Operation Ready1 作戦可能態勢1
軍施設の地上十六階。
アンブローズは久々の軍服姿でブランシェット准将の執務室へと向かっていた。
無機質な内装の廊下をカツカツ、と靴音を立て通る。
通る人間は、先ほどからほとんどいない。
本部施設にいる人間のほとんどは、ふだんは書類仕事中心の将校ばかりだ。
オンライン勤務の日もある上に、いちおう労働法を遵守して非常時以外は数時間の勤務で帰る。自身のオフィスのフロアと玄関との間しか通らない人間が大部分だ。
せっかくの見せ場なのにな。アンブローズは苦笑した。
ブランシェット准将の執務室のドアの前まで来る。
一、二度脚を上げ下げしてから、ドアを思い切り蹴った。
「出てこいコラァ、ブランシェット! てめえ、恩着せた気になってんじゃねえぞ! 辞めさせられねえだけだろうが!」
ドアが勢いよく開く。
長身の女性秘書が、唇を噛みしめ怒りの表情で立っていた。
「ダドリー大尉! いくら軍が手放せない立場だからって調子に乗りすぎでしょう!」
「まだいたのか、ブス」
アンブローズは煽るように顎をしゃくった。
「そんな方を准将に会わせるわけには!」
「ブランシェット出せ。舐めやがって」
アンブローズは強引に秘書室に入った。
「待ちなさい! ダドリー大尉!」
秘書がアンブローズの肩をつかむ。
振り払うと、タイトスカートから伸びた脚を大きく曲げて蹴りを繰りだす体勢になった。
「この前の決着つけるか」
アンブローズも構える。
「……やめなさい」
執務室のドアが開く。
ブランシェット准将だ。一部の隙もなくきっちりと軍服を着こんだ施設内での姿は相変わらずだ。
准将が呆れたように溜め息をつく。
「ダドリー大尉、中に入りなさい」
執務室へと促す。
「准将! いいんですか! 上に取りなしてくれた准将に感謝もせずに彼は!」
秘書が顔を紅潮させてわめく。
「気にしてないから、通常の職務に戻りなさい」
そう言い、ブランシェット准将がドアを閉める。
准将がこちらを向くとすぐに、アンブローズは姿勢を正して敬礼をした。
「失礼しました。ブランシェット准将」
「……わざわざ以前の芝居を続ける必要があったのか」
准将は溜め息をついた。
「地下の諜報担当だけのオフィスなら、事情を察している勘のいい人間だらけなので必要ありませんでしたが、地上のオフィスでは “命令違反で軍から追い出され、ブランシェット准将のとりなしで戻った大尉” ということでまだ通っていると思いましたので」
「それでも軍で生まれた人間は一生軍と縁は切れない。除隊もどうせ茶番だと思ってる人間の方が多いと思うよ」
准将が自身のデスクの椅子に座る。
「上が本気で手を焼いている人間なら、とっくに降格しているか予備隊員という名目で自宅待機になっているかだろう」
「こちらの秘書は、表向きの話をまるっと信じてるみたいでしたが」
アンブローズは秘書室の方を見た。
「あとで上手く言っておく。とりあえず女性にブスは言いすぎだ」
准将が応接セットの椅子を勧める。
「結構です」
アンブローズはそう断った。
「この前は同じテーブルで夕食を食べたじゃないか。酒場でも何度も酒を飲み交わしたし」
「だからこそです。オンとオフはきっちりしたい」
「真面目だな。むかしからだが」
准将が言う。
「ドロシーと接触しました」
「見つかったか、良かったよ」
准将が微笑する。
「どうせドロシーがどこで何をしているかなど、ぜんぶ把握しているんでしょう……と言っても答えないとは思いますが」
准将は変わらず微笑していた。
「俺は以前、“顔にアイデンティティを持たないアンドロイドと対峙するには、こちらも顔を変えるくらいの覚悟が必要” と言いましたが」
アンブローズは言った。
「一つ分かったのは、ドロシーと上官のあなたと、おそらくは軍の上層部は、とっくに本当の顔を隠して動いていた」
ブランシェット准将が無言で手を組む。
「もちろん、それをどうこう言うほど馬鹿ではありません。囮には囮の役割がある」
「……お前が “顔を変える覚悟で” と言ったとき、お前を選んで間違いなかったと思ったよ」
准将が微笑する。
「リップサービスは結構です」
「本心だよ?」
准将は鼻白んだ。
「そうどこまでも疑われたら寂しいんだが」
「ここに来る直前まで疑問だったのは、なぜふつうに命令しなかったのかということです。単純に囮になれと命令されたらそれに従った」
准将のよく分からん拗ねたような表情は無視して、アンブローズは言葉を続けた。
「ここに来た今は分かったのか」
「可能性としては、俺が万が一特別警察に拘束された場合を考えた。隠密と違って脳内のチップで昏睡状態になれるわけではないので、拷問かP300脳波の分析で命令内容を知られる可能性がある」
准将は黙って微笑している。
「そうすれば、あなたを始め軍の上層部が国家転覆の計画に気づいていると気取られる。あくまで俺は、勝手に志願して動いているという形にする必要があった」




