Apparent Abnormalities2 明らかな異常あり2
ジーンが椅子の背もたれに背を預ける。
時間は真夜中だ。
空中に表示された半透明の時計をチラリと見てジーンは、はぁ、と息を吐いた。
「たった今、百時間を越えたであります。大尉」
「ご苦労」
椅子の背後で煙草を燻らせ、アンブローズはそう返事をした。
「アンの方が仮眠の時間は短くない? アンがご苦労様でしょ」
ジーンがこちらに目線を送る。
「NEICの勤務も平行してるやつに自分より長時間やらせるのは物理的に無理だからな」
アンブローズは灰皿で煙草を消した。
二日目あたりから片づけるのも面倒くさくなり、灰皿には吸殻がたまっている。
「そうか……」
ジーンがうなずいてPCを操作する。
「愛してるよ、アン」
「……その発作はNEIC社内で解消して来い。前に言ったよな」
アンブローズは眉をよせた。
かたわらのベッドに腰を下ろす。
三日間、交代で仮眠を取っていた。
幸いどちらも細かいことを気にする質ではないので、寝具は乱れるに任せたままだ。
もっとも、任務によってはどこで寝ることになるか分からない諜報担当の将校だ。もともとそんな神経質な性格の遺伝子は選ばれていないだろう。
神経質ではない性格傾向というのは、基本的に免疫力が高い傾向ともいえる。軍人として選ぶには合理的だ。
「アン」
「何だ」
空中に投影された画面を見上げつつアンブローズは返事をした。
「仮に俺らが囮だとして、“ティーパーティ” を使って特別警察内部を覗くところまで准将とドロシーちゃんは読んでたかな」
アンブローズは煙草を燻らせた。
「……さあな。どうせ止めても何かは探ろうとするって程度のところまでじゃないか?」
「さすがの隠密でもそこまで超人じゃないか」
アンブローズはしばらく煙草を燻らせていた。煙草に配合されたハーブと水のような匂いを鼻腔に感じる。
そもそも “ティーパーティ” を使うというアイディアは、ジーンと組んだからこそ出たものだ。
時間差でアリスがこれを使えと伝えては来たが、ジーンがいなければ意味のない通信になっていた。
「お嬢さまか……」
アンブローズは煙を吐いた。
「ジーン」
煙草を灰皿で消しながらアンブローズは呼びかけた。
「コーヒー休憩するか。その前にお嬢さま映せ」
「アリスちゃん?」
ジーンが応じて操作パネルの上で指を動かす。
「今見てる画像はどうする? このまま?」
「可能ならそのままでいい」
アンブローズは答えた。
「犬死にするとこ拝んでやる」
「あのね……」とジーンが呆れたような声を出した。
ジーンがいくつの画面を出す。アリスの護衛アンドロイドのデータを表示した。
以前のデータが保存されているので、今回は簡単だ。操作パネルの上で何度か指を動かすと、すぐにアリスがいた特別警察内の拘留部屋の画像が出た。
「アリスちゃん……」
ジーンがしばらくじっと画面を見る。
「あれ……?」
そう呟いて操作パネルの上で指を動かす。
できうる範囲で護衛アンドロイドの視点を動かしてみるが、質素なベッドの置かれた狭い部屋には、アリスの姿はなかった。
「あれ……アリスちゃん?」
ジーンが視点をベッドの見える範囲に移す。
操作パネルで護衛アンドロイドのデータを出し、視力を操作してわずかだがベッドに視線を近づけた。
ベッドに敷かれた毛布に盛り上がりはない。中に人が寝ているという訳でもなさそうだ。
「処刑されたか」
アンブローズは煙草を燻らせた。
「縁起でもないこと言わないでよ」
ジーンが苦笑する。
「仮にアリスちゃんに何かあったら、護衛アンドロイドはアボット社に返却とかされないの?」
「まあ、脳内の情報を調べたあとでだろうな」
アンブローズはそう答えた。
椅子の後ろから手を伸ばす。
操作パネルに置かれたジーンの手を退かせ、代わりに自身で操作を始めた。
アリスの護衛アンドロイドを通じて、モールス信号を打つ。
無人の勾留所に向けて何を打っているのかという顔でジーンが手元を見つめた。
「 “DOR……ドロシー” ?」
ジーンが打っているものを読み上げる。とっさに顔を上げ、空中の画像を見た。
「ドロシーちゃん?!」
画像には相変わらず誰の影もない。アンブローズは構わず次の信号を打った。
“一段落したらツラ貸せ”。




