Open Source Intelligence3 公開情報分析3
「はー脳がいい運動したあ」
淹れてやったコーヒーを一口飲み、ジーンが背もたれに背をググッと預けて海老反る。
「変な奴だな」
アンブローズは煙草の煙を吐いた。
「そういうのない? 新しい情報群に遭うと脳の凝りがほぐれるみたいになって、あー気持ちいいーみたいな」
「……たぶんお前だけだ」
アンブローズは答えた。
「脳に必要な栄養は糖分だからな。お嬢さまが置いていった抹茶ケーキは全部お前が食っていい。譲ってやる」
アリスが置いていったケーキの箱を親指で指す。
甘い匂いを嗅ぐのが嫌で、箱を開けるどころか移動すらさせていない。
「……譲るも何も、口に入れる気ないでしょ、アン」
ジーンが苦笑する。
椅子から立ち上がり、ジーンがケーキの箱を開ける。
たちまち複雑な表情になった。
「……六分の一程度で充分であります、大尉」
「なんかいま分かった。お嬢さまが阿呆みたいに甘いものを補給したがるのは、脳ミソに食わせてるのか」
ジーンがケーキの箱をいったん閉める。
「ナイフある?」
そう尋ねてキッチンの方を見る。
料理など自分ではしない人間が大半というご時世だ。料理用の包丁はないが、アリスが勝手に置いていったケーキ用のナイフならある。
「お嬢さまの使って洗っておけ。なんか高級品らしいが」
ジーンが複雑そうに苦笑する。
席を立ち、自身で取りに行った。
「どこ?」
「下の戸棚。ちゃんとケースに入ったやつあるだろ」
「クオレ・コンティってロゴあるやつ?」
「ブランド名なんか知らん」
アンブローズは眉をよせた。
「赤いカップと同じブランドだね。アリスちゃんお気に入りのブランドなの?」
ナイフを手にジーンがリビングに戻る。
「知らん」
アンブローズは煙草を強く吸った。
ジーンが、リビングの入口を入ったあたりで立ち止まる。
特に動かずこちらをじっと見ている気配を感じて、アンブローズは顔を上げた。
目が合う。
とつぜんジーンが中腰になった。
ナイフを持った手を突き出し、一気にアンブローズの首を狙う。
アンブローズゆっくりとは椅子から立ち上がった。
ジーンと目を合わせながら、吸っていた煙草を無言で灰皿に置く。
煙草の煙が、縦にたなびいた。
ジリ、とジーンがわずかずつこちらに近づく。一気に踏み出すと、もう一度アンブローズの首を狙った。
ジーンの腕を取り捻り上げようとするが、合気道の動きで指側に勢いをつけて外される。
ジーンがいったん後ろに引いた。
目を合わせながらナイフを握り直し、再度アンブローズの首を狙う。
「……首好きだな、お前」
アンブローズは眉をよせた。
「いちばん確実な急所でしょ?」
ジーンが口の端を上げ、ニッと笑う。
「だからっつって……」
アンブローズは、手を伸ばしナイフを握ったジーンの腕をつかもうとした。
ジーンが身体を後ろに引き避ける。
「……何やってんだ、お前」
アンブローズは眉をよせた。
「俺に関しては疑いもしてないようだから、注意喚起してあげようかなとか思いついて」
ジーンが軽薄に笑う。
「思いつきで上官襲うな。軍法会議にかけるぞ」
「悪意のないドッキリじゃん」
ジーンがヘラヘラと肩をすくめる。
アンブローズは灰皿に置いた煙草を取り、改めて吸った。
「始めからぜんっせん本気だと思ってなかったみたいだね。本気で襲われたと思ったら煙草消すもんね」
「ここで襲ったら、動きを止められるものなんかいくつもあるのに、それ一つも使わんで何がドッキリだ」
「次からぜひ使わせてもらいます、大尉」
ジーンが敬礼する。
「使うな」
アンブローズは眉をよせた。
ジーンが伸びをする。
「あー身体もちょっと運動したあ」
「ちょっと過ぎるだろ……」
アンブローズは顔をしかめた。
「さて」
ジーンが、ナイフを手にケーキの箱を開ける。
「改めて糖分補給しますか」




