Apparent Abnormalities1 明らかな異常あり1
アンブローズは煙草を灰皿で消した。
続けて煙草をソフトパックから取り出す。すぐに次の一本を咥えた。
寝室のカーテンを少しめくりチラッと外を見る。
もう夜遅い時間帯だ。
高層ビルの多い界隈に建つマンションの外は、綺麗な夜景が広がっている。
「ちょっとうぜぇ気もする……」
煙草を咥えながらアンブローズは呟いた。
「下流の界隈の不規則に電灯ついてる景色の方が面白かったな」
「夜景見てそんなこと言う人って珍しいよね……」
操作パネルの上で指を動かしながらジーンが苦笑する。
「ドロシーちゃんはどうなの? 夜景とか」
「前に住んでたマンションの景色見て、“綺麗ね、兄さん” とかしみじみ言ってたな」
アンブローズは煙草を咥えた。
ジーンがうつむいて黙りこむ。ややしてから、複雑な表情で顔を上げた。
「……本当は彼女なんじゃないよね、お兄さん」
「お兄さん言うな」
ふぅ、と煙を吐く。
ジーンの座った椅子の背もたれに手をかけ、空中の画面を見る。
「監視、百時間は越えたか?」
「そろそろ越えると思うけど……」
ジーンが答える。
「とりあえず特別警察内部の監視は許可が下りたからな。続けるか」
「囮として許可されたのかもしれないのかぁ。……まあ、何らかの作戦の役に立ってることを信じてやりますけど」
ジーンが苦笑した。
「マジで誰も通りやがらねえな」
アンブローズは呟いた。
「これならアリスちゃん救出できるかもね」
「命令も下りてねえし」
アンブローズは煙草を指でおさえ煙を吐いた。
それでも言われてみれば、アリスの様子が何となくだが気になる。ヒエログリフとモールス信号で連絡を取り合ったのは、三日ほど前になるのか。
相変わらず誰も通らない特別警察の施設内部を凝視する。
「もしかして、いつもこんななのかな……」
ギッと音を立てて背もたれに背を預け、ジーンが呟く。
「一つ思いついたのですが、大尉」
ジーンが右手を挙げる。
「言え」
「軍の施設内部と同じ感じにイメージしてたけど、アンドロイドの場合、実働部隊はどこかの倉庫に待機してるだけって可能性もあるんだよね」
「成程」
アンブローズは煙を吐いた。
「いちいち施設内を歩き回る必要も、会議や密談してる必要もないってことか……?」
「施設がもともと生身の人間が勤務してたときのままだから、同じようなことをしてると疑いもなく思ってたけどさ……」
ジーンが言う。
じっと画面を凝視し、アンブローズは灰を落とした。
「そこまで言えば、指令部はデータとそれをやり取りする装置があれば成り立つが……人型の身体を持ってる意味すらない」
煙草を強く吸う。
「やり取りどころか、量子コンピューターみたいな装置一つで済むね」
ジーンがそう返す。
「……根本的に間違えてたか?」
アンブローズは眉をよせた。じっと画面を見る。
「生身とアンドロイドとの違いに、まだまだ気づいてなかったってことか……」
「 “指令部装置” がある部屋にもアリスちゃんがフラットカメラ仕掛けててくれてたら助かるけど」
「そんな中枢エリアには、さすがに便所に行きたいだけの部外者は近づけもしないだろ……」
アンブローズは灰を落とした。
アリスの懸命の潜入行動だったが、さすがのあのお嬢さまも、アンドロイドだけの組織のかけ離れた感覚は計算できなかったということか。
「犬死にだな、お嬢さま」
「勝手に殺さないであげて」
ジーンが苦笑いした。
施設内の監視を報告した際のブランシェット准将の反応を、アンブローズは思い出してみた。
「誰もいない」「何も出ないのがおかしい」という報告に対して、准将は落ち着き払って「成程」とだけ答えていた。
「准将、知ってやがったとか……?」
アンブローズは眉をよせた。
ジーンがこちらを見る。
「少なくともこうだという予想はしていた。もうドロシーが何らかの行動を終了させたっていう」
アンブローズは煙草を強く吸った。
「いやそれ、ブランシェット准将が隠密の上官だって前提の話だよね、アン」
ジーンがそう返す。
「もちろん前提だ。面と向かって “吐け” 言っても、どうせあのお綺麗なのほほん顔で躱されるだけだからな」
「上官に吐けって……」
「とはいえ、まったく無駄なことをすんなり許可するとは思えん」
トントンと灰皿に灰を落とす。
「准将が隠密の上官って前提で考えるなら、俺らが特別警察の内部を覗いてることは、どこかには伝わってるはずだ。囮として」
アンブローズは煙草を強く吸った。
「んで、それを隠れ蓑にしてドロシーが暗躍してる」




