Intraocular lens2 眼内レンズ2
「単にいつものメーカーさんが都合悪かったとか、誰か議員と癒着した会社のものだったとか、愛人の会社だったとか娘の会社だったとか」
「それだけか……」
ジーンの軽口は無視してアンブローズは呟いた。
「現代科学に感謝しましょうキャンペーン期間中だったとか」
「……どこが笑いどころだ」
アンブローズは顔をしかめた。
「合成と天然のコーヒーの区別がつけられない人たちしかその場にはいなかったとか?」
コーヒーカップをことんと置き、ジーンは先程よりは少々真面目な顔になった。
「……もしかしてフロア内すべてアンドロイドで固められてた?」
ジーンが眉をひそめる。
「素直に考えたら、それも考えられるが……」
立体映像の国会を見つめて、アンブローズは顎に手を当てた。
ドロシーそっくりの特別警察アンドロイドに呼び出されたときの光景を思い起こす。
明るいオフホワイトの内装。フロア内にちらほらと人がいたが、特別警察が現れるといつの間にか誰もいなくなった。
タイミングが良すぎたと考えたら、そうも取れるが。
「合成ワインとかもそうだけど、必要な分子を天然資源から抽出してってのが開発当時の八十年前の製法だったそうだけど」
ジーンが、ぽりぽりとスナック菓子を咀嚼する。
「今はその必要な分子とやらも合成してる」
煙草のソフトパックに手を伸ばし、アンブローズはセリフを引き継いだ。
「結果、生身の人間には新たなアレルギーが加わったって側面があるわけだが……」
「そ。だから公共の施設は基本的に合成コーヒーは置かない」
咥えた煙草に唾液で点火し、アンブローズは水蒸気成分の煙を吐いた。
「アンドロイドの嗅覚ってどのていどだ」
「NEICのやつに関して言えば、アンドロイドの用途にもよるって感じ。特別警察とかは薬物探知なんかにも備えて人間よりも鋭いんじゃないかな」
「味覚は?」
「それも用途によるよ」
「だな」
アンブローズは、ふぅ、と煙を吐いた。
特別警察に呼び出されたあの時、周辺で雑談していたすべてがアンドロイドだったかもしれないと考えると、さすがにゾッとする。
身の危険以前に、そこはかとない不気味さだ。この感覚は奴ら分からないんだろうなと思う。
「アンドロイドに囲まれてたと仮定して、あの時点では何で襲って来なかったんだ?」
アンブローズは煙草を燻らせた。
「さあ」とジーンが答える。
まあ、こう答えるしかないだろうなと思う。こいつが応援に来る前の出来事だ。
ざっと説明はしたが、推測では答えにくいだろう。
「ま、いい」
アンブローズはテーブル端に置いた灰皿を自分の方によせた。とんとんと灰を落とす。
「そういや、あそこの防犯カメラ、一つだけアボット社のやつだってアリスが言ってたか」
「へえ」とジーンが目を丸くする。
「あのアリスちゃんが一ヵ所だけに甘んじてたんだ」
「他の箇所は先代の頃に入札で取られたとか何とか」
そう言いアンブローズは煙草を咥えた。
「元気かな、アリスちゃん」
ジーンが天井を見上げ溜め息をつく。
少々わざとらしい仕草だ。
こいつも案外根は薄情かもなと思う。諜報の担当はそういう性格傾向のDNAが選ばれることが多いらしいが。
「未成年だ。よほどでない限りは逮捕記録は数年で破棄されるから実質残らない」
アンブローズは灰皿で煙草を消した。
間を置かずソフトパックを手にし、次の煙草を咥える。
「アリスちゃんならその前にクラッキングして自分で消すでしょ」
ジーンは苦笑した。
「あのお嬢さま、そういや何でむざむざ捕まったんだ?」
アンブローズは眉をひそめた。
「そりゃ八歳の女の子が特別警察に敵うわけないでしょ」
「護衛アンドロイドの情報がいまだにないな」
ここ数日で得た情報の記憶を探り、アンブローズは呟いた。
「やられたんじゃないの?」
「やられたと示唆する情報がどこにもない。噂話のレベルでもどこにも」
アンブローズは宙を眺めた。
「あのアリスちゃんが素直に連行されたってこと?」
「ジーン」
まさかとは思うが。
アンブローズは椅子から立ち上がり、寝室のドアの方に歩みよった。扉を開け、室内に向けて顎をしゃくる。
「護衛アンドロイドの人工脳内に入れるか?」
「やったことないけどそれ可能?」
ジーンが顔を歪める。
「アリスがやってた。自社のカメラとアンドロイドの眼球が映したものを次々覗いて、こっちの一晩の行動を追ってやがった」
「うえ」
ますます顔を歪め、ジーンが呻く。
「アボット社のものなら可能らしい。スクエアーの機能を使ってたのかもしれん」
「アボット社のものならって……一般家庭とか他の企業に販売したものも?」
「たぶんな」
煙草を燻らせ、アンブローズは答えた。
「……それ、ぶっちゃけ違法なんじゃ」
「今さらあのお嬢さまに何言ってる」




