Interception1 傍受1
そろそろ日付の変わった頃か。
キーボードを操作するジーンの後ろでアンブローズは煙草の煙を吐いた。
AIが勝手に引いたカーテンをめくる。以前まで潜伏していた古い街では見られなかったビル街の夜景が広がっていた。
「ぼちぼち寝たふりする。ブレインマシン落とすぞ」
「了解」
ジーンが返事をする。
「お前も適当なところで睡眠状態にしろ。言うまでもないが、准将がアクセスして来たら話合わせろよ」
「大尉なら俺の横で寝てますよとか」
ジーンが大きな声で笑う。
アンブローズの眇めた目と目が合うと、敬礼した。
「了解しました、大尉」
「いちいちゲイジョークに落とし込まないと作業できないのか、お前」
空中の画面には、先ほどからアリスが仕掛けたフラットカメラで撮影されたとおぼしき映像が表示され始めている。
「スクエアーで傍受したものか」
アンブローズは煙草を咥えた。
「もうちょっと画面が不鮮明になるかと思って画像処理の準備もしてたんだけど」
指先を動かしながらジーンが言う。
「スクエアーって、元から傍受に対応した機能も備えてるとか?」
そう言いジーンが口元を引きつらせる。
「……そこまでは有り得ないか」
「あのお嬢様なら有り得ると思え」
真顔でアンブローズは煙を吐いた。
「大威張りで “貢献できるだけの機能がある” とか言うだけはあるな 」
空中の映像を眺めながら灰皿に手を伸ばし、灰を落とす。
「俺が真面目な人間ならこの任務終了後に軍にチクってるところだが、あのお嬢さまのことだ。俺のPCでアクセスした証拠はどうせ押さえてるんだろうな」
ふぅ、とアンブローズは煙を吐いた。
「そこまで読んでて何でアンのPC使ってるの」
「仮にそれで脅されたとしても、こっちはアボット社の別の違法の証拠つかんでる」
ジーンが苦笑してキーボードを操作する。
しばらくピ、ピ、ピと古典的な内臓音を鳴らした。
「……そういう相手を結婚相手に選ぼうとするアリスちゃんが分からない」
「俺も分からん」
アンブローズは煙を吐いた。
ややしてから、ジーンが手を止める。大きく息を吐くと、両腕を上に伸ばして伸びをした。
「休憩しても良いでありますか、大尉」
「許可する。コーヒーでも淹れてやる」
煙草を灰皿で消し、アンブローズは部屋の出入口に向かった。
「たぶん、“ティーパーティー” 全機から傍受可能な状態になったと思うけど」
「ご苦労」
「音声と映像を拾って、何が出てくるかだよね。いきなりカメラ目線で全陰謀を説明してくれたら助かるけど」
言いながらジーンが背もたれに背を預ける。
次の瞬間、全身を跳ねさせるようにして姿勢を正した。
「う……わ!」
そう声を上げる。
何事かとアンブローズは振り向いたが、米噛みのあたりに手を当てているということはブレインマシンへのアクセスか。
ジーンの直接の上官か、それともブランシェット准将だろうか。
「は……はい。今、寝ようとしたところでして。ダドリー大尉? いえっ、特に連絡は」
ブランシェット准将の方だ。さっさと落としておいて良かったとアンブローズは思った。
「まあ……あの、俺は夜型で」
目の前の歯車型の表示に向けてジーンが苦笑いする。
間違ってもビデオ通話の状態にするなよと内心で念を押し、アンブローズは無言で目を眇めた。
台所のコーヒーメーカーで二人分のコーヒーを淹れ寝室に運んで来ると、ジーンが椅子に座ったまま壁に頭を預けていた。
「ああー、ビビッた」
「案の定、かけてきやがった」
言いながらアンブローズはベッドのサイドテーブルにコーヒーを置いた。
「いや……上官がここまで心配してくれるって珍しいくらいじゃないの。しかも階級ずっと上でしょ?」
「上だな」
アンブローズはコーヒーを口にした。
「教育機関時代から知ってるっていっても、ちゃんと休暇を取ってるかの心配するとか」
ジーンはしばらく黙りこんだ。
「……実はアンの実のお父さまだとか」
「精通もない年齢のときの子供か。すげえな」
ジーンが椅子から立ち、ぎこちない動きでテーブルに歩みよる。
「座りっぱなしで身体固まった」
そう言い、テーブル横で軽くストレッチを始める。
「ブランシェット准将ってそういや、あの年齢にしては異例なくらいの出世してるよね」
首を回しつつジーンが言う。
「飛び抜けて優秀な人なら可能な範囲かな」
「敵を作らないって特技のある人だからな。よほど上官の推薦に恵まれたのかなとか。俺も気になってなかったわけじゃないが」
アンブローズは、もうひとくちコーヒーを飲んだ。
「ん……」
スクエアーが傍受した映像を見上げ、ジーンが呟く。
「何だ」
「右端の映像、女の人がカメラ目線で手を振ったような。一瞬だけど」
アンブローズも見上げた。
無機質な特別警察の施設内。特に人型のものは映っていなかった。




