Open Source Intelligence1 公開情報分析1
アリスが軽く膝を折り、カーテシーの挨拶をする。
「「プティットフィーユ」のパティシエに特別に作っていただきました甘さをおさえた抹茶とアーモンドのリンツァートルテですわ」
大きめのケーキの箱を差し出す。
「悪いがアーモンドアレルギーだ」
「いつからなりましたの?」
アンブローズは、煙草を燻らせながら黙って大きな青い目を見下ろしていた。
「お邪魔してもよろしくて?」
アリスがこちらを見上げ問う。
帰還して第一弾のケーキが抹茶ケーキだというところと、アーモンドアレルギーの有無につての答えを聞く限りは本物か。あまり決定的でもないが。
性的な方面から確認するわけにもいかん相手は面倒くさいなとアンブローズは思った。
「 “ティーパーティー” の情報はお役に立ちまして?」
アリスが尋ねる。
アンブローズは、顎をしゃくりアリスを中へと促した。
リビングに入ると、ジーンがこちらを見る。
「あれ、アリスちゃん」
「お前はディスプレイ見てろ」
アンブローズはテーブルの上の灰皿に指を引っかけ引きよせると、トントンと灰を落とした。
「やはりお邪魔な方がいましたのね」
アリスが目を眇める。
「お邪魔なのはどちらかというとお嬢さまの方だ。今の任務上、いつ襲撃されるか分からんからケーキ食ったらさっさと帰れ」
アンブローズはそう告げた。
「冷たいところが相変わらずですのね」
アリスがピンクの小振りな唇を尖らせる。
「ごめんね、アリスちゃん。アリスちゃんのいない間に俺とアンは毎晩同じベッドで過ごしてアリスちゃんの入る隙間は……」
「ネタだけのゲイの方は黙っててくださる?」
アリスがぴしゃりと返す。
ジーンが苦笑して肩をすくめた。
アリスが改めてこちらに向き直る。
「でもあなたの女性に冷たいところが男の方らしくていいと思っていますの。モールス信号の素っ気ないメッセージには惚れ直しましたわ」
頬に手を当て、アリスはほぅっと溜め息をついた。
「ドMか」
アンブローズは灰皿で煙草を消した。
やはりこれは本物のアリスかと思う。
特別警察のアンドロイドがここまで訳の分からない感覚と価値観を再現していたら、アンドロイド技術の進歩に驚く。
「お嬢さま」
アンブローズはテーブルの上の煙草のパッケージを手に取った。軽く振って一本を咥える。
「釈放されたのか」
「おめでとうと言ってくださる?」
アリスが微笑む。
「……おめでとう」
アンブローズがそう言うと、アリスは右手を差し出した。
「何だ」
「手の甲に口づけるのを許可して差し上げましてよ」
「……いつの時代だ」
アンブローズは眉をよせた。
「先代の女王陛下が崩御されたさいにも、花を供える方の中にカーテシーの挨拶をされている方がいましたわ。こういうの決して古い挨拶ではないと思いますの」
「……先代の女王陛下が崩御したのは半世紀近く前だろ」
アンブローズは灰皿を指で引きよせ、トントンと灰を落とした。
「お嬢さまにはいろいろ聞きたいこともあるが、生憎と俺らはいま、いつ襲撃されるか分からん身だ。改めてメールなり何なりさせてもらう」
「分かりましたわ」
アリスが肩をすくめる。
「そちらのお邪魔な方も、抹茶のリンツァートルテをどうぞ。お二人で分けても充分な大きさですわ」
ディスプレイを見ているジーンにアリスが声をかける。
「すみませんねえ、邪魔なネタだけのゲイで」
「どうせこいつ一人に食わせる。半分の大きさで充分だ」
アンブローズはジーンを親指で指した。
「ちょっとアン」
「んで、ドロシーにはどこから指示されてた、お嬢さま」
アンブローズは灰皿にトントンと灰を落とした。
アリスが顔色も変えずこちらを見上げる。本当に食えないおフランス人形だよなとアンブローズは思う。
「ヒエログリフでのやり取りなんざ、さすがに痺れた。あれもドロシーか」
「ヒエログリフはわたくしの案ですわ」
アリスが答える。わざとらしく潤んだ目でアンブローズを見上げた。
「わたくしを責めます?」
「責めはしない。ただこちらも任務上の明確な立ち位置が知りたいところだ」
ふぅ、とアリスが溜め息をつく。
「あなたを騙すのは気が引けましたわ。でも相手は大事な義理の妹ですもの。無下にもできなくて」
「……誰が誰の義理の妹だ」
アンブローズは顔をしかめた。




