bird, bush, bull1 鳥、草、牡牛1
空中に映るアリスの立体映像を眺める。うつむいてはいるが、心身ともにたいした異常はなさそうだ。
簡素なエプロンドレスは側近にでも届けさせたのだろうか。
「やっぱ護衛アンドロイド連れてたか」
アンブローズは呟いた。
とりあえずブレインマシンで連絡を取ってみる。
シャットアウトされていた。拘束された時点で外部から操作されるのが通常だ。まあそうだろうと思う。
「アリスに何か合図送る方法あるか」
ジーンが肘掛けの操作パネルの上で指先を動かす。ううん、と呟き難しそうな顔をした。
護衛アンドロイドの動作を遠隔操作できれば理想的だと思ったが、どうにも無理なようだ。
「他に使えそうなのあるか?」
アンブローズは、アリスのいる留置部屋の備品や設備を見回した。
「自信はないけど護衛アンドロイドの瞳の中のカメラについてる録画ランプ点滅させられるかな」
ジーンがそう言い、ふたたび操作パネルの上で指先を動かす。
しばらくすると、アリスが顔を上げ護衛アンドロイドの目のあたりをじっと見つめた。
「点滅……してるのかな」
ジーンが操作を続けながら呟く。
「試しにモールス信号送ってみろ」
身を乗り出してアンブローズはそう指示した。
「じゃ、試しに」
ジーンが指先を動かす。
「抹茶ケーキ美味しかったよ」と打ってみる。アリスの顔が紅潮し、大きな目が見開かれた。
「通じてんのか?」
空中の立体画面を見つつアンブローズは煙草を咥えた。
「ていうかアリスちゃん、モールス信号知ってんの?」
ジーンが顔を歪める。
不意にアリスが横に手を伸ばした。ベッドの枕の上に置いたB4サイズ程のホワイトボードを手に取る。
「ちょっと待て。そのホワイトボードはどこから手に入れた」
アンブローズは顔を歪めた。
早速アリスの油断ならなさを察する。
「重役さんが届けたか、特別警察が幼児相手だから配慮したか」
とりあえずジーンが「アリス、アリス」と繰り返し点滅させる。
「俺らにはエグい拷問方法の提示してやがったくせに、お嬢さまにはホワイトボードか」
アンブローズは顔をしかめた。
「そりゃ、はっきり敵対してる情報将校と民間企業のトップとはいえ幼女じゃ扱い違うでしょ」
「古典的なオモチャを」
アンブローズは煙草を強く吸った。
「何らかの電子ディスプレイ与えたら外部と連絡取られちゃうからかな」
「どうかな。ネットその他だけ遮断することはできるだろうし」
色とりどりのペンまである。
電子ディスプレイが主流の今どき、与えた奴はどこで買い求めたんだかとアンブローズは思った。
アリスがホワイトボードに何かを描き始める。
困惑しつつしばらく待つと、ボードをくるりとこちらに向けて描いたものを見せた。
「は? なに」
二人で画面を覗きこむ。
描かれていたものは、三、四色のペンで描かれた典型的な幼女のお絵かき絵だった。
左から二本の低木のそばに寝そべったライオン、ネックレス、ブーツ、三本の低木、解けた状態のリボン、直立した鳥。それらがほぼ二段に並ぶ感じで描かれている。
「女の子らしい絵だけど何これ」
ジーンが眉をよせる。
アンブローズはしばらく無言で煙草を吸った。
「……幼女のふりしやがって」
「幼女だってば」
ジーンが苦笑する。
「可愛らしくお絵描きするくらい元気ってこと?」
「あのお嬢さまがタダで幼女のふりなんかするか。拷問で頭がイカレたんでもない限り」
「エグいこと真顔で言わないでよ……」
ジーンが顔を歪める。
「どっかで見たような……気のせいか?」
「暗号だとしても見たことないパターンだけど」
ジーンが顎に手を当て画面を凝視する。
「木、ブーツ、鳥……」
口元で何度も繰り返す。
しばらくすると、アリスはホワイトボードを膝の上に置き、何かを描き加えた。
今度は、雄牛の頭部、ライオン、二本の低木、コーヒーカップの横に低木。
「頭だけの牛と立った鳥ってモチーフ、どっかで見たことあるような……」
ジーンが検索を始める。
何度かあちらこちらを開いた末に出てきたのは、古代の絵文字だった。
「ヒエログリフ?」
「かな」
ジーンがそう答える。
「たぶん万が一を考えて、アルファベットのルーツになった絵文字も混ぜてる」
「幼児のお絵描き遊びに見せかけて、外部と連絡取る方法探ってやがったか」
アンブローズは呟いた。
「アン、俺、アリスちゃんが怖い」
「今頃か」
アンブローズはもう一度煙草を強く吸うと、煙を吐いた。
「……何で電子ディスプレイじゃなくてホワイトボードなのか分かった。書いたもののデータが残らない」
「とりあえずヒエログリフと対応させてみる」
複数のページを開き、ジーンがアリスの手元のホワイトボードと見比べる。
「I、LOVE、YOU……ALICEかな」
そう読み上げ、ジーンが即座にモールス信号を打つ。
「何て返信した」
「 “俺もだよ。アンブローズ” 」
「何送ってる、お前!」
アンブローズはジーンの襟首をつかんだ。
「アリスちゃんを力づけてあげようと思って」
ジーンがヘラッと笑う。
アリスがキラキラした目でこちらを見つめた。




