリーなんていない」

 ジーンは薄青の目を大きく見開いた。

「そうですか。残念」

「適当に合わせてないで、調べてから住んでる所を言え」

「分かりました」

 ジーンはおもむろに壁に手をついた。ゆっくりとアンブローズに顔を近づける。いわゆる壁ドンの態勢だ。  

「そういうの、大尉が教えてくれますか。ベッ……」

 ジーンは、そのまま眉をよせて動作を固まらせた。

「……今、何言おうとした」

「ゲイ路線に持って行こうとしたんですが、難しいな」

「そんな路線、無理してまでやるものか?」

 アンブローズは呆れた。

「周囲に怪しまれずに連絡の遣り取りをするには、いちばんいいと思ってるんですが」

「俺にまで合わせさせる気か」

 アンブローズは眉をよせた。

「無理ですか」

「不必要な場合なら無理だ」

 ジーンは身体を離すと、カチューシャで抑えた金髪を掻いた。

「困りましたよね。特別警察が相手では、通信での連絡はほぼ覗かれると思った方がいいし」

「准将からは聞いていないのか」

「連絡の方法を?」

 ジーンは目を丸くした。

 その表情を横目で見て、アンブローズはふたたび煙草を取り出し咥えた。


「今まではどうしてた。この手の仕事が初めてという訳ではないだろう?」


「ええ。でもデジタルでの連絡をすべて警戒しなきゃならないなんてパターンは初めてですから」

 ジーンが答える。

「極秘の回線とかないですかね。軍で抑えてるやつとか」

「 “除隊” したんだが」

 アンブローズは答えた。

「ああ、そうでした」

 そう言うとジーンは白い煙を目で追った。

「煙草、くれませんか」

 ジーンが言う。

 アンブローズは煙草のソフトパックを取り出すと、軽く振り一本を出した。

 そのまま差し出す。

「いえ。大尉がいま吸ってるやつを」

 アンブローズは眉をひそめた。

「ゲイ路線は諦めたんじゃなかったのか?」

「ドライマウス気味で、発火しないかもしれないんで」

 へらっと軽薄な感じにジーンが笑う。

「ストレスでも溜めてんのか」

「こんな仕事してたら溜まるでしょう。溜まらないですか?」

「別に無理してまで吸うもんでもないだろ」

 アンブローズは、ソフトパックを内ポケットに仕舞った。

「むかしのはニコチンとか入ってて、ずいぶん害があったって聞いたことありますけど」

「そうだな」

 現在は、香料やサプリメントが配合されているものが一般的だ。

 三十年ほど前の古典映画ブームの際に流行り、そのまま定着した。

「自殺にも使えるような成分をよく嗜好品にしてましたよね、むかしの人」

「覚醒剤が滋養強壮剤として販売されてた時代もあれば、放射性物質が健康食品として流行した時代もあるからな」

 アンブローズは言った。

「今の時代でも、実は危ないものを平気で使ってたりしますかね」

「あるんじゃないか?」

 アンブローズは煙草を指で挟み強く吸った。

 煙草の先が赤く発火する。


「アンドロイドが特別警察を構成してるって、どう思います」


 煙草を吸う様子を眺めながら、ジーンが尋ねる。

「設立された頃は、もちろん生身の人間が担ってた。だが、ああいう任務には必須の、感情をいっさい交えずというのと、恋愛は御法度ってところからアンドロイドの方が適任ではという考えになっていった」

「そうだな」

 ジーンの解説に、アンブローズはそう答えた。

「必須事項は軍もまあまあ同じなんですけど、軍はアンドロイドは入れなかったんですね」

「軍人ってのは、馬鹿高い誇りを持ってやってるからな。アンドロイドなんかに取って変わられてたまるかって上層部が抵抗した時期があったらしい」

 アンブローズは答えた。

「ええ。むしろそこから、軍の仕事はそれに向いた生身の人間にしかできないと主張した」

 ジーンは身体を屈ませズボンのポケットに手を入れた。

「その行き着いた先が、遺伝子操作で生まれた将校な訳ですね」

「そだな」

 アンブローズは煙に似せた水蒸気を吐きながら、出逢ったばかりの相方を横目で見た。



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