Submarines and Warships1 潜水艦と軍用艦船1
「消息不明……」
アンブローズは、じっとブランシェット准将の顔を見た。
何に関しても穏やかな表情の人だ。普段は付き合いやすい上官だが、こんなときになると妙に本心が分かりづらい。
「……煙草、吸ってよろしいですか」
アンブローズはそう尋ねた。
「いいよ」
准将が穏やかな口調で言う。
寝室のドアを開けると、ジーンが立っていた。
何を聞き耳たててやがんだこいつと思い、腕をつかんで引っ張る。
「出ろ」
「いやいやいやいや……」
ジーンが前につんのめる。
「ちょっ、あのさ」
「聞いてたろ。どうせバレてる」
リビングの方に強引に出されたジーンが、准将に苦笑を向けた。
「あの」
「気にすることないよ、ウォーターハウス中尉。階級が上の者には逆らえなかったで通せばいい」
准将が微笑する。
「あっ、まあ。逆らえなくて」
「ノリノリでくすねたデータ提供したくせにな」
ジーンとすれ違うようにして寝室に入りながら、アンブローズは小声で言った。
寝室のサイドテーブルに置いた煙草のパッケージを手に取る。
軽く振って一本を取りだし、咥えた。
唾液で発火させ、リビングに戻る。
ジーンは准将の前の席に着かされ、愛想笑いを浮かべていた。
「フィレンツェ風ミネストローネと、ラグーソースのタリアテッレです」
綺麗な顔をした諜報担当がバイオプラスチックの容器に入った料理を各人の前に並べる。
「……何か豪華」
ジーンが引いたような表情をする。
「早い話が、中央イタリア風の野菜スープとパスタだろ」
言いながらアンブローズは席に着いた。煙草をもう一吸いしてから、かたわらの灰皿に置く。
「うちの国は、料理が不味くて有名だからね」
准将が綺麗な造形の指で容器を開ける。
「俺は気にしたことないですけどね」
アンブローズはそう返した。
准将が連れてきた諜報担当二人も加わり、男五人が狭いテーブルで食卓を囲む。
トマトと肉汁の匂いが漂っては、部屋の消臭システムで消えていった。
「それで、二人で何を探っていた」
フォークで平たいパスタを巻き、准将が切り出す。
「情報の提供元と、情報取得方法を伏せていてもよろしいのなら言いますが」
「いいだろう」
しばらく間をおいてから准将がそう答える。
「特別警察の施設内部です」
少しの間、准将は沈黙していた。品のいいマナーでミネストローネを口に運ぶ。
「何か出たか」
「なにも」
アンブローズはそう答えた。
「約九十六時間、ぶっ通しで監視していても人一人通らない」
話を続けようとして、アンブローズは准将の両脇の諜報担当をチラッと見た。
「彼らは大丈夫だ。この件に関して把握してる」
口元をハンカチで拭きながら准将がそう言う。
「……何も出ないのがおかしいのではと思い始めていたところです」
「成程」
准将がそうと返してミネストローネを口にした。
「ブランシェット准将、ダドリー大尉に質問してもよろしいですか」
ジーンが左手を上げる。
「何だ」
アンブローズはかたわらに座るジーンを横目で見た。
「お兄さんとしては? ドロシーちゃんが消息不明なのは心配してない?」
なにげにアンブローズは、向かい側に座る諜報担当を見た。
眉ひとつ動かさずにミネストローネを口にしている。
どこまでを把握しているのか。
「准将」
口元を親指で拭きながら、アンブローズは話しかけた。
「本当は、ドロシーの行方を知ってるのでは?」
「知らないよ」
准将が微笑する。
「ドロシーは三年間も眠っていて、なぜこんなに即座に動けたんですかね。身体の方はともかくも」
「優秀だからじゃないかな」
准将が、クスッと笑う。
「まあそりゃ優秀だからこそ」
ジーンがそう言いかける。
優秀だからこそ、隠密なんでしょ。多分そう言いかけたのだろう。
アンブローズがもういちど横目で見ると、ジーンはさりげなく黙った。
諜報担当のジーンですら、ドロシーの話を聞くまでは隠密をなかば都市伝説だと思っていたのだ。
軍籍の名簿の上すらいくつもの暗号で保護されている機密中の機密だ。
目の前の二人は、これも話していいのだろうか。
「だれか三年の間、的確な情報にそってドロシーを援護する準備を進めていた人間がいるのでは?」
アンブローズは准将にそう問うた。
准将が無言で塩なしパンをちぎる。
「特別警察の内部を監視している間は、かなり退屈で。いろいろくだらないことを考えてしまったんですが」
パスタをフォークに絡めつつ、アンブローズは言った。
「ふと考えたのが、潜水艦と軍用艦船が海の上と中で重なるようにして航行したら、人はどう見るのかと」




