Satellites “Tea party”1 人工衛星群ティー・パーティー1
「人工衛星からの傍受……」
そう呟き、アンブローズは煙草を吹かした。
「二十一世紀の前半に、とある国が敵対する他国の人工衛星に自国の人工衛星を近づけるって実験したんだっけ。実験の目的は公表されなかったけど、敵対する国の方は電波傍受によるスパイ行為として非難した」
操作パネルの上で指先を動かしながら、ジーンが教育過程で習った内容を口にする。
「当時からキラー衛星ってのはあったからな。結局、傍受によるスパイ行為よりも敵国の人工衛星を破壊して、情報からインフラから一気に絶つ技術の方が早かったわけだが……」
言葉を引き継ぎつつ、アンブローズは煙草を吹かした。
「キラー衛星の打ち上げも人工衛星を近づける操作も、今では国際条約で禁止されてる」
「半世紀前に国連が解体されて新たに連合ができた際に、真っ先に人工衛星に関する国際条約がいくつもできたんだっけ」
煙草を二本指で押さえつつアンブローズは頷いた。教育過程で習った内容の確認はこんなところか。
ジーンが操作パネルの上の指先を動かした。
アリスの様子を映した立体映像の右上に、次々とスクエアーに関するデータらしきページが現れる。
「問題はNEICの人工衛星にアクセスする方法だが……」
煙草を手にしたまま緩く腕を組み、アンブローズはジーンが開いた画面を眺めた。
立体映像の方では、アリスが相変わらず何かお絵描きをしている。
教会前の結婚式の絵をこちらに見せた。
表向きは護衛アンドロイドにお絵描きを見せて慰めにしている健気な幼女というわけか。
こっわ。とアンブローズは思った。
三年前のドロシーの乱射事件の切っ掛けになった、不具合を起こしたアンドロイドはアボット社製のものだ。それが明るみになれば、アボット社の株もやばいだろう。
総帥として財閥を守ることに必死なのだろうが、それにしても怖すぎる。
IQの高い女性を選んで人工受精で子を作り、その中からいちばんIQの高い子を選んで跡継ぎにしたという先代は、自身の知識や経験が刷り込まれているとはいえ、八歳にしてここまでの行動をするとまで想定したのだろうか。
先代も先代でまともな人間じゃねえな、とアンブローズは思った。
「それにしても」と呟き、サイドテーブルに置いた灰皿に灰を落とす。
「NEIC、人工衛星なんか持ってたのか。さすがにつかんでなかった」
「超小型のものだし数が多いから、いちいち情報として流れなかったかも。うちの国じゃなくてナハル・バビロンに届け出てるみたいだし」
画面を次々開きつつジーンが答える。
「やっぱあっちの国か……」
アンブローズは呟いた。
「スクエアーよりは? 機能的に」
「個別に見れば確実に下だけど、千単位って数の多さでカバーしてる」
ジーンが答える。
開いているデータの趣が変わった気がした。
国と地域別のコードが違うのではと気づく。
「……何だこれ」
「NEICの事務職やりながらコツコツ探った “ティーパーティー” のデータ」
「ティーパーティー?」
煙草を吹かしつつアンブローズは眉をよせた。
三百年ほど前にあった、どこぞの国の税をめぐる茶葉の大量投棄事件を思い出す。
確か、自国が植民地の一つを手離す切っ掛けになった事件だったはず。
「NEICの人工衛星群の通称だよ。表向きは製造番号で届けてるらしいけど、NEIC上層部はこう呼んでる」
「……不吉な名前を」
「単に前身の会社が茶葉を扱ってたからじゃないかと思うけど」
ジーンが苦笑する。
「……そういやお前、表向きNEIC社員だったな」
「何その忘れてたみたいな」
不意にブレインマシンに連絡が入る。アンブローズは米噛みに手を当てた。
ブランシェット准将だ。
通話中に限り、他人からも見える形で空中に回転する大きな歯車のような表示が出る。
「どうしている」と問われた。
「心配しなくても、おとなしく自宅で休養してます」
回る歯車の表示に向かってアンブローズはそう答えた。
「寝室ですよ。いま起きたところです。……ウォーターハウス中尉?」
振り向いたジーンと目が合う。
「休養中にまで男とつるんでる性癖はないですよ」
「先生ぇ、上官に虚偽の報告してる人がいるんですけどぉ」
ジーンが苦笑する。
先生って何だとアンブローズは眉をよせた。
「はいっ」
ジーンが米噛みに手を当てる。
准将が、念のためあちらにもアクセスしたかとアンブローズは察した。
「今ですか?」
ジーンがこちらを見る。分かってるなという目線をアンブローズは向けた。
「あー……可愛い金髪女性と通信中ですが」
ふたたびこちらと回線をつなぎ、ブランシェットが「ふむ」と呟く。
「何うたがってるんですか」
「なら良いんだが」と穏やかな口調でブランシェットは答えた。
襤褸が出ないうちに切ろうと思ったアンブローズに、ブランシェットが本題であろうことを告げる。
アンブローズは眉をひそめた。
「ドロシーが?」
ジーンがもう一度こちらを振り向いた。




